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振る舞いの階層構造

 「感情システム」をもつキズメットは、1980年代にブルックスさんが考案した「サブサンプション・アーキテクチャー(subsumption architecture)」というロボットの分散コントロール手法にもとづいてつくられています。サブサンプションとは「包摂」という意味ですが、ここではロボットの行動のより高いレベルの振る舞いが、低いレベルの振る舞いをつつみ込んでいる、つまり各層の目的は下位層の目的を包含しているといった振る舞いの階層構造をつくることを意図しています。
 
すなわちロボットのコントロールにおいて「単純な作業をする小さな回路を作り、それをたくさん働かせる。次に、数多くの反射の集合から発現する複雑な振る舞いを第二のレベルとしてそこに重ねる。この第二の階層が機能するかどうかにかかわりなく、最初の階層は働き続けている。しかし、第二の階層がより複雑な振る舞いを生み出す場合には、下の階層の活動が上の階層に組み入れられる」*01といった「包摂」関係を構築するのです。


「それぞれの層は既存の層の頭上に作られる。低次レベル層は高次レベル層の存在にまったく依存しない。」*02

 
それはアンブラーを始めとした人工知能の研究で当時主流であった考え方、すなわち中央の司令センターがすべてを決め、すべての行動をコントロールするというトップダウンの考え方に対し、コントロールを下から上へと組み立てていき、分散したネットワークを構築し、それらを統括する中心をもたない、というボトムアップ・コントロールの考え方だったのです。
 
“歩くこと”から始めたゲンギスは、第一の層の振る舞いとして、現実環境の中で様々な障害を乗り換えながら歩くことができます。そこに人間の熱を感知するセンサーを持つ第二の層「捕捉システム」が加わります。この第二の層はターゲット(人間の熱)を見つけると、第一の層にそのターゲットに向けて歩くよう働きかけるのです。ターゲットに向かって歩くゲンギスは、途中障害物にぶつかると第一の層の働きとしてそれを回避します。そして改めて第二の層の働きにより、ターゲットに向けて歩き始めるのです。
 
「サブサンプション・アーキテクチャー」では、まず最初に非常に単純で完全な自律的システムを構築し、「それを現実世界でテスト」*02し、このシステムを完全にデバック(虫取り)します。そのうえで最初のシステムと並列的に作動する知能の段階層を構築し、最初のシステムに付け加えます。この状態でうまく作動するかどうか、再度現実世界の中でのテストが繰り返されるのです。
 
こうして幾重にも包摂した知的システムが構築されます。各々の行動は各層が独自に周辺環境との対応の中で決定していき、そこにはすべてを束ねる中心的存在はないのです。それまでのように、そのシステムの中心に完全に正確な世界モデルを構築するという無謀な努力の代わりに、現実世界でテストされ、強固に構築された下位層の上に、必要に応じ新たな階層を積み上げていく。それが現実世界で起こる変化によってシステムが全面崩壊する可能性を最小限に抑えるとともに、そうした変化に柔軟に対応するシステムをつくりあげることができるのです。それはまた生命の進化の過程、あるいは幼児の成長過程にも通じる方法論ともいえるのです。
 
こうした考え方の問題点は、各層を幾重にも重ねていくと層の相互交渉が複雑すぎてうまくいかなくなる、各層の目的が競合するということです。そのとき有効に働くのが「感情システム」です。層の積み重ねにより目的が競合し実際の行動にブレが生じたとき、感情システムの、たとえば“恐怖”のパラメータの数値が跳ね上がります。すると前進しようと足を上げていた層やターゲットを捕捉して追跡していた層の活動がいっせいに遮断され、一目散に後退し、避難する行動に切り替わるのです。
 
このように外的要因だけでなく、システムの内的要因にも対応する「感情システム」によって人工知能は「有効時間内での問題解決」という時間圧に対処できる「判断することなき合理的考慮」を獲得することができるのです。

*01:複雑系を超えて―システムを永久進化させる9つの法則/ケヴィン・ケリー/アスキー出版 1999.02.10 服部桂監修 福岡洋一・横山亮訳
*02:表象なしの知能/ロッドニイ・A・ブルックス/柴田正良訳 現代思想 1990.03 青土社

 

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