この「犬」はタシに付き従っていた忠実なチベット犬で、タシが率いた群れの唯一の生き残りでした... 他の皆はタシを救う為に突撃して死に、チベット軍もタシを除いて全滅しました。
この過程は既に描いたので繰り返しませんが、チベット軍の掃討にモンゴル騎兵隊が傭兵として用いられた史実は補足すべきかと思います。
モンゴル人はロシアと中国の共産主義革命に挟まれて、それを拒む力を持ち得ませんでした。
共産主義は宗教を排撃しますが、モンゴル人は全て敬虔な仏教徒だった為、チベット侵略には多大な精神的葛藤が伴い、中にはチベット軍に寝返るモンゴル人もおりました。(この史実は「チベットに舞う日本刀」に詳しい)
モンゴル人の他に旧満州人の軍人の中からも反乱は起こり、チベットの絶滅収容所を解放しようとしました。
しかしこれは敗れ去り、生き残りも皆絶滅収容所に入れられて、優樹の男達と運命を共にしました。
話を「犬」に戻します。
徹底的に蹂躙させられたカム(東チベット)で唯一自治を保っていた優樹(ユーシュー)に、タシは傷付いた戦友を背負って落ち延びます。
彼は自閉症で言葉が喋れませんが、数千人の軍隊の唯一の生き残りではそうなるコトも不思議ではありませんでした。
傷付いて歩けなくなった犬はまず回復しない為、処分されるのが万国共通のしきたりと成っておりますが、タシはそれを受け入れようとしません。
そこに「救いの手」を差し伸べたのが法王行善で、この施術は奇跡的な成果を挙げます。
これには行善自信が驚き、人間に対する信頼の心が犬でも極限まで高まるコトが示され、行善とチベット犬の神経は経(つな)がり「癒やし」が齎されます。
それは行善が行って来たどの施術よりも目を見張るモノで、彼はその「功」をタシの戦友への愛情の深さに帰します。
タシは初めて自分の「言葉」を理解してくれる人と出会い、行善の「唱題」も彼が唯一理解できる「言葉」と成ります。
この野生児タシには最後の方まで力強く「法華太鼓」を叩き続けて貰います。
もう一つ彼の大切な役割として、行善がリヤカーに曹希聖を乗せて優樹に帰って来る時、いち早くそれを察知して迎えに行くコトが挙げられます。
行善によって救われた犬は遥かかなたの彼を察知して走り、タシも自分のテリトリーを極限まで広げて師の帰還を助けます。
彼のお陰で行善は気力を使い果たすコトなく優樹に帰り着けて、希聖の「バルドゥ トドル」(涅槃の導き)を見事に成し遂げられます。