この語はユースと読むと、「ああー」となる人も多いんじゃないだろうか。
サッカーのワールドユース大会とかって、若い人が代表になるもんね。
ということで若い、青い時代ということです。
若さとはバカさで、なんて洒落を言うつもりではないのですが、懸案だった資料整理をしていると、
偶然若いころ書いた文章が出てきたので、自分の成長を見るつもりで公開してみます。
まずは小学校6年生。
劇団四季の「エルリック・コスモスの239時間」を見た感想文だ。
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この「エルリック・コスモスの239時間」を見て思ったのはおどりがうまいということです。おどりはみんな息がピッタリ合っていてすごくうまくきれいにそろっていると思いました。また、声がみんなとてもいい声でした。音楽も楽しくすばらしいものでした。また詞がとても心に残ります。またストーリーのてんかいもよく、2091年という設定も実にユニークでした。またときどきユーモアを交えとても楽しいものでした。また最ごの方のロケットの飛ぶシーンの装置が実にうまかったと思います。
→ひどいですね。“すごく”“とても”を使いすぎ!
「装置が実にうまかった」っていうのは、形容詞の使い方がおかしいですよね。
そして、今と一番違うと思うのは『、』をほとんど使ってませんね。
あ、あと手書きなんで漢字があまり・・・。
また服がとてもカラフルでメチャクチャというかそういうものだったのでおどろきました。ぼくはエルコスがおせんされたエネルギー源をのんですぐに消滅すると思っていたのにすぐに消滅しなかったのでよかったです。
→「メチャクチャというかそういうもの」ってものすごく口語体ですが、下手すると今でもこんな風に書いてしまいます。
めちゃくちゃをカタカナにしている言語センスは好きです。
実に意外性にとんでおり、全体てきにまとめられていてよかったです。
→なんて偉そうなんだ、と思うと同時に、二方向に異なる言葉で結ぶのはどうかと思う。
このエルコスというのは人間がなりたいと思っている人物だと思います。許す心、そして感謝の心、人をいたわる気持ち、みんな近ごろの現代人がどこかにわすれてきたような気がします。
→ま、この辺は、なんていうか少しだけましな気がしますね。
多少、批評眼が入っているというか。
ぼくもエルコスのような人間でありたい。
→たいへん影響を受けやすい、素直な男の子だったのでしょう。
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ちなみに「二学期の目標」という作文では、「赤ちゃんの世話をする」「家の手伝いを今よりもっと多くする」以外は全部今も当てはまる目標でした・・・。
できれば、この2年前に書いた「消しゴム冒険記」を載せたかったな。
松浦友の机の上からこぼれ落ちた消しゴムが窓の外へと放り出され、やがて元の机の上へと戻る様を描写した冒険活劇です。
さて、17歳のときの文章も出てきました。
新聞委員だったんですね。
「ビバリーヒルズ高校白書」のブランドンが新聞部員だったことに、もろに影響を受けて3年間そうでした。
でもほとんど記事をださないんです、みんな。
だから2号しか出てなくて、今から載せる2号目なんて4分の3は僕の記事でした。
ERとエヴァンゲリオンを「おすすめテレビ欄」として紹介しています。
「ER・・・・・・緊急救命室」
このドラマはのんびりしている人には疲れるドラマかもしれない。それほど展開が早い医療アクションだ。それでいて本当に見応えのある骨太のストーリーが展開される。登場人物は一人一人魅力のあるキャラクターで、さまざまな人間ドラマが展開される。皆完全なにんげんではなくて、いろいろな欠点やさまざまな問題を抱えている。彼らが直面する問題は非常に多様で、児童虐待や麻薬、エイズなど病めるアメリカを描き出している。しかし、考えている暇はないとても言うかのように次々と患者が訪れ、物語はジェットコースターのように進んでいく。
→展開されるが重なっていたり、ちょっと熟語を使いすぎのきらいはあるが、最後の文章などは結構いいのでは?
「新世紀エヴァンゲリオン」
今春、映画が上映され、そして今夏にも公開される話題のアニメである。そこでは、消極的で人とつきあうのが下手な主人公、血を流すメカ(だから生々しい戦闘シーン)、登場人物の内面の描写など従来のアニメ作品とは一線を画すレベルの高い作品が展開されている。また、この物語の特徴である多くの謎や用語集まで出るマニアックさは、多くの人をはまらせる原因だろう。展開も早く、凝ったディテールと斬新なアイデアの詰まったニュータイプのアニメーションである。実際、一度はまったら抜け出せない面白さである。
→うーん、微妙ですね。展開って言葉がこのころ好きだったんだろうな。
“血を流すメカ”とか“用語集まで出るマニアックさ”とかの表現は好きだが。
ちなみに、これはb4の裏面の下半分で、表面は「自転車と徒歩‐どちらが安全か‐」という、当時の生徒指導部に喧嘩を売った記事だった。
僕はぎりぎり徒歩通学圏内をよぎなくされてました。時折自転車で行って生徒指導部に怒られたり・・・。
「自転車置き場を作ればよいのでは?」という僕の提案に対して、学校側はいつも「原則徒歩通学なんだ。自転車は危ない。」と返すのです。
このことで少し生徒指導部の方と論争になり、枚方警察交通課へ向かいました。
議論の必勝法として相手の前提を突き崩すべく、過去10年の事故の発生状況を調べに行ったのです。
その結果、件数は自転車が多いが、重大な事故、特に死亡事故は圧倒的に徒歩が多い、ということがわかりました。
結局、新聞紙上では「交通ルールを無視することが事故につながる」という無難な結論を出しましたが、「自転車であれ徒歩であれ危険はある」とさりげなく忍ばせています。
つまり、冒頭で「わが校では自転車通学が認められてはいるが、徒歩通学が基本である。自転車通学は危険で徒歩通学は安全だというのがその理由である。では、果たしてどちらが安全なのか?調べてみた」と始めているから、ちゃっかり学校側主張の間違いを論証している文章になっているのです。
あれ、昔の方が賢いなあ。
いまだと絶対面と向かって論破する。
それでたとえ雇い主だろうが誰だろうと喧嘩になるのだが・・・。
昔は今よりもう少し大人だったんですね。
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