ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

若島 正編。チェス小説アンソロジー【モーフィー時計の午前零時】

2012-05-19 | and others
 
「モーフィー時計」とはなんぞや、とタイトルにつられた1冊。
よくよくみてみれば、チェス小説のアンソロジーとありました。
モーフィーはチェスの神童と呼ばれた人物で、彼に贈られたというチェスの駒をモチーフにした金時計が「モーフィー時計」。

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 チェス小説アンソロジー
 モーフィー時計の午前零時


 編者:若島 正
 発行:国書刊行会
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題材になっているものを知っているかどうかは、物語を楽しむことにどれくらいの違いを生むでしょうか。
きっと、この先、チェスを覚えることはないでしょうし、他のものにしてもよく知っていると思えるほどのことにはならないでしょうから、たぶん知らないままのその差を大きく見込んだとしても、十二分に楽しめる1冊でした。

・前文 小川洋子
『モーフィー時計の午前零時』 フリッツ・ライバー
『みんなで抗議を!』 ジャック・リッチー
『毒を盛られたポーン』 ヘンリイ・スレッサー
『シャム猫』 フレドリック・ブラウン
『素晴らしき真鍮自動チェス機械』 ジーン・ウルフ
『ユニコーン・ヴァリエーション』 ロジャー・ゼラズニィ
『必勝の新戦法』 ヴィクター・コントスキー
『ゴセッジ=ヴァーデビディアン往復書簡』 ウディ・アレン
『TDF チェス世界チャンピオン戦』 ジュリアン・バーンズ
『マスター・ヤコブソン』 ティム・クラッベ
『去年の冬、マイアミで』 ジェイムズ・カプラン
・プロブレム ロード・ダンセイニ

著者全員を知っていたわけではありませんが、ちょっと楽しくなるような顔ぶれです。
同じ本の目次で見ることがあろうとは思っていなかったというか。
それはそのままこのアンソロジーの幅広さを示しています。
チェスを題材にした小説『猫を抱いて象と泳ぐ』を書いた小川洋子さんが前文で、あとがきでは編者の若島さんが書いておいでのとおり、チェスを知らなくても全然大丈夫。
ジャック・リッチーの作品など、チェスをしている場面から始まりはするけれど本題は別、という作品も含まれています。

もちろん、チェスとチェスをめぐる人々がテーマど真ん中の作品のほうが多いわけですけれど、良い手か悪い手かの判断が自分ではつけられなくても一向に差し支えありません。
時には翻弄され、時には残酷に傷つけられてもなおチェスに魅了され続ける人々が、チェスというゲームを語る言葉にこそ惹きつけられるのですから。

中でも異色だったのは『TDF チェス世界チャンピオン戦』。
ジュリアン・バーンズはお料理だけではなく、チェスも趣味なのかと思って読み始めたこの1篇、実は、実際の大会を描いたノンフィクションで、テレビ中継もされたというこのチャンピオン戦のもろもろ、美化されないチェスの周辺が描かれています。
タイトルの「TDF」は「Trap. Dominete. Fuck.」の略。
チャンピオン戦の挑戦者が、以前チェスの攻めについて語るときに使っていた言葉だそうですが、筆者のいう「ゲームに混在せざるをえない暴力と知性」の言葉への反映は驚くほどに暴力的。
チャンピオン戦は、前文で小川洋子さんが熱く語っていたチェスと少年との出会いのその後、ある到達点といえそうですが、小説的な美しさを通して漠然とチェスを思うところから読むと、ギャップが大きくて口がへの字に曲がってしまいそう。
ですが、軽妙かつ辛辣な語り口と相まって、そのギャップ、美しくなさが、実際のチェスの世界では面白いのかもしれないと思える1篇でした。

でも、それにしたって「はめる、いたぶる、ヤる」って…思った後で読むことになるのが最後の2編。
『マスター・ヤコブソン』、『去年の冬、マイアミで』で、チェスとプレイヤーが織りなす機微、物語の中のチェスを味わいなおし、さらに、あとがきの最後に編者が語るエピソードに出会って、改めて小説が内包する真実を思うことになる盛りだくさんのアンソロジーでした。

次はやっぱりこれでしょうか。

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 チェスの話
 ツヴァイク短篇選


 著者:ツヴァイク
 発行:みすず書房
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[読了:2012-05-15]







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