ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

『太陽 THE SUN』を観ました。

2006-11-14 | 観るものにまつわる日々のあれこれ
最近、ちょっと映画続き。先日、ひとりで観てきました。
ひとりで観にいったという意味でもありますが、その日その時間、この映画を同じスクリーンで観ていた人がいませんでした。
独り占め。
う~ん。…贅沢と喜ぶべきでしょうか。まあ、めったに体験できないことではあります。

昭和天皇を描いた作品です。
あらゆる誤解、曲解、抗議に対しての予防線でしょうか、フィクションであるということをHP等では強調しているようです。
怒る方は天皇を映画の題材にするということだけでもう怒るのでしょうから、焼け石に水なのでは。

私は、神として崇められることを悩みとした人を描いた作品だと思いながら観てきました。
その悩みを持ち得た人間は代々の天皇のみ。
神と同等になろうとした人はたくさんいたでしょうけれど。

描かれるのは昭和天皇の人間宣言がなされる直前の数日。
防空壕での朝食のシーンから始まります。
ラジオから流れたニュースをきっかけにいくつかの会話があったあと、「陛下は天照大神の天孫であらせられます。人間ではございません。」という侍従長に、昭和天皇は「私の体は君と同じだ。皮膚にも何の徴もない。」と多少の苛立ちを含みながら言います。
何も答えることができない侍従長。そんな彼を見つめた後、何かを押し殺したように天皇はつとめて穏やかに冗談だと言うのです。

ロシア人の監督アレクサンドル・ソクーロフは、昭和天皇を、自分を神だと勘違いしているような人間ではなく、平和を望み続けた人と捉えているようです。
彼を神と仰ぐ人々の思いに逆らうことができず、結果、戦争が始まるのを止めることはできなかった人。
平家蟹の甲羅に奇跡をみる感受性の豊かさを持ち、教養が深く物静かな人。

子どものようにものに見入り、つらつらと連想に任せるままであるかのように繰り出される言葉。
つかみどころのない表情。
イッセー尾形はみっちり造りこんで、見せてくれます。

午睡の中、天皇は夢をみます。
焼夷弾が街を焦土と化してゆくすさまじい悪夢。
けれど、爆撃機には尾びれがあり、いっそ優雅ともいうべき流れをもって炎が赤く染める空を飛び、産み落とされるような焼夷弾もまた魚。

この夢に脂汗をかく天皇。
けれど、その夢をスクリーンに見ながら、彼の限界を見たような気がしました。
天皇は現実を現実のまま見ることはなかったのかと。
自分が築いたものでもない、与えられた権威を身にまとって生きたことしかない天皇。
神とあがめられているけれども自分は神ではないと知り、人間だと言えば人間ではないと二重に否定される彼にとって実感できるものは数えるほどしかなかったのでしょう。
例えば、家族とか、なまずとか。

大切に思っていた皇后と皇太子は、人間宣言の後、皇居に戻ってきます。
人間宣言をした天皇を笑顔で受け容れる皇后。
再会を穏やかに喜び合った後、天皇は人間宣言を録音した技師が自害したことを知り、ショックを受けます。
その天皇を睨み、そのことを天皇に知らせた侍従長を睨む皇后。
それがどんな思いだったのかはわかりませんが、私ならば「何を今更」という気持ちでしょうか。人々の反発、嘆きはわかっていたはずのことですから。
その後、皇后は決然と天皇の手を引き、人間の子となった皇太子に会いに行くのです。
皇后は桃井かおり。

タイトルの「太陽」はどういう意味なのでしょう。
パンフレットを買ってみればよかったと今になって思います。
もし、これが、日輪の天孫とされた彼の人間宣言が、新たな世への降臨である、という意味だったら、ちょっといやだなぁと思います。
なんとなく。

公式ページ → http://www.taiyo-movie.com/

音楽が非常によかったです。




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2 コメント

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やはり。。。 (みかん星人)
2006-11-15 00:06:32
あー、やはり観ておけば良かったかなぁ。

「太陽」のタイトルの意味だけでも、
ここでお話できたらよかったのに(笑)

ちょっと、機会をうかがって見ましょう。
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ご近所の (きし)
2006-11-15 00:58:41
映画館ががんばって上映してくれたので敬意を表して…ということでもないんですが、観てきました。
クリント・イーストウッドの2作に対抗して(勝手に)、『太陽』と『蟻の兵隊』です。

>「太陽」のタイトルの意味だけでも、
ほんとに。ご近所でも誰も観ていないのでここに書き散らしてしまいました
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