さる5月に「東京女子大卒業生有志の靖国神社ツアーガイド」と他3回をエントリーした。
「東京女子大卒業生有志の靖国神社ツアーガイド風景画像」
「東京女子大卒業生有志の靖国神社ツアーガイド風景画像《その二》」
「東東京女子大卒業生有志の靖国神社ツアーの感想文」
当日は長時間になったので、しょうけい館など九段下周辺の戦跡は後日とした。
6月22日にしょうけい館、昭和館、九段会館(工事中)、愛国婦人会発祥之碑、大隈重信候雉子橋邸跡をご案内した。
「しょうけい館」を案内した後は、「蕃書調所跡」と「昭和館」一階ロビーで九段会館前庭と屋上の戦争遺物をタブレットから説明した。
(当日の画像は東女OGの「ひさごん」さんから提供)
現在、九段会館は国が貴重な文化財であることを認め「ファザード方式」による外側を保存し、大ホール部分に新しいビルを建てる工事が始まった。
詳細は、ブログ記事カテゴリー「九段会館の保存」と平成27年12月建築保全センター「九段会館にかかる建物調査報告書」を参照。
田安門「弥生慰霊堂」の石垣から九段会館屋上の護国神社を見る。
九段会館前庭にある石碑群だが、工事中のために見ることが不可である。
①表忠碑
②楠公の楠
③陸軍士官學校生徒之碑
④軍人亀鑑
屋上の護国神社
屋上の天皇陛下御展望所
九段会館の工事中の昭和9年に発見された貝塚の碑
弥助砲(大山巌元帥が幼名弥助の頃、伊豆韮山で製造した大砲)
工事用のアクリル透明板が僅か二枚だけなので大変見にくい。参加者は口々に、工事請負の鹿島建設に改善するよう電話をすると怒っていた。
九段会館と旧千代田区役所の境界植え込みにあったが、九段坂病院と千代田区かがやきプラザビルが新築された際に、牛ヶ渕側の遊歩道に「愛國婦人會発祥之地碑」他二基が移設された。
愛国婦人会の創設者奥村五百子の銅像(写真集「偉人の俤」から)
旧千代田区役所敷地に建立されていたが、所在が不明(千代田区教育委員会文化財係の話)
同じ銅像が現在も、出身地の佐賀県唐津市内に建立されている。
写真集「偉人の俤」は2013年5月に靖国神社偕行文庫に寄贈した。
千代田区役所前庭に建立されている「大隈重信候雉子橋邸跡」記念モニュメントを案内した。
早稲田大学大隈講堂時計台の針が午後1時25分を指していた。
時間について質問があったので千代田稲門会事務局に質問した。
下記の回答があった。
『千代田稲門会事務局です。さて,お問合せ頂いている件につき,以下の理由で時刻を固定しておりますのでご連絡致します。千代田区役所にある大隈重信候雉子橋邸跡記念碑は,2010年に迎えた早稲田大学設立125周年を記念して,早稲田大学との協力で設立を致しました。この125周年の文字を表す為,時計の時刻を1時25分にしているとの事です。』
その後、日本橋川を見ながら雉子橋の案内板を説明。
学士会館でランチと交流会
立命館大学名誉教授赤澤史朗氏著作の「徳冨蘇峰と大日本言論報国会」を見せながら、戦前の文化人と言論界の戦争責任を語った。
タブレットの画像
亡父が応召して戦友と大阪の宿舎での記念写真である。子どもを抱いているのが父。
次回は、7月中旬に「東京駅と丸の内街」を、秋には「将門塚と皇居東御苑」を案内する予定である。
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