『古事記』景行天皇 2 ≪改訂版≫
天皇詔小碓命「何汝兄於朝夕之大御食不參出來、專汝泥疑教覺。泥疑二字以音、下效此。」如此詔以後、至于五日、猶不參出。爾天皇問賜小碓命「何汝兄久不參出。若有未誨乎。」答白「既爲泥疑也。」又詔「如何泥疑之。」答白「朝署入廁之時、待捕、搤批而、引闕其枝、裹薦投棄。」
於是天皇、惶其御子之建荒之情而詔之「西方有熊曾建二人。是不伏无禮人等。故、取其人等。」而遣。當此之時、其御髮、結額也。爾小碓命、給其姨倭比賣命之御衣御裳、以劒納于御懷而幸行。
≪英訳≫
The Emperor instructed Ousu no Mikoto, saying, “Why doesn’t your brother appear at the feasts in the morning and evening? Take charge and teach him.” However, even after five days had passed since receiving the order, he still hadn’t come out. So, the Emperor asked Ousu no Mikoto, “Why is your brother not showing up for such a long time? Haven’t you taught him yet?” He replied, “I have already taught him.” Then, the Emperor asked, “How did you teach him?” Ousu no Mikoto answered, “I ambushed him when he entered the toilet in the morning , captured him, broke his limbs, wrapped him in a straw mat, and threw him away.”
Upon hearing this, the Emperor feared his son’s violent nature and said, “In the western region, there are two rude individuals called Kumaso Takeru. They refuse to submit. Therefore, eliminate them.” At that moment, the Emperor tied his hair at the forehead. Ousu no Mikoto received the attire and clothing of Princess Yamato, his maternal aunt, and carried a sword in his bosom as he went on the mission.
≪この英文の和訳≫
天皇は小碓命(おうすのみこと)に仰せられました。「何故、お前の兄は朝夕の大御食(おおみずかい)に出てこないのか。お前が引き受けて教えなさい」と。こうして命じられてから五日たっても、彼はまだ出てきませんでした。それで、天皇は小碓命にお尋ねになりました。「どうしてお前の兄は長い間出てこないのか。まだ教えていないのか」と。彼は答えました。「もう教えました」と。また「どのように教えたのか」と仰せられましたので、彼は「朝の厠(かわや)で待ち伏せして捕まえて手足を折り、薦(こも)に包んで投げ捨てました」と答えました。
そこで、天皇は彼の御子の乱暴な心を怖れて「西の方に二人の熊曾建(くまそたける)がいる。彼らは服従しない無礼な者たちだ。だから、彼らを取り除け」と仰せられました。その時、*天皇は髪を額で結ばれました。小碓命は姨捕売命(やまとひめ)の御衣裳をいただき、劒を懐に入れて行きました。
*「天皇は髪を額で結んだ」という記述については、髪を額で結ぶことで、天皇が彼らを討伐する決意を固めたことを表しているのではないかと考えられています。また、髪を額で結ぶことは、古代日本では戦闘の前に行われる儀式の一つであり、天皇が戦いに臨む準備をしたことを示す可能性もあります。ただし、「古事記」にはこのような解釈が明確に書かれているわけではなく、諸説あるようです。〈Bing に訊いた応え〉
令和5年7月31日(月) 2023
≪改訂版≫