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Pamja nga Shqiperia me nje TIRONSE nga Japonia!! 

(旧:Jeta ne Shqiperi のはずだった・・・)
ぐるぐるぐるぅぅぅ 改め がつがつがつっっっ

初旅行(セルビアへ)④

2008年11月29日 | DITAR






朝起きたらめちゃ激しい暴風雨…
でも8時にホテルを出る頃には徐々に青空も見え始めてきた!

電車の出発時刻まで2時間あるので、モンテネグロのアドリア海沿いを歩いてみることに。

しかしかなりの突風が…
台風の暴風の中、自分の船を海岸に見に行って、波に飲まれてしまう老人がふと頭をよぎる…

30分くらい歩いて、港近くのカフェで朝ごはん。
そこで人生初のなんとも言えないほどおいしい不思議な食べ物を食べる。

なかにカッテージチーズだか卵の入った揚げパンみたいなんだけど、パン生地ももちもちしていて、チーズもふわふわしていて、とにかくアルバニアにはこんなハイカラなものなくって、感動した。
カフェのおにいさんもめちゃくちゃオトコマエで、その上優しく、9時半にいい気分で駅に向かった!!


!!!!

が、その5分後、再び土砂降りに…
傘を差してもまったく無意味…
傘をさすと風で前に進めない…
ていうか雨が激しすぎて前が見えない…
しかも何気に時間もやばい。

恥もかき捨てヒッチハイクみたいなことしてみるが、こんなずぶ濡れの怪しい人間誰も拾ってくれない…
みんな駅に向かうくせに…


ぜいぜいしながら何とか電車に乗り込む…

ちゃんとベオグラード行きであることを願いながら…

初旅行(セルビアへ)③

2008年11月28日 | DITAR


お昼に飲んだモンテネグロワイン    ホテル横のオレンジ畑のあひるちゃんたち!!私が近づくと番犬並みに鳴いていた!!(数歩離れると、鳴きやむ!!)


シュコダル(アルバニア北部の街)を11:15ごろ出発し、国境を11:40ごろに通過し、12時半頃にモンテネグロのバール着。

アルバニアから国境を越えてしばらくはモンテネグロ語とアルバニア語の両方で表記されていた地名の看板もいつの間にかモンテネグロ語のみになってました。
(モンテネグロ語か?セルビア語か??)


ホテルを予約せずに、情報も持たずに来たので、まず明日利用する鉄道の駅を探して歩いてみました。

人々に尋ね尋ね。

モンテネグロ人のおじいちゃんが、丁寧に何度も何度もモンテネグロ語で。
お蔭で『右』『左』という単語を思い出せました。
でもお礼をアルバニア語で言ってしまいました…つい…口が勝手に…

必要もなさそうだったけど、一応チケットをすでに買っておきました。
24+3ユーロ(運賃+席代)
ネットでred voznja の時刻表を調べると昼間10時発→夜8時着と夜9時発→朝6時半着の一日2回しかなかったけれ、(2005年の時点ではもっと本数があったようですが、セルビアとモンテネグロが別の国になったからか??)どうやら夕方16時発だったか18時発だったかもあるようだたので、バールでホテルに泊まらず、そのままベオグラードに向かうこともできたけど、無駄に!?バールで一泊することにしました。

やっぱりせっかく陸路の旅を(しかも通ったことのないモンテネグロ経路を)選んだのだから、景色も堪能したいし!!

駅の場所を確認し、チケットも購入し、駅近くのこじんまりした雰囲気の良さ気なレストランでランチ(もちろん、赤ワインとともに☆)。

親切なウェイターさんは『羊食べたいけど、おなかがすいていないからあんまり食べられない…』と言う私のわがままを聞きいれ、羊肉のステーキを半分(半額)にしてくれ、さらにサービスでちょっとしたデザートをつけてくれた!

グラス2杯分のワインと美味しい羊肉と、お兄さんの親切で気分良くなりながら、次はホテル探し!

とりあえず、ホテルはあんまりなかった…

重い荷物を下げながら30分ほど歩き、いざと言う時のためにネットで一か所だけ見つけてあったホテルに向かうことにする。

ここでも親切なおじいちゃんたちやお兄さんがバリバリ、モンテネグロ語一生懸命助けてくれる。

ホテルは思っていた感じではなく、部屋から海は見えなかったけど、家族経営で、海ではないけど、オレンジ農園が窓から見えるかわいいホテルでした。
ただ周囲を森?林?で囲まれていたので、日没の4時半以降は外出できそうもなかった…ので、一眠りしてからホテルで夕御飯を頂くことにした。
(これがめちゃおいしかった~☆2ヶ月のアルバニア滞在中にはありつけなかったような、洋食でした!さらに家庭ワインもおいしかった!!)

部屋でモンテネグロのテレビ局のアルバニア語ニュースを見て、学校の宿題をして眠りにつきました。

初旅行(セルビアへ)②

2008年11月28日 | DITAR
ティラナから北部最大の街シュコダルへ。

バスは300円。3時間。(トイレ休憩なし・・・)

隣に座った美しいおばさんがしきりに話してくれたので、景色を堪能する暇もなくシュコダルへ到着。


<またまた訳したパンフによると>
北部アルバニアの“首都”と考えられているシュコドラは国内で第3番目の大きな都市だそうな。
紀元前4世紀に建てられ、ゲンティ王の統治時代のイリリア国の最も重要な中心地でしたが、1396年ヴェネチア人に征服されます。長い歴史の中でシュコドラはアルバニアの文化と歴史の最も重要な位置を占めてきました。
街は高い石造りの壁を両サイドにもつ路地や高い門など、特徴的な外観を今に残しています。中でも最も重要な建築物はロザファ城です。

一方街の南西部にはアドリア海に面し大変質の良い砂を持つビーチがあります。またシュコドラ湖はバルカン半島で最大の湖だそうです。





しかし、そんなシュコダルにはたった15分ほどしか滞在しませんでした。
(ちなみにさすが北部の町!!寒い!!!)


モンテネグロ国内にありながらアルバニア人が住民のほとんどである町(ウルチニ)までのミニバスを探すつもりだったけれど、あっさりないと言われ、タクシーに乗ることに。(一応現地ホテルのおねえちゃんお墨付きのタクシー)


ウルチニという一番近い町まで2500円。と事だったけど、3000円でバールという町(バールで一泊して、翌日バールからベオグラード行の電車に乗るつもりだった)に連れってくれるというので、ちょっと500円はボラレテいる気がしなくもなかったが、了解した。

なぜなら日没の4時ごろまでにはバールについてホテルを探さなきゃならなかったから!!!!!

そう!ホテルを予約していなかったのだ。
と、言うわけでおっちゃんの言われるがままに、「馬鹿な観光旅行客」になっておいた。


あ、そうそう心配をよそに、このおっちゃんはインターナショナル・ライセンスを持っていたので(当たり前?!)、軽々と国境を越えて行った。

しょっちゅう観光客を乗せて越えているおっちゃんとは違い、私の方がコソボやらセルビアやらアルバニア、ボスニアなど微妙なスタンプが押してあるパスポートを思っていたので、怪しまれた?


    

<左>いよいよ出発。ウルチニまで40キロ(2500円)  オーストリアのウィーンまで1200キロ、ドイツのミュンヘンまで1395キロ!!   
<右>難なく国境通過。このような一本道を通って行く。途中の村々はモンテネグロ語とアルバニア語の2つの名前を持っていた。2つの名前は似ている場合もあるし、全然違う場合も。(たぶん後者は意味が一緒なんだろう)   


     
美しいアドリア海!!!                          すごい!!層がくっきりはっきり!!
  
約1時間後あっさりバールに到着!!
山とアドリア海が本当に近くて美しい!!
          

でも今更ながら思う。
シュコドラ⇔ウルチニ間のミニバスが存在しないとは思えない!!!
今度春か夏にもう一度モンテネグロの海岸には行くだろうから、そのときにはちゃんと調べてみよう!!

初旅行(セルビアへ)①

2008年11月28日 | DITAR
2週間前(つまり11月14日ごろ)に突然、11月28日~12月1日まで4連休があることを知り、ふとセルビアへの旅行を思いついた。

が、訪問目的のセルビア人のおじいちゃんブダと連絡が取れないまま。


どうしようかと迷っていたけど、4日前から本格的にセルビア行きを決意し、セルビアの首都ベオグラードからの帰国のための飛行機のチケットだけをとる。

残念ながら、本来はあるはずのユーゴスラビア・エア・ライン?!(JAT)のベオグラード⇔ティラナ便がここ数週間運行していない・・・と、言うことでイタリアのミラノ経由のチケットをとる。


往路はバスまたは電車でけちけちの旅をすることにした。

方法は2つ考えられた。

①安全パイのマケドニア経由
(ティラナ⇔マケドニアは国際バスが出ているので、簡単に国境が渡れるし、マケドニアでのバスの乗り継ぎ場所は以前行ったことがあったし、マケドニア⇔セルビアの国際バスも利用したことがあったから)

②難関だけれども、どうしても行ってみたいモンテネグロ経由。
(ティラナから国際バスが出ていない。国境近辺で自力でバスまたはタクシーまたはミニバスを乗り継がなければならない可能性がある。)


迷ったけれど②を選択。
(だってモンテネグロ経由だと海を臨める!)


3日前からネットを利用してセルビア語を猛勉強!?し始める。

セルビア語は大好きだから勉強するのは本当にうれしいことだけど、アルバニア語に集中するために、数か月触れないようにしていた。

で、ちょっと後悔したことは、アルバニア語に集中しようと、セルビア語の辞書も日本に置いてきたこと…


やばい、モンテネグロ国内とセルビア国内でどうやって生きていくのだろう…私。

と、言うわけで3日間頑張ったのであります。




さて出発当日の11月28日(金)
この日はアルバニアの記念すべき独立記念日で街は前日から盛り上がっていたけれど、私は8時のバスに乗るために、7時半に家をでる。
(せっかくだからアルバニアの独立記念日にも立ち会いたかったけどね)


まずはアルバニア北部の町シュコドラへ!!!

あ~ついに・・・

2008年11月27日 | DITAR
ゲットしました!!!!


1年間の滞在許可書!!!!!



何度、この少々遠い位置にある警察(policia rajoni numer 1)に足を運んだことか…

思い起こせば、rajoni numer 1(警察=所轄地域1) に来る前に、numer 2(地域2)にも行ったし、さらに警察管理所(drejtorja)にも行ったし…すべて徒歩で…

ティラナの街が狭いとはいえ、ずいぶん歩かされましたわ…


しかしようやくゲットできて、警察官のお姉ちゃんたちにも笑顔で見送られました



一か月前にもらったのは正式なものができるまでの臨時のペーパーで、今回のが正式なもの!)

2か月

2008年11月22日 | DITAR
とうとうこちらに来て2ヶ月が経ちました。

学校が始まって1ヶ月が経ちました。


私の語学力は上がっているのでしょうか!?!?
かなり疑わしいものです…

確かに聞く分には多少理解力はあがったような気がしなくもありませんが…

一生懸命『チュテティ(街)』と言っているのに、『シュテティ(国)』と受け取られてしまうことが何度かあります…涙

『“国”じゃなくて、“町”だよ!』と直してくれますが、

『いや…、町って言ってるんだけどなぁ~…』と凹んでいます…


確かに『アルバニアに来てまだ2カ月なのにそれだけ喋れるなんてすごい!』って、会う人会う人に言っていただいてますが、私は幸運にも日本で優秀な“先生”に多少教えてもらっていたので、こっちに来た時にも今と同等のレベル喋れたのです…


『あなたにはたった一年しかないのよ!!時間が足りない!!勉強しまくりなさい!!』と何人かの私を心配してくれている人には尻を叩かれています。

ありがたいことであります。


まさかの再会★

2008年11月19日 | DITAR
4年前に共にコソボに行ったIちゃんに一月ほど前に、どうしているかなぁ~と久々にメールをしてみたら、なんと10月からコソボで働いていると!!!!

なんて奇遇なんでしょう!!!
彼女は忙しい人で捕まえるのが難しく!?前回会ったのは確か2年前の春。
もともと東京人だから、そう簡単には会えないのだけれど、同時期にこんなに近くにいるなんて!!!!
(と言ってもコソボの首都からティラナまではバスで9時間。飛行機だと45分!近ッ!)
会わずにはいられません!!!!


で、チャンスは突然やってきました。
彼女が出張でドゥラス(ティラナからバスで45分)に3日ほど滞在するとのこと!


彼女は昼間仕事だから結局会えるのは夜なんだけど、ティラナからの最終のバスが7時くらい!!(早っ!!!)
ってことは、ドゥラスからの最終バスも同じくらいかそれ以上に早いと思われる。
お茶一杯飲める時間があるかないか!?!?!ってとこ…


と、困っていたら、彼女が泊っているホテルの部屋がダブルベッド+シングルベッドのある部屋で、『きっと泊まれるだろう』と誘ってくれたので、6時くらいのバスでドゥラスに向かった。


バスの中でホテルのある場所までのアクセス方法を親切なお兄ちゃんに教えてもらい(ホテルの場所がドゥラスの中心ではなく、さらにタクシーで15分くらい行かなければならないところだった…)、ビンボーな私は、タクシーではなくバスを乗り継ぐことにした。

この時期日没は午後4時半前なので、6時ともなれば周囲は相当に真っ暗…
ちょっと緊張しました。

が、乗り継いだバスの中でも親切な!?イタリアに長年住んでいた言う(多少胡散臭い)おっちゃんに助けてもらい、バス代も払ってもらえました。

結局時間が遅く、さらに次のバスがもう無かったので、5分ほどタクシーに乗りました。(400円)これは多少距離的には高いと思いますが、イタリアかぶれのおっちゃんが交渉してくれてこの値段だったので、もし私が交渉していたらもっと高くついたかもしれないな~。


2年ぶりの再会を果たし、ホテルで夕食を食べ、1時半ごろまでお喋りし、翌朝6時半に起きて帰ってきました。


彼女の仕事関係者がまとめて何十人ものホテル代&会議施設代をもっていて、そこに紛れたのでタダでおいしいご飯とふかふかベッドに寝てきました☆


ただし…

翌朝彼女と一緒に空港まで行ってから学校に直行したのですが、空港→ティラナのバスを待っていると遅刻するので空港からタクシーで学校まで行ったので2500円かかったので、一泊分の宿代と同等の金額はかかりましたが…

それでも東京まで会いに行くのに比べたら激安です!!!

今度は私がIちゃんのいるコソボに行かねばですが、かの地は激寒ので、足がすくんでしまいます…

解放記念日とハンガーストライキ

2008年11月17日 | DITAR
国会前のハンガーストライキはまだ終わっていなかったらしい…

昼間は静かなのに夕方になるとめっちゃ人が集まっていて、祭りかと思うほど大盛り上がり。



どうやら64年前の今日、第二次世界大戦が終了してティラナなどいくつかの町に自由が訪れた日のようです。

国会前から続くその名も『ジョージ・W・ブッシュ通り』(なんでそんな名前つけるかなぁ…)は数日前にキレイに舗装され、国会から500mほどのところにある『無名の戦士像』(これまた数日前に一度下に下ろされピカピカに磨かれた)のところで昼間式典が行われたようです。

(工事が間に合ったことにびっくりします…二日前は穴ぼこだらけだったので…)

    
 左上:誇りにまみれた!?無名の戦士                    右上:格下げ状態

 ←生まれ変わったヒーロー(ちょっと黒すぎやいやいか!?)

   
で、その式典のあと、国会前になだれ込んだ人もいるのか!?!

夜はだいぶ寒いのにねぇ~


中継しているテレビの音と、外から聞こえてくるスピーカーの音が同時で(中継だから当たり前ですが)、『わぁ~、ホントに首都にいるんだなぁ~』と実感しました。


ちなみにどうやらおそらくこのストライキは国会の議席数を維持するために小さな党が行っているようです。
議席獲得のための最低投票率を6%から4%に引き下げろ!と訴えている!?!?

   
  
*日本の選挙制度についても詳しくないので、細かいことはあまり突っ込まないでくださいませ。

国民的ヒーローの故郷へ

2008年11月15日 | DITAR
朝起きたらめちゃくちゃ天気が良い!!

雲ひとつない!!

テレビによると明日は天気があまり良くないらしい。



と、いうことで無計画にバスに乗ってクルーヤという町に行きました。
時間的にどれくらいかかるかとか、バスは何時にあるかなど全く調べず、行き当たりばったり…

(まぁティラナから32キロだと言うことだったので余裕だろうとは思っていましたが)


私もだいぶアルバニア人になってきた??


バスは100円で、ティラナ⇔クルーヤはおよそ1時間半。

最初の1時間(ティラナからクルーヤ平原!?という町まで)は順調でしたが、最後の30分は山を登っていくことになるので多少ウネウネ道。

しかもしばしば人を下すので、進んだり止まったり…

しかもトイレに行きたくなってくるし、バスに酔うしで、ひたすら早くクルーヤにつくことだけを願っていました…



でもクルーヤに着くとその気持ち悪さも吹き飛ぶくらいの美しい景色が待っていました!!!!!!!



しかし、ここで無計画さがアダにでます…

1時半くらいに着いたのに、ティラナ行きの最終バスがなんと!!!3時だと言うではないか!!!!

バスがなくてもミニバンなら?!?!?っと思って尋ねるが、ミニバンも3時だと…


なんてことでしょう…
せっかく来たのに1時間半しかないなんて…



クルーヤはアルバニア人の国民的ヒーローのジョルジ・カスティリオティ・スカンデルベウ氏の故郷であります。
(あのティラナの街のセンターに馬に乗った像がデデーンと置かれている彼です!)



(仕事で使ったパンフによると)
どうやらクルーヤは中世、アルバニアの首都であったらしいです。
クルーヤの町は聖サリサルティク山の斜面に位置し、標高560mの所にあり、クルーヤ城は5~6世紀からに建てられますが、その後1396年と1415年にはオスマン帝国によって占領されています。

尊敬すべき国民的英雄のジェルジ・カストリオティ(スカンデルベグ)が1443年にトルコから戻ったあとは、オスマントルコ帝国に対する抵抗の象徴の町となりました。

と言うわけで、スカンデルベグ博物館はクルーヤ城のなかにあり、オスマン帝国の侵略からアルバニアを守るための彼の行動や勇敢さを伝えてくれているらしいです。

城内にはまた民族博物館もあります。魅力的な中世風のバザールもクルーヤの町にはあります。ここを訪れた人は線細工や雪花石膏、銀や銅製、木製の作品、羊毛のカーペットなど様々な興味深い伝統的な手作り工芸品を買うことができるでしょう。


というわけで以下の写真!!!


    
        
     





もうねぇ~めちゃくちゃきれいだった!!!!

朝からサンドイッチ作って持ってきたのだけど、城壁に座って青い空と雄大な山を眺めながら、慌てて食べました…


でもまぁ博物館にも行けなかったし、なんせバス代片道100円だし、1時間半だし、絶対また癒されに来ると思います。

酔い止め飲んで…


   


ちなみにクルーヤと言う町の名前のは水源、泉と言う意味のクルアから来たと考えられていて、城塞内には今も町に水は届けている水源があるそうな。

へ~へ~へ~!!!