日本の「生ぬるい」新型コロナ対応がうまくいっている不思議
<PCR検査の実施件数は極端に少なく緊急事態宣言には強制力が伴わないのに感染者数が着実に減りつつあるのは何故か>
日本の新型コロナウイルス対策は、何から何まで間違っているように思える。これまでにウイルス検査を受けた人は人口のわずか0.185%で、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)の導入も要請ベースと中途半端。国民の過半数が、政府の対応に批判的だ。それでも日本は、感染者の死亡率が世界で最も低い部類に入り、医療システムの崩壊も免れ、感染者数も減りつつある。全てがいい方向に向かっているように見えるのだ。
当局者たちは感染拡大が始まった当初、検査対象を「入院が必要になる可能性が高い重症患者」に絞り、感染で死亡する人の数を減らすことを全体目標に掲げた。世界保健機関(WHO)西太平洋地域の元事務局長で、日本政府の同ウイルス対策専門家会議の副座長を務める尾身茂は2月半ば、「感染拡大のスピードを抑え、死亡率を下げることがこの戦略の目標だ」と言っていた。
その成果は見事なものだ。5月14日時点で、日本でCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が直接の原因で死亡した人の数は687人。人口100万人あたりの死者数では日本が5人なのに対し、アメリカは258人、スペインは584人。ウイルスとの闘いに成功したと見られているドイツでさえ94人だ。
ただの幸運か
日本がウイルスの発生源である中国に近く、中国から大勢の観光客を受け入れてきたことを考えると、この死亡率の低さは奇跡に近い。また日本は世界で最も高齢化が進んでいる国でありながら、高齢者が深刻な打撃を免れているようにも見える。日本の複数の専門家は、政府が発表する数字は実際の数字よりも少ない可能性があると認めているが、一方で肺炎など同ウイルスに関連する病気が原因で死亡する人の数が予想外に急増する事態もみられていないとも言っている。
これは日本がラッキーなだけなのか。それとも優れた政策の成果なのか、見極めるのは難しい。
政府高官たちでさえ、今後の予測については慎重な姿勢を維持してきた。安倍晋三総理大臣はわずか2週間ほど前の4月下旬、「残念ながら感染者の数は増え続けている」と言い、「状況は引き続き深刻だ」と警告していた。さらに気掛かりなのが、一部とはいえ医療崩壊が起こっている可能性が指摘されていることだ。日本救急医学会は4月半ばに声明を出し、「救急医療体制の崩壊を既に実感している」と危機感を示した。
だがこの2週間で新たな感染者数は明らかに減少傾向に転じており、医療現場の負担も緩和されている。1日あたりの感染者数は4月12日の743人から、5月14日には57人に減り、100人の大台を割り込んだ。それでも世論は納得していない。共同通信が10日に実施した調査では、回答者の57.5%が新型コロナウイルスに関する政府の対応を「評価しない」と回答。「評価する」と回答した人は、わずか34.1%だった。
事態を複雑にしているのは、日本のPCR検査実施数が国際水準を大きく下回り、実際にどれくらい感染が拡大しているのかが分かりにくいことだ。5月14日までに全国で実施された検査は23万3000件をわずかに上回る程度で、アメリカの2.2%だ。
これには意図的な部分もある。感染が判明した人は感染症指定病院で隔離して治療を行うことになるが、軽症者や無症状の感染者が大勢押し寄せると現場が対応しきれなくなる。そこで政府は、強いだるさや息苦しさがある場合、あるいは37.5度以上の熱が4日間続く場合のみ受診相談をするという目安を示した。最近までこれが徹底されてきたために、苦しんでいるのに検査さえ受けられない人が続出した。ある日本語が堪能ではない外国人女性が、検査を受けさせてもらえるまで何度も病院をたらい回しにされた体験談が外国のメディアによって報じられると、国際社会は震え上がった。
検査結果は手書きでファックス
当局者たちは、日本では幅広い検査を実施するだけのインフラが整っていなかったことも理由に挙げる。検査態勢の拡充を強く求めていた日本医師会の横倉義武会長は、「PCR検査のための装置や試薬、医療従事者の防護具が十分になかった」と指摘する。
その後、複数の民間施設が検査に参入したことから、政府は検査基準を緩和し、高齢者や重症者はすぐに検査を受けられるようになった。それでも専門家は、本当の感染拡大状況は不明なままだと指摘する。東京都のある医療関係者は、実際には都民の6%前後が感染している可能性が高いと言っていた。
もうひとつの問題は、データの収集方法だ。新たな感染者数に関する報告は、医師が手書きで記入し、地元の保健当局にファックスで送信。地元当局がそのデータをまとめて中央政府に送る仕組みになっている。医師が詳しい情報を記入するために貴重な時間を無駄にしているという批判の声が上がると、日本のIT政策担当大臣は「対処していく」とだけ述べた。データの取り方もばらばらで、日曜日と月曜日は新たな感染者数が少なくなり、そこから増えて金曜日か土曜日に最も多くなるという流れだ。
外出制限も多くの国に比べてずっと緩い。国家緊急事態宣言が発令されても、政府は国民に自宅待機を強制することはできず、企業や店舗に閉鎖命令を出すことはできない。第2次世界大戦後に(アメリカが草案を作成して)制定された憲法で、国家権力が制限されているからだ。
ソーシャル・ディスタンスも、個人の善意と、少々の社会的制裁に委ねられている。飲食店は、アルコールの提供は午後7時まで、そして午後8時には閉店するように(丁重に)要請された。職場のストレスを晴らすために終電まで飲んで過ごすことに慣れた、日本のサラリーマンにとってダメージは大きかっただろう。
「社会的接触の7~8割の削減」という野心的な目標が掲げられた。そしてデータ分析によると、この数値目標はかなりの割合で達成された。ゴールデン・ウィーク恒例の帰省ラッシュも今年はかなりの程度回避された。新幹線を運行するJR各社によると、今年の連休中の新幹線の乗車率は5%程度にとどまり、例年の乗車率105%と比較すると乗客は大幅に減少した。
日本は自らを法治国家、そして公衆衛生の意識が高い社会と見ているが、国民全員がまじめに感染予防策を実行したわけでもない。大きな懸念材料となったのは、人が密集しがちなパチンコ店だ。ほとんどのパチンコ店は営業を自粛したが、営業を続けた店舗もあった。各自治体は営業を続ける店舗の名前を公表する対抗措置を取ったが、逆に宣伝になって数少ない営業店舗に入ろうとする客が長い行列を作った。
医療関係者に差別
しかし全体としては、相手を気遣い、人との距離を取り、握手を避け、清潔を心掛ける日本の文化は、数値で図ることが困難だとしても、感染者数を抑える上で大きな役割を果たしたようだ。
ただ残念なことに、医療従事者や感染患者に対する差別的な言動という、日本文化のよくない側面も表面化している。第一線の医療現場で奮闘する従事者が世界各国で称賛されているのとは対照的に、日本では看護師などの医療従事者が、差別的な言動を受けたり、保育所で子どもを拒否されたり、感染を恐れる人たちから拒絶されたりしている。
感染者数の減少傾向を今後も継続させるため、安倍は緊急事態宣言を5月末まで継続すると発表した。しかし国民の間に「自粛疲れ」が高まっていることを考慮し、いくつかの要請を緩和した。公園や公共施設は、今後段階的に利用が可能となる。東京や大阪の周辺などまだ新規の感染者数が多い都道府県を除く地域では、外出制限は緩和される。各企業は感染防止策を講じながら、経済活動を再開する。
世界のどこの国でもそうだが、日本にとって最大の懸案は、感染危機を引き起こさずに安全に行動制限を解除できるかどうかだ。そして、そもそも日本がなぜ諸外国のような感染危機にいたらなかったのかという大きな疑問もまだ残っている。
<PCR検査の実施件数は極端に少なく緊急事態宣言には強制力が伴わないのに感染者数が着実に減りつつあるのは何故か>
日本の新型コロナウイルス対策は、何から何まで間違っているように思える。これまでにウイルス検査を受けた人は人口のわずか0.185%で、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)の導入も要請ベースと中途半端。国民の過半数が、政府の対応に批判的だ。それでも日本は、感染者の死亡率が世界で最も低い部類に入り、医療システムの崩壊も免れ、感染者数も減りつつある。全てがいい方向に向かっているように見えるのだ。
当局者たちは感染拡大が始まった当初、検査対象を「入院が必要になる可能性が高い重症患者」に絞り、感染で死亡する人の数を減らすことを全体目標に掲げた。世界保健機関(WHO)西太平洋地域の元事務局長で、日本政府の同ウイルス対策専門家会議の副座長を務める尾身茂は2月半ば、「感染拡大のスピードを抑え、死亡率を下げることがこの戦略の目標だ」と言っていた。
その成果は見事なものだ。5月14日時点で、日本でCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が直接の原因で死亡した人の数は687人。人口100万人あたりの死者数では日本が5人なのに対し、アメリカは258人、スペインは584人。ウイルスとの闘いに成功したと見られているドイツでさえ94人だ。
ただの幸運か
日本がウイルスの発生源である中国に近く、中国から大勢の観光客を受け入れてきたことを考えると、この死亡率の低さは奇跡に近い。また日本は世界で最も高齢化が進んでいる国でありながら、高齢者が深刻な打撃を免れているようにも見える。日本の複数の専門家は、政府が発表する数字は実際の数字よりも少ない可能性があると認めているが、一方で肺炎など同ウイルスに関連する病気が原因で死亡する人の数が予想外に急増する事態もみられていないとも言っている。
これは日本がラッキーなだけなのか。それとも優れた政策の成果なのか、見極めるのは難しい。
政府高官たちでさえ、今後の予測については慎重な姿勢を維持してきた。安倍晋三総理大臣はわずか2週間ほど前の4月下旬、「残念ながら感染者の数は増え続けている」と言い、「状況は引き続き深刻だ」と警告していた。さらに気掛かりなのが、一部とはいえ医療崩壊が起こっている可能性が指摘されていることだ。日本救急医学会は4月半ばに声明を出し、「救急医療体制の崩壊を既に実感している」と危機感を示した。
だがこの2週間で新たな感染者数は明らかに減少傾向に転じており、医療現場の負担も緩和されている。1日あたりの感染者数は4月12日の743人から、5月14日には57人に減り、100人の大台を割り込んだ。それでも世論は納得していない。共同通信が10日に実施した調査では、回答者の57.5%が新型コロナウイルスに関する政府の対応を「評価しない」と回答。「評価する」と回答した人は、わずか34.1%だった。
事態を複雑にしているのは、日本のPCR検査実施数が国際水準を大きく下回り、実際にどれくらい感染が拡大しているのかが分かりにくいことだ。5月14日までに全国で実施された検査は23万3000件をわずかに上回る程度で、アメリカの2.2%だ。
これには意図的な部分もある。感染が判明した人は感染症指定病院で隔離して治療を行うことになるが、軽症者や無症状の感染者が大勢押し寄せると現場が対応しきれなくなる。そこで政府は、強いだるさや息苦しさがある場合、あるいは37.5度以上の熱が4日間続く場合のみ受診相談をするという目安を示した。最近までこれが徹底されてきたために、苦しんでいるのに検査さえ受けられない人が続出した。ある日本語が堪能ではない外国人女性が、検査を受けさせてもらえるまで何度も病院をたらい回しにされた体験談が外国のメディアによって報じられると、国際社会は震え上がった。
検査結果は手書きでファックス
当局者たちは、日本では幅広い検査を実施するだけのインフラが整っていなかったことも理由に挙げる。検査態勢の拡充を強く求めていた日本医師会の横倉義武会長は、「PCR検査のための装置や試薬、医療従事者の防護具が十分になかった」と指摘する。
その後、複数の民間施設が検査に参入したことから、政府は検査基準を緩和し、高齢者や重症者はすぐに検査を受けられるようになった。それでも専門家は、本当の感染拡大状況は不明なままだと指摘する。東京都のある医療関係者は、実際には都民の6%前後が感染している可能性が高いと言っていた。
もうひとつの問題は、データの収集方法だ。新たな感染者数に関する報告は、医師が手書きで記入し、地元の保健当局にファックスで送信。地元当局がそのデータをまとめて中央政府に送る仕組みになっている。医師が詳しい情報を記入するために貴重な時間を無駄にしているという批判の声が上がると、日本のIT政策担当大臣は「対処していく」とだけ述べた。データの取り方もばらばらで、日曜日と月曜日は新たな感染者数が少なくなり、そこから増えて金曜日か土曜日に最も多くなるという流れだ。
外出制限も多くの国に比べてずっと緩い。国家緊急事態宣言が発令されても、政府は国民に自宅待機を強制することはできず、企業や店舗に閉鎖命令を出すことはできない。第2次世界大戦後に(アメリカが草案を作成して)制定された憲法で、国家権力が制限されているからだ。
ソーシャル・ディスタンスも、個人の善意と、少々の社会的制裁に委ねられている。飲食店は、アルコールの提供は午後7時まで、そして午後8時には閉店するように(丁重に)要請された。職場のストレスを晴らすために終電まで飲んで過ごすことに慣れた、日本のサラリーマンにとってダメージは大きかっただろう。
「社会的接触の7~8割の削減」という野心的な目標が掲げられた。そしてデータ分析によると、この数値目標はかなりの割合で達成された。ゴールデン・ウィーク恒例の帰省ラッシュも今年はかなりの程度回避された。新幹線を運行するJR各社によると、今年の連休中の新幹線の乗車率は5%程度にとどまり、例年の乗車率105%と比較すると乗客は大幅に減少した。
日本は自らを法治国家、そして公衆衛生の意識が高い社会と見ているが、国民全員がまじめに感染予防策を実行したわけでもない。大きな懸念材料となったのは、人が密集しがちなパチンコ店だ。ほとんどのパチンコ店は営業を自粛したが、営業を続けた店舗もあった。各自治体は営業を続ける店舗の名前を公表する対抗措置を取ったが、逆に宣伝になって数少ない営業店舗に入ろうとする客が長い行列を作った。
医療関係者に差別
しかし全体としては、相手を気遣い、人との距離を取り、握手を避け、清潔を心掛ける日本の文化は、数値で図ることが困難だとしても、感染者数を抑える上で大きな役割を果たしたようだ。
ただ残念なことに、医療従事者や感染患者に対する差別的な言動という、日本文化のよくない側面も表面化している。第一線の医療現場で奮闘する従事者が世界各国で称賛されているのとは対照的に、日本では看護師などの医療従事者が、差別的な言動を受けたり、保育所で子どもを拒否されたり、感染を恐れる人たちから拒絶されたりしている。
感染者数の減少傾向を今後も継続させるため、安倍は緊急事態宣言を5月末まで継続すると発表した。しかし国民の間に「自粛疲れ」が高まっていることを考慮し、いくつかの要請を緩和した。公園や公共施設は、今後段階的に利用が可能となる。東京や大阪の周辺などまだ新規の感染者数が多い都道府県を除く地域では、外出制限は緩和される。各企業は感染防止策を講じながら、経済活動を再開する。
世界のどこの国でもそうだが、日本にとって最大の懸案は、感染危機を引き起こさずに安全に行動制限を解除できるかどうかだ。そして、そもそも日本がなぜ諸外国のような感染危機にいたらなかったのかという大きな疑問もまだ残っている。