極個人的には、セレステには感情移入できなかった。私が、男だからだろうが。
ジェシーに対しては、同性として、痛いほどに共感できた。
だから、ジェシーの立場で観て、切ないものはあったが、映画全体としては、さほどでもなかった気がする。
前半には愛しさもあった2人のおふざけに、終盤には哀しさも感じた。
ミラーボールが、輝きながら回る。
弦楽器の音が聞こえてくる。
2人が、楽しそうに証明写真らしきボックス、カーテン内に入る。
原題=CELESTE AND JESSE FOREVER=
弦楽器から始まったメロディは、リリー・アレンの「リトレスト・シングス」。
若い2人のスナップショットに、オープニングクレジット。
運転するジェシーに、助手席のセレステ。
カーオーディオから流れる「リトレスト・シングス」を、2人で歌う。
セレステに、仕事の電話が掛かってきても、ふざけ気味のジェシー。
誰が見ても、ラブラブな2人は、学生時代からの親友で、間もなく結婚するベスとタッカーとのディナーの席でも、イチャつき、異常だとベスの怒りを買う。
何故なら、セレステとジェシーは、離婚を前提に別居している関係だったから。
新潟での公開2週目の土曜日、ユナイテッドシネマ新潟、11:30の回は、客層は幅広いが、16名ほどの観客。
東京へ遊びに行ったときに、観る候補に入れていた作品だけに、新潟まで足を延ばすのは問題ない。
映画の予告編などでは、「最高に気の合うジェシーとは永遠の親友でいたいから。」という理由で離婚を決意したように伝えられていた。だが、映画の中では、明確にそうは言っていない。
ただ、ベスに聞かれ、売れないイラストレーターで、礼装用の靴も口座もないジェシーを「親友以外の何者でもない」と言っている。
ある出来事がキッカケで、一時、ジェシーと連絡が取れなくなるまでのセレステは、自分から離婚を言い出していながら、ジェシーが自分から離れる訳がないとタカをくくり、見下したような感じも受けた。
それが、ジェシーから、「他の女性との間に子どもが出来たから。」と、正式な離婚手続きを求められると、慌て、狼狽し、取り乱してしまう。
前半は、大人のセレステに対して、ジェシーは、子どもじみたところも感じさせ、セレステへの未練たっぷりだった。
後半は、仕事の失敗もあり、崩れかかったセレステに対し、ジェシーはセレステへの愛を残しながら、次の人生にステップを踏み出す大人らしさを感じさせた。
セレステは、「ジェシーに成長して欲しかっただけ。」とも言っていたが、図らずもセレステから完全に離れることで、ジェシーは成長したのだと思う。
やはり、女性と男性では、見方は違ってくると思う。
女性はセレステに共感し、あるいはジェシーに非難的な感情を抱くかも知れない。
だが、男性の私からすると、セレステの悲しみとは異なるジェシーの悲しみに、気持ちが理解できるだけに、セレステを許しきれない感情がある。かといって、新たな人生を歩み始めたジェシーを、祝福する気にもなれないのだが。
ラストは、ストアのレジに割り込みされたセレステが、それ以前とは違う態度で、その客を咎めることなく、順を待つ。
店を出たセレステのアップ。
蛇足だが、セレステを演じ、共同脚本、製作総指揮に名を連ねるのラシダ・ジョーンズは、クィンシー・ジョーンズの令嬢。
セレステの経営する会社の共同経営者スコット役で、イライジャ・ウッドを久しぶりにスクリーンで観た。
ジェシーに対しては、同性として、痛いほどに共感できた。
だから、ジェシーの立場で観て、切ないものはあったが、映画全体としては、さほどでもなかった気がする。
前半には愛しさもあった2人のおふざけに、終盤には哀しさも感じた。
ミラーボールが、輝きながら回る。
弦楽器の音が聞こえてくる。
2人が、楽しそうに証明写真らしきボックス、カーテン内に入る。
原題=CELESTE AND JESSE FOREVER=
弦楽器から始まったメロディは、リリー・アレンの「リトレスト・シングス」。
若い2人のスナップショットに、オープニングクレジット。
運転するジェシーに、助手席のセレステ。
カーオーディオから流れる「リトレスト・シングス」を、2人で歌う。
セレステに、仕事の電話が掛かってきても、ふざけ気味のジェシー。
誰が見ても、ラブラブな2人は、学生時代からの親友で、間もなく結婚するベスとタッカーとのディナーの席でも、イチャつき、異常だとベスの怒りを買う。
何故なら、セレステとジェシーは、離婚を前提に別居している関係だったから。
新潟での公開2週目の土曜日、ユナイテッドシネマ新潟、11:30の回は、客層は幅広いが、16名ほどの観客。
東京へ遊びに行ったときに、観る候補に入れていた作品だけに、新潟まで足を延ばすのは問題ない。
映画の予告編などでは、「最高に気の合うジェシーとは永遠の親友でいたいから。」という理由で離婚を決意したように伝えられていた。だが、映画の中では、明確にそうは言っていない。
ただ、ベスに聞かれ、売れないイラストレーターで、礼装用の靴も口座もないジェシーを「親友以外の何者でもない」と言っている。
ある出来事がキッカケで、一時、ジェシーと連絡が取れなくなるまでのセレステは、自分から離婚を言い出していながら、ジェシーが自分から離れる訳がないとタカをくくり、見下したような感じも受けた。
それが、ジェシーから、「他の女性との間に子どもが出来たから。」と、正式な離婚手続きを求められると、慌て、狼狽し、取り乱してしまう。
前半は、大人のセレステに対して、ジェシーは、子どもじみたところも感じさせ、セレステへの未練たっぷりだった。
後半は、仕事の失敗もあり、崩れかかったセレステに対し、ジェシーはセレステへの愛を残しながら、次の人生にステップを踏み出す大人らしさを感じさせた。
セレステは、「ジェシーに成長して欲しかっただけ。」とも言っていたが、図らずもセレステから完全に離れることで、ジェシーは成長したのだと思う。
やはり、女性と男性では、見方は違ってくると思う。
女性はセレステに共感し、あるいはジェシーに非難的な感情を抱くかも知れない。
だが、男性の私からすると、セレステの悲しみとは異なるジェシーの悲しみに、気持ちが理解できるだけに、セレステを許しきれない感情がある。かといって、新たな人生を歩み始めたジェシーを、祝福する気にもなれないのだが。
ラストは、ストアのレジに割り込みされたセレステが、それ以前とは違う態度で、その客を咎めることなく、順を待つ。
店を出たセレステのアップ。
蛇足だが、セレステを演じ、共同脚本、製作総指揮に名を連ねるのラシダ・ジョーンズは、クィンシー・ジョーンズの令嬢。
セレステの経営する会社の共同経営者スコット役で、イライジャ・ウッドを久しぶりにスクリーンで観た。