福島章恭 合唱指揮とレコード蒐集に生きるⅢ

合唱指揮者、音楽評論家である福島章恭が、レコード、CD、オーディオ、合唱指揮活動から世間話まで、気ままに綴ります。

大野和士&都響 音楽監督就任記念公演 マーラー「7番」

2015-04-09 01:22:52 | コーラス、オーケストラ

都響の年間定期会員になったのは、昨年聴いた大野和士&フランス・リヨン歌劇場管とのラヴェル「ダフニスとクロエ」全曲版に感銘を受けたからである。あの演奏会で、大野和士に、日本人離れしたヨーロッパ的な香りを感じたからだ。
大野和士なら何かやってくれるだろう。というわけで、「大野和士 都響就任記念公演2」と銘打たれたマーラー「第7」には期待するところ大であった。

しかし、見事に裏切られた。
大野和士は、そのプレトークで各楽章のキャラクターを「夜」というキーワードを用いて解説してみせたが、そこで語られた「夜」の怖さ、隠微さ、魅惑などは、実際の音となっていなかったように思える。

とにかく、演奏に色がない。特に気になったのはヴァイオリン群で、油絵的に濃密な音や歌が求められているというのに水彩画のように淡い。しかも、絵の具の色が2つか3つしかなく、味気なくて単調なのだ。歌に乏しいのは致命的で、キュッヒル率いるN響による本物の響きを聴いたばかりなことも手伝って、単調さが余計に気になるのだろう。

さらに、金管でいえば、トロンボーン、テューバにも腸に響く重量感がないし、フィナーレに於ける、トランペットのファンファーレも効果的でない。

久しぶりに「あああ、日本のオーケストラを聴いちゃったなあ」というのが正直な感想。ヤノフスキ&キュッヒルのN響やノット&東響を聴いて忘れていた感覚が、蘇ってきてしまった。都響のイメージが10年以上後退したような印象だ。

大野は、明快に分かりやすく曲を組み上げていたと思うけれど、「夜」というよりは、「昼」の音楽。何事も白日の下に晒されてしまって、解説であれだけ語っていた「夜」の秘密に迫ることは一切なかった。

さて、来る12日、大野&都響によるベルリオーズ「レクイエム」はどうなるだろう? 演奏機会が少ない作品なので、チケットを買ってしまったのだが、今宵のマーラーを聴くかぎり、自分の好みにはなりそうにない。やはり、カンブルラン&読響のブルックナー「7番」を選ぶべきだったか・・・。

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