飯舘村をはじめとした福島第一原発から半径20km圏外の自治体も避難の対象になった。
他の場面でも感じるのだが、ここに来て政府の対応のあり方が変わってきている気がする。
当初は組織内部の責任論や縦割り構造の硬直性などが前面に出ていたのだが、ここに来て現実を直視するようになり、本当の意味で組織全体で解決に向けて動き始めている、1ヶ月経ってこなれて来たのではないだろうか。
しかし、相変わらず政府の対応はガサツだ。
4月5日のTweetより。
(理科もよくわからないという人向け)
放射線量に関する摂取制限量についての考え方。こう考えればきっとわかりやすい。 このページから転載します。
http://bit.ly/heDjqX
食塩(塩化ナトリウム)というのは、実は危険な物質です。そのLD50(半数致死量)は、体重60kgの人だと180~210gです。もし200gの食塩をいっぺんに摂取したら、50%ぐらいの確率で死に至るでしょう。
厚生労働省は、日本人の食塩摂取量の目安を、成人で1日10g未満と定めています。1日に10gぐらいまでなら、食塩を摂取しても害はないというわけです。
塩だろうと砂糖だろうと水だろうと酸素だろうと光だろうと、多すぎれば人間に害を及ぼします。その点では放射線も同じです。「すべての物質は毒であり、毒でないものは存在しない。毒と薬の違いはその用量による」by パラケルスス(錬金術師)
放射線量率についても塩と同じ考え方をしてみませんか。気が楽になると思いますよ。
飯舘村について。
相変わらず議論が迷走しているので昨日の塩と放射線の話の補足する。基本的に行政機関の行動指針は「基準」である(その場の気分で判断されても嫌でしょ?)。ゆえに「基準」が誤っていない限り、放射線量に基づく判断に恣意性が入っているのではと疑うのは誤り。問題はそこではない。
食塩の1日の摂取量10gが安全基準としても、だからといって全員に10gまでは「摂取しろ」とは言えない。健康状態によって摂取を控えたい人もいれば、嗜好の問題で塩分が嫌いな人もいる。または、ここ数日塩分と取り過ぎたので今日は控えたい人もいるだろう。それが健康上影響のないレベルかどうかに関わらずだ。
人それぞれの考え方によって決めればよいが、こう考えたらいいと思う。あなたが誰かに料理を振舞う時「どういう料理を作ってあげたいか」という気持ちになってみることだ。健康被害がないから避難する必要がある/ないという観点ではなく、飯舘村の人たちにどうしてあげたいかで決めればいい。
行政府は基準で動くべきだが、このような弾力的運用ができるのが政治だろう。なんのための政治主導なのだ。人間の心とは、そういう気持ちで動くものだ。人をマネジメントしたことのない人たちが行政府(官邸)の幹部なので理解できないのかもしれない。
こんな政府に人の心がつかめるわけがない。少し不謹慎な言い方かもしれないが、民主党政府はせっかくのチャンスを逃した。
ちなみに、織田信長は武士ゆえに塩分の濃い料理が好きだった。貴族向けの塩分の薄い京料理を不味いと罵り、田舎料理を好んだとされる。信長に憧れる人は塩分濃い料理を食べてみるのもいいだろう。
他の場面でも感じるのだが、ここに来て政府の対応のあり方が変わってきている気がする。
当初は組織内部の責任論や縦割り構造の硬直性などが前面に出ていたのだが、ここに来て現実を直視するようになり、本当の意味で組織全体で解決に向けて動き始めている、1ヶ月経ってこなれて来たのではないだろうか。
しかし、相変わらず政府の対応はガサツだ。
4月5日のTweetより。
(理科もよくわからないという人向け)
放射線量に関する摂取制限量についての考え方。こう考えればきっとわかりやすい。 このページから転載します。
http://bit.ly/heDjqX
食塩(塩化ナトリウム)というのは、実は危険な物質です。そのLD50(半数致死量)は、体重60kgの人だと180~210gです。もし200gの食塩をいっぺんに摂取したら、50%ぐらいの確率で死に至るでしょう。
厚生労働省は、日本人の食塩摂取量の目安を、成人で1日10g未満と定めています。1日に10gぐらいまでなら、食塩を摂取しても害はないというわけです。
塩だろうと砂糖だろうと水だろうと酸素だろうと光だろうと、多すぎれば人間に害を及ぼします。その点では放射線も同じです。「すべての物質は毒であり、毒でないものは存在しない。毒と薬の違いはその用量による」by パラケルスス(錬金術師)
放射線量率についても塩と同じ考え方をしてみませんか。気が楽になると思いますよ。
飯舘村について。
相変わらず議論が迷走しているので昨日の塩と放射線の話の補足する。基本的に行政機関の行動指針は「基準」である(その場の気分で判断されても嫌でしょ?)。ゆえに「基準」が誤っていない限り、放射線量に基づく判断に恣意性が入っているのではと疑うのは誤り。問題はそこではない。
食塩の1日の摂取量10gが安全基準としても、だからといって全員に10gまでは「摂取しろ」とは言えない。健康状態によって摂取を控えたい人もいれば、嗜好の問題で塩分が嫌いな人もいる。または、ここ数日塩分と取り過ぎたので今日は控えたい人もいるだろう。それが健康上影響のないレベルかどうかに関わらずだ。
人それぞれの考え方によって決めればよいが、こう考えたらいいと思う。あなたが誰かに料理を振舞う時「どういう料理を作ってあげたいか」という気持ちになってみることだ。健康被害がないから避難する必要がある/ないという観点ではなく、飯舘村の人たちにどうしてあげたいかで決めればいい。
行政府は基準で動くべきだが、このような弾力的運用ができるのが政治だろう。なんのための政治主導なのだ。人間の心とは、そういう気持ちで動くものだ。人をマネジメントしたことのない人たちが行政府(官邸)の幹部なので理解できないのかもしれない。
こんな政府に人の心がつかめるわけがない。少し不謹慎な言い方かもしれないが、民主党政府はせっかくのチャンスを逃した。
ちなみに、織田信長は武士ゆえに塩分の濃い料理が好きだった。貴族向けの塩分の薄い京料理を不味いと罵り、田舎料理を好んだとされる。信長に憧れる人は塩分濃い料理を食べてみるのもいいだろう。
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