宗教法人 鈴川キリスト教会

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

2017年2月26日礼拝メッセージ要旨

2017年02月26日 | 礼拝メッセージ
ガラテヤ4:1-11
~神による相続人~


鈴川キリスト教会顧問牧師 川崎 廣
    
                   
 さきにパウロは、イエスキリストを信じる者は神の子どもであると語りました。子どもであることは神のものを受け継ぐことができる、神の子どもとしての相続人であるということです。

1. 相続人とするために、御子がしてくださったこと (1-7節)
・相続人が相続するのは時期が来たときです。
・御子イエス様は、律法の下にある人間としてこの世界に生まれてくださり
 律法の下にある私たちを贖ってくださり、子としての身分を受けるように
 してくださいました。
・主イエス様を救い主として信じることにより、神の子としての生き方を実感する
ことができます。
・それを可能にするのは、信じる人に遣わされる御子の御霊です。

2.神の子どもとしてふさわしく生きるように  (8-11節)
・主を信じ神の子とされる前は、神ではない神々の奴隷状態でした。
・ ガラテヤの人々が、ユダヤ主義者に動揺させられているのはまさにそのような
生活でした。
・何とか神の子どもにふさわしく生きることが出来るように願うパウロの思いが示され  
ています。

 パウロは、神の子どもであるということは、神の相続人であると語り、それにふさわしく生活することが大切であることを語っています。私たちの生活をも振り返ってみましょう。

分かち合いのために
 あなたは、神の相続人であることがどのように祝福に満ちたことかを、思いめぐらしたことがありますか。分かち合いましょう。
 
今週の聖句
  そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。
 ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。

( ガラテヤ 4:6、7)

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2017年1月22日礼拝メッセージ要旨

2017年01月22日 | 礼拝メッセージ
ガラテヤ3:1-29   
                      信仰による救い 
鈴川キリスト教会顧問牧師 川崎 廣


  キリストの福音は、神の恵みの福音です。パウロは、ガラテヤ2章の後半で強調したキリストを信じる信仰によって義と認められることについて、はっきりと確認しています。
1.信仰によって救われて、聖霊を受けて生きること (1-5節)
・クリスチャンが日々の生活の中で、聖霊を受けて聖霊に導かれて生活出来るように
な ったのは、律法の行いによったのではなく、信仰によったのです。

2.アブラハムの子孫(6-14節)
・アブラハムは信仰によって義と認められました。信仰による人々が、ユダヤ人も異邦
人の区別もなく、アブラハムの子孫として祝福を受けるのです。


3.アブラハムへの約束の確かさ(15-22節)
・アブラハムへの約束は、律法が与えられても無効になることはありません。その
 約束は、イエス・キリストに対する信仰によって信じる人に与えられるのです。


4.律法の役割(23-29節)
  ・律法はキリストが来られるときまでの、養育係のようなもので、キリスト
 を信じる信仰によって、もはや養育係は必要がなくなりました。


 パウロは、イエスキリストを信じる者は神の子どもであると語り、それがどのように祝福に満ちたものかを示しています。

分かち合いのために
 あなたはキリストを信じる人は神の子どもであると、いつも自覚して生活していましたか。分かち合いましょう。 
今週の聖句
 あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。
バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。
 ( ガラテヤ 3:26-29)

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2016年12月25日礼拝メッセージ要旨

2016年12月25日 | 礼拝メッセージ
~救い主がお生まれになった~


鈴川キリスト教会顧問牧師 川崎 廣

ルカ2:1ー20                       
 クリスマスはイエス・キリストの誕生をお祝いする季節です。最初のクリスマスは、今から約2000年前の出来事でした。

 救い主の誕生
 救い主を妊娠したマリヤとその婚約者のヨセフは、イエス・キリストがうまれたベツレヘムから100㎞以上離れたナザレの町に住んでいました。ところが、当時のパレスチナを支配していたローマ皇帝アウグストが、その支配地域の人口調査をする布告を出したのです。マリヤとヨセフはダビデ王の子孫で、ベツレヘムの出身でしたので、生まれ故郷に帰って人口登録をすることになりました、ヨセフは身重のマリヤを連れて、ベツレヘムに行きました。旅先でイエス・キリストが生まれたのです。その時は、旅館は満室で、家畜小屋での出産となりました。その夜イエスキリストの誕生を最初に知らされたのは、貧しい羊飼いたちでした。主の使いは「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」と伝えました。
 イエス・キリストは、全世界の人々の救い主として、王宮ではなくもっとも低いところでお生まれになったのです。


分かち合いのために
今年一年の感謝を分かち合いましょう。互いに分かち合って下さい。
今週の聖句
 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」 (ルカ 2:10-12)

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2016年11月27日礼拝メッセージ要旨

2016年11月27日 | 礼拝メッセージ
~キリストの福音の真理~

鈴川キリスト教会顧問牧師 川崎 廣
     
ガラテヤ2:1-21            
 キリストの福音は、神の恵みの福音です。しかし、最初の教会の時代から、このことは、行いによって救われるという考え方によって、脅威にさらされてきました。パウロの時代は、ユダヤ人の律法主義でした。これに対してパウロは激しいことばで、手紙を書いています。
1.エルサレムの指導者もパウロに対する神様からの使命を認めています。 (1-10)
・パウロは、自分に与えられた異邦人伝道の使命を、エルサレムの指導者に証して、それを明らかにしています。
2.信仰と行動の一貫性をただす (11-14)
・パウロはアンテオケでもペテロが律法主義の人々を恐れて、行動に一貫性がなかったのではっきりと指摘しました。
3.キリストを信じる信仰によって義と認められる (15-21)
・ユダヤ人も異邦人も、律法の行いによってではなく、ただキリストを信じる信仰によって義と認められます。
 クリスチャンの信仰生活は、イエス・キリストとの一体性に生きる信仰です。これが神の恵を無にしない生き方です。


分かち合いのために
・あなたとキリストとの関係は、どのような関係ですか。パウロのように「キリストが私のうちに生きておられる。」と告白できる関係でしょうか。分かち合いましょう。

今週の聖句
 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。 (ガラテヤ 2:20)

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2016年10月23日礼拝メッセージ要旨

2016年10月23日 | 礼拝メッセージ
~主に仕える姿勢~



鈴川キリスト教会 顧問牧師

川崎 廣

ガラテヤ1:6-24 
 
 クリスチャンの行動原則は、主に喜ばれることを求めて生きることです。パウロはそのような生き方をした私たちのモデルです。
1.キリストの福音 (6-10節)
 ・キリストを信じた人々が、神様に向かうのではなく、人に目を向けると
  きに、ちぐはぐな生活が生まれます。
 ・ガラテヤの人々が律法主義に逆戻りしていることに警告し、パウロがキ
  リストの福音に仕える基本的な姿勢を明らかにしています。
2.啓示によって与えられた使徒職
 (11-24節)
 ・パウロは、周囲の人々からその使徒職を疑われていました。しかし、
  パウロは人間によってではなく、イエス。キリストの啓示によって使徒
  として任命されたのです。

 人の歓心を買うためではなく、神に喜ばれることを求めて生きることがクリスチャンの生活です。


分かち合いのために
 あなたの生活の中で、最も気にしていることは何でしょうか。それは神に喜ばれることですか。分かち合いましょう。
 
今週の聖句
 いま私は人に取り入ろうとしているのでしょうか。いや。神に、でしょう。あるいはまた、人の歓心を買おうと努めているのでしょうか。もし私がいまなお人の歓心を買おうとするようなら、私はキリストのしもべとは言えません。 (ガラテヤ 1:10)

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