あいおい損保の罠と嘘

あいおい損保の事故対応の実例と
司法制度のごまかしぶりを細かく見ていきます。

マスコミに届いた書簡(3)

2012-04-08 14:08:05 | Weblog
 私は当時のことを思い出す度に、大きな憤りが沸いて耐えられなくなります。あまりに常識外の怒りが込み上げて来るため、それが嫌で裁判を避けたり、不当な判決と戦うのを避けてしまう人も、実際には多いのではないでしょうか。
 それでも他の隠れた多くの被害者達を救う一助になれば、同じ目に遭っている多くの人達に光を当てることに繋がればとの一心で、この分厚い書面を失礼ながら送らせて頂きました。
 同封した書類は、裁判に提出された書面の全てです。
 この書面を読んで、冷静に考えてみて欲しいのです。果たしてどちらの言い分が正しいかを。できれば法律に毒されていない素人の立場から見て欲しいのです。法律というものを新たな視点から見詰め直して欲しいので。
 私の契約していたあいおい損保の担当者は、私を騙し、事故の調査も交渉も一切放棄し、挙句の果てには事故の相手(チンピラ)と一緒になって私を脅迫しました。これだけのことをしておきながら、私が自力で事故の相手と裁判し、勝訴を勝ち取って決着をつけると、今度は手の平を返したように、あの事故は10:0だったなどと言い出す始末なのです。
 書面の中で、明らかに私の言い分が正しいことは証明されていました。何しろ、被告代理人は最後の口頭弁論で、具体的な事実に対して何の弁解もできなかったのですから。被告側の弁護士は言い訳もできず、シドロモドロになっていました。それなのに、ムリヤリ裁判官の権力で被告の勝ちにした印象が拭えないのです。
 裁判官は難解な法律用語で威嚇して来るのですが、私にはどうしても、どこまで考えても、間違ったことを正当化しているとしか思えません。いかなる法律用語を持ち出そうとも、法律の通りであるならば、私の主張の方に正当性があるとしか思えないのです。
 裁判所から送付された判決理由の書面を読んでも、そこに書かれたことは事実を曲げているし、どこまで行っても都合の悪い部分を隠し続けています。
 私はこの裁判のために、自分なりに法律の本もたくさん読みました。しかし、どう考えても、この裁判で被告が全面的に勝訴するというのは全く理解できません。どういう理屈があれば被告が正しいことになるのでしょう?こんなメチャクチャな裁判があるのでしょうか。何としてでも被告の勝ちにしたい意図が見え見えです。もっと裁判というのは厳正なものだとばかり思っていました。サッカーのワールドカップでさえ、審判の不正が発覚したため、次の大会では審判を全員替えると言ってるくらいなのに、税金で給料を貰ってる者だけが許されていいという道理はないと思います。自分自身、この問題にけじめをつけたいのです。明らかに不正が行なわれていると分かっているのに、放置しておくわけにはいきません。この問題をこのまま放置しておくと、今後も犠牲者が出続けるだけです。どこかでそれを断ち切らなければなりません。
 真実は書面にあります。口頭では、人が話してる最中に話を遮ったり、早口で立て続けに質問して答えられなくしたり、裁判官と被告がグルになって高圧的態度でプレッシャーをかけたり(これら全てを、一回目の口頭弁論で裁判官にやられました)、様々なテクニックが使えます。私は、担当者が急に代わったり、一回目の口頭弁論で裁判官にボロクソになじられたり(傍聴人は誰もいなかった!)、口頭弁論の日が私の知らないうちに無断で変更されていたり、判決が言い渡される日に実際に裁判所に行ってみると私の判決が予定表になかったり、判決を言い渡された時は一切の質問も抗議も止められていたため何も言えなかったり、こうした諸々の胡散臭い対応から、司法に対する信用を著しく失いました。だから、偽造することのできないはっきりとした物的証拠として、書面を見て欲しいのです。純粋に、原告と被告でやりとりされた書面を検討して、本当に裁判官の言ってることが正義か否か、法律に適っているか、よく見て下さい。私の書面で指摘した内容は完全に無視されているし、裁判官は肝心な部分から目を逸らしています!
 もし司法が正常に機能しているのなら、薬害エイズ事件やオウム真理教の事件などは、大きな事件になる前にストップしている筈です。大きな事件に発展するまで(と言うより、被害者の努力によってマスコミに取り上げられるまで)彼らのような悪人を支え続けていたのは、何を隠そう司法機関そのものなのです。全ての大きな事件は、そこまで発展する前に司法のバックアップが窺えます。問題が大きくなり過ぎて、国民の反発を買った時にだけ、初めて国民の味方をするポーズをとっているだけなのです。このまま放置していていいとは思えません。
 これだけ裁判官がインチキしてるのがはっきりしているのに、どうしてみんな、社会の偽善に隷属しているのでしょう?そろそろ、究極の悪と言える裁判官の汚職の実体というものに、メスを入れてもいい頃ではないでしょうか。こんなデタラメが社会の影で曖昧にされてるなんて、全く信じられません。悪人を庇う司法システムのデタラメに対し、国民全体ではっきりとノーと言わなければなりません!私は、日本を北朝鮮のような国にはしたくありません。
 彼らが最も恐れているのは、国民の、つまりは大多数の反発です。そのためにマスコミが果たす役割はとても大きいと私は考えます。この大きな権力に対抗できるのは、マスコミの力しかないと思います。個人でできる努力は、ここまでが限界です。確かに裁判官の汚職は問題が大きいですが、大きな問題に取り組んでこそ、マスコミの真価が問われるのではないでしょうか。
 裁判官が特定の企業や組織と癒着することが、まるで当たり前の慣わしの如くなっていることは、非常に腹が立つ現実です。医学会が司法機関を完全に買収していることは、薬害エイズ事件の一件でも、不当判決という形で全国民に対してハッキリと証明されています。裁判所は国の機関だから、国の都合によって判決を決めているようです。こういうことが曖昧にされて次々とごまかされているのは物凄く腹が立つ現実だし、このように裁判所が一部の人間の都合のいいようにコントロールされたままでいていいのでしょうか。癒着している相手は医学会だったり、銀行だったり、タクシー会社だったり、保険会社だったり、NTTだったり、あるいは道路族だったり様々ですが、いずれにしても、裁判官が特定の企業を保護することは絶対に許せません。ぜひとも司法の世界にメスを入れて欲しいのです。
 今現在、憲法の上に法律があり、法律の上に裁判官がある状態にあります。その証拠は、昨今の判決例にいくらでも見出せます。とは言っても、裁判官に正論なんか通りません。この順序を逆にしないと、この独裁体制を何とかしないと、いずれ日本はダメになってしまいます。明らかに、日本をおかしくしてる勢力が、ここにあります。
 この裁判は、その一例として格好の例だと思うのです。裁判所が、非常に保険会社側に有利で一面的でおかしな判決を下している、格好の典型的例だと思うのです。憲法や法律に照らし合わせて、本当に裁判官の言ってることが正しいかどうかを、よく考えてみて下さい。自分の判断を、偉そうな顔をした法律の専門家なんかに委ねないで欲しいのです。彼らは自分達の利益を守るため、自分達に都合のいいことを言ってるだけなのですから。
 特に具体的な事実になると、被告側弁護士はシドロモドロになっていたのに、事実の検証もなく完全勝訴というのはおかしいのです。事務的に流れ作業でやったとしか思えません。裁判官は私の書面を読んでなかった形跡さえあるのです。たとえ読んだとしても、真剣に対象とはせず、揚げ足取りの材料にしかしていません。被告の書面しか対象としてないのです。事実の検証なんか、全くありません。
 汚職ばかりやってる裁判官なんかに、社会の善悪の基準や判断を委ねてしまっていいのでしょうか。非常に危険なものを感じます。