Scarving 1979 : Always Look on the Bright Side of Life

1979年生な視点でちょっと明るく世の中を見てみようかと思います。

「犬(dog)」第6回

2004年06月11日 17時00分00秒 | 物語
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「かおりは北風の訪れを知ると、急いで柊の木の丘に走っていきました。」

「はい、そこまで。じゃ、次、後ろ」

「あ、はい」

 国語に拘束された教室。窓側の後ろから三番目の席の男が、一段落を読み終えた。

「あ、ん、か、かおりは、胸にいっぱいの風を放り込むと、赤の靴、白の靴下を脱ぎ、柊の肩の上に乗った。『北風さ~ん、あなたは、え、かおりを、柊さんを、いつまでも、いつまでも包み込んでくれますよね~。』北風は何も答えてはくれなかった。ただビュ~ビュ~と、か、かおりの頬を切る声を囁き続けた。まるで、ん、かおりの涙を、遠い海の彼方にまで運ぼうとしているかのように。」

「はい、そこまで。じゃ、次は欠席だから、横行って小原」

「はい。かおりは涙を埃の匂いのする袖で拭うと・・・」

「ねえ、今“かおり”って言うとこで、つまってたでしょ」

 天川が妖精の声で話しかけてきた。

「うるさいな、いいだろ」

「あ~、照れちゃって」

「照れてなんか無いよ」

「いいのよ、お姉さんには、お見通しなんだから」

「なにが」

「文章中の“かおり”を読めないほど、“かおりん”を好きだって事」

「え、そんなことないよ」

「だって、ラブレター10枚も書ける人なんていないよ。ふつう~」

「それ、言うなよ」

「ラブレター10枚だもんね、10枚」

「だから~」

「でも、そんなに好きなら自分の口で言えばよかったじゃない。私なんかに頼まないでさ」

「だから、俺にはそんな勇気も度胸も無いの」

「普段は楽しそうに喋ってるじゃない」

「そりゃ、普段の会話はさ、できるんだけど、どうもこういう事って駄目なんだよね」

「いくじなしね。そんなんじゃ“かおりん”守れないよ」

「はい、そこ静かにして。今は教科書に集中」

 二人の会話を終わらせる大人の一言。廊下側の男達の会話をも終わらせた。



「I'm looking forward to seeing you one of those days、はい」

「アイム ルッキング フォワード トゥー ワン オブ デイズ」

 隣の教室では英語に拘束されていた。

「じゃ、これ山元さんに訳してもらおっかな」

「あ、はい」

 かおりんの前の席に座る“おかっぱの女”が返事をした。

(あ、このおかっぱ、山元っていうのか)

「えっと、私は近いうちにフォワードのあなたに会って、見ます。」

「違います。山元さん、ちゃんと予習やってきました?」

「え、あ、はい、一応」

「なら、今度はちゃんと辞書を使って訳して来てくださいね」

「はい」

「じゃ、後ろ、工藤さん訳してみて」

「え、はい」

(え、僕?ま、簡単だからいいか)

「あ、近いうちに、あなたに会える事を楽しみにしています」

「はい、正解。よく予習してきましたね」

「あ、いえいえ」

(こんなの予習しなくても解けるよ。一応、高2ですよ)

「かおりん、ずるいよ。わかってたんなら教えてよ」

 山元が手乗り猿の声で話しかけてきた。

「いや、今、さされてから訳したんだよ」

(ほんとは山元さんが答えてる時に訳したんだけどね)

「本当?」

「本当だよ。それにさっき佐藤君のうつしてたから大丈夫だと思ったよ」

(でも、あんなに見せてあげるよ、とか言ってた答えがあれだもんね)

「も~、あいつ最低。なにが“フォワードのあなた”よ。私が恥じかいちゃったじゃない。本当スポーツ馬鹿なんだから」

「サッカーの選手かなんかだと思ったのかな?」

(辞書で熟語調べりゃ出てるっていうのに)

「多分、あいつの事だからそうでしょ」

「山元さん、後ろ向かない」

 二人の会話を終わらせる大人の一言。窓側の女をも黒板の方に体を向けさせた。



 二つの教室には、男だけしかいない。

「おい、おまえ工藤にラブレター10枚も渡したのか?」

 窓側の後ろから三番目の席の男が、話しかけてきた。

「な、なに言ってんだよ」

「さっき天川と話したの聞こえたんだかんな」

「あ、あんなのいんちきだよ。俺がそんな事すると思うか?」

「いや、するでしょ~。おまえ案外、裏ではそんな事してそうだかんな」

「してないって」

「いいじゃねえか、お互い秘密無しで行こうよ」

「じゃあ、おまえは安部にいつ告白するんだ?」

「なにいうんだよ、いきなり」

「好きなんだろ、安部のこと」

「な、誰から聞いた?それ。天川か?」

「違うよ。おまえの行動見てりゃすぐわかるよ」

「嘘だよ。どうせ天川が言ったんだろ」

「言ってないよ。ほんと、見てりゃわかるよ。安部さ~ん、大好っきで~すって感じがするもん」

「なんであんなデカ女、好きにならなきゃいけねえんだよ」

「でも好きなんだろ」

「好きじゃねえよ。おまえこそ工藤のこと好きなんだろ」

「ああ好きさ、大好きさ、結婚したいくらい好きさ」

「か、開き直りやがった」

「で、おまえは安部の事好きなのか?」

「わかったよ、好きだよ」

「やっぱな」

「わりいかよ」

「わるかないよ、俺よりも趣味いいんじゃない?」

「そうだよな、工藤なんて普通好きにならないぜ」

「いや、でも女はやっぱ心でしょ」

「心の前に外見じゃねえのか?」

「だから、お子様は困るね」

「なんだよ、おまえのが3ヶ月年下じゃんか」

「そりゃそうだけど、精神的に俺はジェントルマンだからね」

「おまえがそうなら俺は、王様ってとこか」

「裸のな」



 一つの更衣室には、二つの女が集まってる。

「かおりん、おはよう」

「あ、おはよう」

(あ、天川さん)

「あれ、昨日の返事どうすんの?」

「いや、まだ決めてないよ」

(決められるはずないだろ)

「そう、早くしてあげてね。あいつ、相当かおりんの事、好きみたいだから」

「あ、うん、わかった」

(でも、男に好きだって言われてもね)

「さっき、国語の読みやってたら、“かおり”って読むとこで、毎回つまってたんだよ」

「あ、そう」

(おい、本格派だなそりゃ)

「ほんと、ストーカーとかしそうな雰囲気だよ」

「え、やだな」

(異世界でもストーカーって言葉使うんだ)

「もしかすると今、隠し撮りとかしてたりして」

「ほんとに?」

(うあ~、やばい奴から手紙もらったな)

「冗談よ、冗談。あいつ、度胸無いからそんな事できないよ」

「そうだよね」

(は~、よかった)

「あ、そういや、あの10枚のラブレターってもう読んだの?」

「昨日、帰り道に読んだよ」

(あれのおかげで帰れたんだけどね)

「どんなだった?」

「どんなだったって言われても」

(無茶苦茶変だったって答えりゃいいのか?)

「やっぱ、好きです。みたいな事書いてあった?」

「うん、一番最初の方にあったよ」

(あれでやめてけば、よかったんだよ)

「そうなんだ。あいつが本当にそんな事、書けるとはね」

「何回も繰り返し書いてあったよ」

(飽きるほどに)

「へ~」

「今度読む?」

(かなり笑えるよ)

「いや、いいよ。あいつ裏切る事になるから」

「そう」

(裏切るって、なんで?)

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『教室』

教 室 の 奥



見 え ま す か

 

た だ

座 っ て る だ け で

 

瞳 を

見 つ め た 気 が

し ま す

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第7回

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第6回あとがき

[当時]
今回、冒頭で読んでいたのは「風のかおり」という、
この為だけに考えた作品です。
でも、一応前後を想定しながら書いたんです。
ちょっとお気に入りです。
実際に中学の授業で、あんなの読むとは思えませんが、
大目に見てください。

[現在]
7年前「ストーカー」という言葉は出たばかりで、
今のように普及するとは思っていませんでした。
先見の目があると言ってもいいのでしょうか。
当時、なんともなしに思いついた苗字の人と、
今友達だったりしますし。
しかし、この会話のテンポや内容、
単に私が好きなノリってだけで、
どうにも悪い邦画の雰囲気が漂ってますね。

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2 コメント

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Unknown (eiji)
2004-06-11 21:45:03
ストーカーと安室さんが同じ年くらいに流行ってたと思います。なので7年前にはすでに一般化されていたと桃割れます。



ちなみに最近実は犬が楽しみです。
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流行は軽く (aliz)
2004-06-12 00:54:13
ならば記憶違いでした。てへ。



「犬(dog)」さんは、

愛読者がいないかと思ってましたので、

読んでいただけるだけでも、光栄の極みです。
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