まさか日本でカルチャーショックを!

中国広東省で生活経験有り 元技術者 元日本語教師
旧タイトル:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

雑記20170526「自分を大切にしたい」

2017-05-26 22:48:33 | 行動計画 & 積極的思考

今月の初体験。
まずは1日に窓口でのTOICA新規定期券購入(継続にしなかったのはGW休暇を挟むので)をクレジットカードで支払った。
そして26日の本日はTOICAのJR定期券を券売機で継続購入した。

これらは名鉄(名古屋鉄道の)manacaではできないこと。
(名鉄の場合名鉄ミューズカードならばクレジット購入できる。)

昨年11月4日にある会社に退職願を出している。
その前日に初めてTOICAを購入した。
その理由は「次の仕事先へはmanacaではなく、TOICAの定期券で通勤するような気がした」からであった。

もちろん応募したり、面接を受けた場所はJR東海道本線では行けないところもあった。
しかしほとんどがある地域に重なっていた。
それは住んでいる市から東にある都市。
それと(スカウトやそれに伴う私の調査はともかく、直接の応募はしなかったが)西にある都市。

2つともJR東海道線の主要駅がある。
不思議なことにJR東海道線を使いそのひとつの都市に通うこととなった。
実は私のこの手の直感はかなりのもの。

「縁だなぁ・・・」と思う。


話しは変わる。
本日バスの時間を過ぎてから事務所を出た。
駅まで歩くつもりで。
だが、バス通りまで出た時に、定刻よりも遅れたバスが私を追い越していった・・・。

まあ仕方がないので歩いた。

途中雨が降り出した。
昨日事務所に置き忘れた折り畳み傘を差して歩いた。
そこで気がついたのは今朝使った普通の傘を事務所に置き忘れたこと・・・。

かなりのお疲れモードであったことは認める。
今通っているところにはうまくいけば数年は移動なしで通えるかもしれない。
だからこそ歩いて駅に行くのが2回目の本日はあえてバス通りとは違う道を歩いた。

しかし雨降りに方向音痴君がそんなことをしたので、道に迷った。
結果先週の土曜日の1.2倍もの時間がかかった。
そう、次のバスの方が早く駅に着いたことになる・・・。

この辺が如何にも私らしい・・・。

この都市の上部はけっこうよく知っている。
そしてこの都市の下に位置する都市の上部も仕事で通ったことがある。
つまり今通っているところは知っている点と点の途中なのである。

帰国して2年10か月。
帰国後の再就職から2年8か月。
そのうちの10か月は住んでいる隣の都市2か所に通った。
だが残りの2年近くは離れたところに通っていることになる。

そう、帰国してから私の仕事での行動範囲は広がった。
現在の仕事ではあまり外にでないのだが、それでも事務所から2つや3つ先の都市に車を走らせることもある。

実は帰国の前から何度(高卒後から30代半ば過ぎまで働いた)以前の会社にコンタクトを取ろうと思ったことか。

だが私はこらえた。
以前そこで苦労したこと。
それよりももっともっと大きな会社や、以前よりも桁外れに規模の大きな仕事をしてわかったことは、その以前の苦労はたいしたことではなかったということ。

のんびり和気あいあいと仕事をしたい欲望に駆られた。

おそらく「戻りたい」と連絡をすれば、喜んで迎えてくださったに違いない。
だがそれでは私も成長しないし、以前の会社にとっても失礼だと思った。
私は日本語教師になりたいために、いや外国で生活をしたいためにその会社を捨てたのである。

というわけで、私はやせ我慢をした。
結果今の職場でも自分の新しい可能性を知ることとなった。


そして最近ある決断をすべきか迷っている。
決断すれば、私は楽になる。
自分の時間も増える。
そして睡眠時間も増える。
(最近は23時台、早ければ23時前には寝ている。)

今までの私は自分の頭を鍛えることと私の知っていることを社会に還元することに力を入れてきた。

だが元々睡眠時間の短い私にとってはかなり大変なこと。
50歳を迎えた今、少し自分に飴の部分を与えたいと思い始めている。
もう少し自分の心と身体を大切にしたいのである。

私は50歳やそこらで倒れたくはない。
もっともっと社会の役に立ちたいので。
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わかっていただきたい

2017-05-25 22:08:33 | いろいろ
日本語教師。
日本語について知っていて、それを教えられればいいというわけではない。

もっともっと世の中のことに目を向けて、不自然で世間的一般的常識から外れたことはしないでいただきたい。

よく周りを見ていれば、わかることがわかっていない日本語教師は多いと思う。

以前の日本語教師の多くは回り道をしてきて教師になった。
学生からすぐに日本語教師になることが悪いことだとは思っていない。
ただ、他の業界の方々はどのように動いているのか少しはわかっていただきたい。

以上。
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あくまでひとつの参考として考えてください

2017-05-24 21:28:33 | いろいろ
このブログの多くは中国での日本語教育や中国生活について記してある。
ただ日本語教育については日本語学校で教えるのと、大学などで教えるのとでは違ってくる。

もちろんすべてにおいて何かしらの条件が違えば、当然教え方や管理の手法が違ってくることをお忘れなく。

中国生活についても同じこと。
私は広東省の北のほうと沿海部と2つの市に住んだことがある。
場所が違えば、生活条件も違う。

あくまでひとつの参考と考えていただきたい。

もうひとつ記しておきたい。
何にしても中国での情報は3年以上前のものである。
現在は滞在許可条件もさらに厳しくなっている。
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やはり新しい風が吹き出したようである

2017-05-23 22:11:33 | いろいろ
あと1か月と少しで、日本語教師から離れて3年となる。
そして2か月前にしばらくは戻らないことに決めている。
(というより戻れない・・・。)

それでもなお(割合を下げてまで)某ブログランキングサイトの日本語教育カテゴリーに属しているのにも意味がある。

それは私がそこに参加し出した2010年春に、知り合いの日本語教師関係者数人に指摘されたことと同じ理由によるもの。


話は変わる。
本来は来年春に買い換えるつもりであった車を、数か月以内に買い換えることは記したと思う。

ただ(中古車とはいえ)貯金からすべての費用を捻出したとなると、何かが発生した時の保険がなくなる。

2014年の夏に帰国して1か月と10日ほどで軽自動車を買う決意をしたのだが、やはり乏しい貯金を使いたくなく、キャッシュ―カードのカードローンを利用した。
だいたいローンを組みたくても、帰国直後、それもやっと就職の内定を決めたばかりのおじさんにはハードルが高すぎたわけで・・・。

確かに利息は普通のローンに比べて高かったのだが、仕方がない。
だが毎月定額1万円+利息の返済では余計に高くつくため、たいていは最低もう1万円余分に返してゆき、2年も掛けずに返済した。

(と記すと、だいたいいくらぐらいの中古車を買ったか想像できるかと思う。)

だが今回は5年ぐらいは乗りたいだけではなく、父親の乗り降り等も充分に考えての選択となり、中古車としてお手頃で年式も高いコンパクトカーというわけにもいかない。

となると、多少はお金を出さなければならない。
そんなわけで、今回(は貯金からも一部支払うが)ローンを組むことを考えた。
だがしかし、昨年はがたっと年収が下がり、さらには数か月前に転職したばかりのおじさんにはまたまたハードルが高くなる。

かといって、さすがに今回は利息が高いクレジットカードのカードローンを使う気にはならない。

別にローンを組むのにも、普段私は事務所にいるわけであり、勤め先への所属チェックの電話も私が出る確率は高い。
その辺は実に気が楽であるのだが、何にしても4月に転職したばかりのおじさんにまとまったお金を貸してくれるとも思えない。

であれこれ考えた結果、銀行カードローンを利用することにした。
今まで記した諸条件により、大金は貸してくれるはずがないのだが、クレジットカードのカードローンぐらいは借りられるに違いない。
それにクレジットカードのキャッシングローンよりは少しだけ利息が低くなる。

(銀行に行って、融資のご相談をする平日の時間もないし、おそらく行ってももっと融資額は下がると思う・・・。)

で昨晩ネットで申し込み、本日仕事中に私の携帯電話が鳴った。
審査は通ったのだが、案の定クレジットカードのカードローン程度の最大融資額となった。

そこで思った。
「今やおじさんの俺の価値などこの程度か・・・」と。

ま、30代後半で安定した収入を捨て、なおかつ数年後には中国に渡り、9年弱そこにおり、帰国後も高収入の仕事を1年数か月で捨てて、やりがいも楽しさもあるが極端に収入の少ない仕事に就き、今年4月にやっとまあまあの給料を得る仕事に就けたばかりであり、自業自得の何ものでもない。


そんな私はまとまったお金もないし、いまだに老後の不安は大きい。
働いていても両親を養うことへの不安さえある。

だが私は本当に様々な面で守られているのだと感じる。
遅くてもあと1歩、たいていはあと2、3歩という時点で大きなトラブルや大事故には至らない・・・。

そして最近になりとても強く感じていることは、あのまま中国での生活が長引いた場合、私は倒れていた可能性が高いということ。

帰国して2年半近くなってからやっと5年行きたかった歯医者に行き、その数か月後にやっと長年の課題であった高血圧と対峙した。

血圧が高いだけでなく、元々脈拍も高い。
初夏や夏の終わりであっても、少し涼しいと動悸がしていたおじさん・・・。
もっとも動悸は20代の頃もあったのだが、20代と40代後半や50代では抵抗力が違う。

ある日突然そのまま倒れて、気がついたら救急車や病院、いや天井から自分の身体を見下ろしていたような状態になった可能性は決して低くはなかったように感じる。


最近様々な教えを感じる。
今までと同じ生き方ではよくないという知らせなのかもしれない。
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食べるものは食べないと、疲れも取れない

2017-05-22 21:21:33 | 健康生活
昨日の日曜日は疲れが抜けず、午前中に買い物を済ませ帰宅した。

最近健康生活により、インスタントラーメンの粉末や液体スープは1/3~半分ぐらいしか使っていなかった。
「しかしそんなストレスもあるのかもしれない」ともやしと鶏肉ミンチとにんにくスライス入りの台湾ラーメンを作った。
それを鼻水や汗と闘いながら食した。

これがおいしかったのなんのって・・・。

そしてベッドとパソコンを行ったり来たりで午後を過ごし、夕方からは缶ビールをひっかけながら韓ドラを見た。

夜は冷酒を飲みながら、たくさん食べた。

塩分をたくさん摂ったせいか、昨晩の血圧は上が140台であった。
(最近は上が110~130)
しかしそれでも下が71までしか上がらなかったのは、日ごろの努力の成果なのであろう。

そして22時台にはベッドへ。

普段私は日曜夜(休みが終わる日の夜)は眠れない。
だが、すぐに眠れたのは疲れのせいというか、おかげなのであろう。

何と朝起きたら、気分爽快で体も軽かった!

「なるほど!」と感じた。
やはりある程度は食べなければ、いくら早めに寝ても疲れや取れないのであろう。
とても良い勉強になった。

と言いながら、土曜日が待ち遠しい。
今度の週末は土日休みなのである。




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