ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

エドマンド・ドゥ・ヴァール【琥珀の眼の兎】

2012-03-23 | 早川書房
 
表紙の愛らしい兎は根付です。
触りたーい!

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 琥珀の眼の兎
 The Hare with Amber Eyes


 著者:エドマンド・ドゥ・ヴァール
 訳者:佐々田雅子
 発行:早川書房
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この本は、表紙の兎を含む根付のコレクションがどのような道筋で著者の手に渡ることになったかをたどるノンフィクションです。
著者が大叔父イギーから相続したコレクションと一族のそもそもの出会いは1800年代後半のパリ。
時はパリの街の大改造が行われ、美術界には印象派が登場した頃です。
日本の小さな彫刻たちはジャポニズムの潮流に乗ってユダヤの大富豪エフルッシの一族と出会います。

このパリに始まり、黄昏のウィーンから戦後の東京へと、一族の趨勢とともに居場所を変えていくコレクション。
その間には2度の大戦、そして常にユダヤ人排斥の動きがあります。

パリでは、美術評論家であり、若い画家たちのパトロンでもあったシャルルが切り口となること、また、著者が陶芸家であり、また美術についての評論を書くことを反映してか、当時の美術界、社交界とその背景となる経済、政治の状況が語られます。
印象派の画家たちの名前も多く登場し、画家たちの側面をみる思いで読みました。

婚礼のお祝いとしてパリから贈られた先は黄昏のウィーン。
やがて、ナチスの台頭により本格的で徹底的なユダヤ人排斥が始まります。
富裕なユダヤ人一族として有名であったがゆえに隠れようのないエフルッシ家。
大豪邸は接収され、美術品等のコレクションも当たり前のように取り上げられていく中で、一族はどのように身を処したのかが描かれます。

読み進めながら、何度も家系図を見直すことになりました。
ウィーンで、やっと著者の祖母が誕生しています。祖母には妹ひとりと、弟ふたり。
彼らの両親、当時のコレクションの持ち主がウィーンにいるころ、娘や息子たちは、スイスやメキシコ、アメリカとそれぞれの土地に移り住んでいます。
ユダヤ人についての文章でよくみる言葉、ディアスポラを実感せずにはいられません。
両親たちとは別の土地に生きる子供たち。
その両親たちも、父祖の地を離れてやってきているのです。
大叔父イギーは、第2次世界大戦にはアメリカ兵として従軍し、その後の半生を生きる土地に東京を選びました。
本の後半の舞台はイギーが体験した戦後の日本が語られていきます。

誰がどんなふうにこの根付のコレクションをもっていたのだろうか。
根付のコレクションをきっかけに一族の歴史をたどったこの本は、同時にそれぞれの都市の一面をも切り取って示してくれました。
それは興味深いものではあったのですが…。
でも、なんというか、読んでいて、どうも、迫ってくる感じがしないのです。
根付のことが詳しく書かれるのかと思えばそうでもなく、では人に深く入り込むのかの思えば輪郭をなぞるだけにとどめ、すべてが少しずつという感じで、なんだか何もかも遠くにある気がしてしまいました。
パリ時代とは時間的な隔たりが大きく、ウィーン時代では一族の複雑な立場があったためでしょうか。
著者は何をどう書こうか、どこまで書こうか、迷っているような、どこかためらっているような雰囲気もあります。
ちょっとした好奇心から調べ始めたら、想像した以上のことがわかってしまったということなのかもしれません。

コレクションは、今、イギリス、著者の住む家にあります。
何百年後かに、また、来歴をたどる子孫が現れるのかも。
消えた符号一族の末裔でもあった陶芸家が子孫に残し伝えたコレクションとして、その時は、この本も古文書として添えられるのだろうと思うと不思議な気分です。



[読了:2012-03-09]






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