吉岡昌俊「短歌の感想」

『現代の歌人140』(小高賢編著、新書館)などに掲載されている短歌を読んで感想を書く

未来の温度

2012-09-06 01:22:32 | 日記
樹齢とふ時間の国をもつゆゑに早春の木々みなあたたかし
栗木京子『綺羅』

「時間の国」とは、時間と空間という対比される二つの概念を一つに合わせたものではないか。それが樹木の内部には存在するのだと、おそらくこの歌は言っている。歳月を経るごとに年輪が生じ、木の幹は少しずつ太くなる。そこには、時間という止めて見ることのできないものが空間的に表れている。そのようにして、外からは目に触れることのない樹木の内部には、それぞれに固有の樹齢=時間の国が蔵されている。そして、だから早春の木々はどれもあたたかいのだとこの歌は言う。
樹齢とは樹木の年齢であるから、この歌の中の木々は人間の暗喩として読むこともできるだろう。人間一人一人の心身にも、それまで生きてきた時間の痕跡が確実に刻まれていて、生まれてから今までとぎれずに続いた時間の果てにそれぞれ存在している人間たちは、それゆえに例外なく、それぞれのあたたかさにおいてあたたかい。
そうしたあたたかさは、まだ少し寒くて、しかしこれから無数の生命が目覚めて行く早春という季節によく似合う。時間の国が生み出すあたたかさは、もうすぐ訪れる春爛漫を予感して先取りして生命が孕んでいる未来の温度であるようにも思える。


コメントを投稿