□金正日政権崩壊へのシナリオ
「ひとつはですね、北のいまの金正日独裁体制の枠組み内で、彼らが許す範囲内で最小限度の経済改革をするということ。最小限度の経済改革をするように誘導することが必要だと。そして同時に、最悪の人権蹂躙問題を解決するための国際的圧力を強化すること。これが第一段階です」
最小限度の経済改革というのは、いまの共同農場制度を個人農形態に変える、小売り商人や手工業者、零細企業の経済的自由を許すことの2つ。これはあくまでも〈制限された改革〉なのだという。
「この制限された改革は北朝鮮の独裁体制に影響を与えるものではありません。むしろそれは人民の生活の安定と向上を保障するから、金正日政権にとっては多少有利かも知れません」
だがなぜそれが必要か?
「それは金正日独裁体制には大きな影響を与えないけれども、金正日体制の下で非人間的な生活を強要されている北朝鮮の住民を覚醒させ、北朝鮮を民主主義化するには絶対に必要な前提条件になるんです。なぜか。いまのように住民たちが自由につきあい、情報を交換するという可能性が全くない状況のなかでは民主化することはできません。従ってまず内部を民主化するためにはこの制限された改革が必要なのです」
〈制限された改革〉が実現できれば、住民の50%ぐらいが自由に市場に出て来、ものを売り、買い、情報を交換し、いろいろ話し合いをしながら民主主義的に覚醒し、反体制的な運動も組織化することができ、意識化することができるのだ、という。
そしてこの〈制限された改革〉と同時に脱北者問題や強制政治収容所など人権蹂躙問題に対しても国際的圧力をかけるというこの2つを合わせたら、第1段階の戦略的な目標を達成することができると黄長氏はいうのだ。
そのための戦術、具体的な方法は、いまのところ公開できないという。そして話は第2段階の戦略論に入った。
「第2の段階で最も重大な、決定的な役割を果たさなければならないのは中国の態度です」
唐突な言葉だったが、その意味するところを黄長氏は丁寧に説明し始めた。
「第2の段階は北朝鮮を民主主義的な原則に則って、平和的に南北を統一するという方向で、つまり、首領絶対主義的な独裁体制を廃止し、民主主義的に、平和的に南北を統一するという方向で改革・開放を進める段階なのです」
具体的には、といってこう補足した。
「国際的には脱北者問題や人権蹂躙問題を積極的に取り上げながら、その一方では住民たち自らが民主主義的に目覚めるように圧力をかけ、ときには手助けしながら、北朝鮮における民主化活動を活発にさせることで独裁体制を崩壊させ、平和的な解決に向けた改革・解放を行うことです」
しかし、実はこの段階が最も難しく、だが最も重大だ、と黄長氏はいった。そしてそのために決定的な役割を果たさなければならないのは中国の態度だ、という冒頭の言葉に繋がるのだった。
「いま金正日体制を支持しているのは中国とロシアです。この中国が、北朝鮮との同盟関係を離れて民主主義側と積極的に協力するようになれば、(独裁体制の崩壊は)完全に成功することができます。もちろんこれは難しい、しかし可能だと思います」
どうすれば中国を北朝鮮から引き離すことができるのか、それをいま公に論ずる必要はない、とここでも黄長氏は答えを留保した。その代わりアメリカと日本の姿勢こそが問われる、と語気が強まった。
「この中国を引き離すために最も必要なことはなにか、それはアメリカと日本が民主主義的は立場で同盟を強化し、同じ方向で同じ戦略的な目的を達成するために緊密に協力することです。それが第2段階で最も重要なことです」
この第2段階の戦略的な目的が達成されれば基本的な問題は解決されたも同然だ、と黄長氏はいい切った。
「そのあとは南北に分断されたために起こった問題の解決です。だから半分は統一したことと同じです」
つまり50年に及ぶ分断がもたらした政治、経済、文化面での格差を埋めること、それは南北の同質化を実現する段階であり、まだ詳細に話し合わなくてもいい、と黄長氏はいうのだ。
3段階の崩壊シナリオを聞けば、どうしても質問してみたいことが出てくる。それは北朝鮮の金正日政権崩壊の可能性は高いのか、ということである。
黄長氏の結論-。
「それはどういうふうに民主主義側が動くかによって決定されます。順調にいけば早くなるし、それがいまの(6カ国協議に見られる)ように引き続き(民主主義側が)動揺していたらできません。主体的な努力にかかっています」
ちょうど60分間のインタビューだったが、金正日政権崩壊の可能性に関する最後の言葉が耳に残った。なぜなら現に北朝鮮の核問題をめぐる民主主義側の姿勢は、黄長氏が期待するような同一歩調を取っているとは思えなかったからだ。
・・・・それがいまの(6カ国協議に見られる)ように引き続き(民主主義側が)動揺していたらできません。主体的な努力にかかっています・・・・。
黄長氏は5カ国に対していらだちを込めたのかも知れない。
まずアメリカ。
イラク戦争終結宣言(2003年5月1日)以降も日々米兵の死者が報じられ、戦後のイラク復興さえままならないなかで、アメリカは自国に危機をもたらすものは躊躇しない、と相変わらずの先制攻撃論に則った姿勢をとり続けてきた。北朝鮮の核開発問題に対しても、断念すれば体制の保障はする、という条件付きの交渉こそしているが、いまもなおアメリカにとって北朝鮮は〈悪の枢軸〉を形成する国である。だから寧辺にある核施設空爆という誘惑は消えてしまったわではない。北朝鮮の出方ひとつでアメリカの出方も変わるという危ういバランスの上に、米・朝はある。
この危ういバランスを最も懸念している国が韓国である。
南北を分かつDMZ(非武装地帯)から50キロの地点に人口1千万人を超える都市を抱える韓国にとって、寧辺にある核施設空爆はまさに悪夢に違いない。そんな夢を見るくらいなら悪魔とでも手を結びたい、というのが本音でもある。だからこそ食糧や肥料の援助、インフラ整備や自由貿易地域構想など経済的な支援を続ける一方で、離散家族の再会など人道的な面でも北朝鮮を同じテーブルの上に誘ってきた。外交カードとして核問題が浮上するたびに韓国の出番は急激に少なくなるが、それでも北朝鮮と握手してきた回数は飛び抜けて多い。これこそが危機を回避できる方法だと信じる韓国にとっては、アメリカの先制攻撃論ばかりかブッシュ政権の単独行動主義には警戒せざるを得ない。しかしもうひとつ気になることは、最近日本がアメリカべったりになり過ぎているのではないか、ということである。
だがその日本には真の北朝鮮外交がない、というのはなんとも情けない話ではある。日朝会談以降、拉致問題解決がなんでも最優先という突風に背を押されているばかりで、国交回復や核問題に積極的に関わる余裕さえない。
最も拉致問題がなかったとしても、いまのブッシュ外交大賛成の姿勢では、もともとない、といってもいいのかも知れないが・・・・。
ということで、黄長氏が期待するアメリカ・韓国・日本といった民主主義側の同一歩調は難しい。〈戦争の手段によらず、平和的に変える〉という金正日政権崩壊のシナリオは、北朝鮮に対する3カ国のそれぞれの思惑、距離感それに利害の隔たり故、実現までの道のりの遠さを思わないわけにはいかなかった。
黄長氏が訪米の途についたのは2003年10月27日だった。
ワシントンから送られてくる記事のどれもが、訪米はプライベートなもの、と控えめなトーンに終始した。核開発問題をめぐって〈瀬戸際外交〉が続くなか、北朝鮮を刺激したくないという思惑がアメリカ側にはあるのだろう。
だがそのような雰囲気のなかでもいうべきことはいった、という記事にも出会った。
【ワシントン発=朱庸中】訪米三日目を迎えた黄長元北韓(北朝鮮)労働党秘書は二十九日、ケリー国務次官補(東アジア担当)と会合するなど慌ただしい日程をこなした。黄氏は面談で、米国が北朝鮮政権を打倒しなければならないとの大前提だけは決心すべきだ、と強く訴え、その方法や速度など戦略的な判断はいろいろあり得るだろうと述べた。黄氏はなによりも中国を北朝鮮から切り離すべきという点を始め、自分の具体的な北朝鮮の金正日独裁政権崩壊論を米国側に伝達した、という。(『朝鮮日報』2003年10月30日)
ひとつ思い出したことがある。
黄長氏は私とのインタビューのなかで〈民主主義〉〈民主化〉という言葉を45回も使った。独裁に対置した単なる言葉以上の重みが、それには込められているように思えた。革命も建設も主人公は人民大衆であり、自らの運命を決めるのも、また開拓するのも自分自身だ、という北朝鮮独自の〈主体思想〉を哲学にまで純化させた中心人物であればこそ、亡命したいま、その言葉に代わる適切なものといえば〈民主主義〉であり、それを推し進める力が〈民主化〉という言葉なのだろう、とそのとき私は思ったものだった。(了)
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