「入りますよ、セル」
ノックの後に声をかけ、セルフィスの部屋に入る。
いつもなら書類を抱えている右腕に、今日は色々な焼き菓子の入ったバスケット。
どれも料理や菓子作りが得意なリュネットの手作りだ。
「お、旨そうな匂い」
案の定、セルフィスは焼きたての小麦粉の香りに反応した。
リュネットの腕にバスケットを認め、何、くれるの、と顔を綻ばせる。
「ええ、少し甘くしすぎたかもしれないですけど」
「甘い方が好き」
「それはよかった」
小さなパイのような一つをセルフィスに渡し、自分も菓子を頬張る。
砂糖だけでなく、たっぷり使った蜂蜜の味が口の中に広がった。
やっぱり少し、甘くしすぎたかもしれないな。
リュネットはそう思った。
彼自身は、あまり甘いものが好きではない。
「…辛っ」
セルフィスが小さくつぶやく。
思わず頬がゆるみそうになり、リュネットは慌てて自らを律する。
「おいリュネ、何、何だよこれ、辛っ!お前甘いって言ったじゃんかよ!」
「引っかかりましたね。甘いってのは嘘ですよ」
今日は花月の1日だ。
遠い異国ではこの日は「エイプリルフール」と呼ばれ、嘘をついてもいい日なのだという。
そう説明をすれば、セルフィスは子供のように頬を膨らませた。
余程辛かったのか、わずかに涙ぐんでさえいる。
「…まだひりひりする…リュネなんか嫌いだ…」
それを見て、ちょっとやり過ぎたかなとリュネットは反省する。
セルフィスが辛いものを好かないのは知っていたし、香辛料をしこたまいれた菓子は相当な辛さだったはずだ。
「すみません――」
謝りかけた、その時だった。
セルフィスの手が伸び、リュネットの襟元を捕まえる。
そのまま椅子に座ったセルフィスに引き寄せられ、リュネットは腰を曲げる姿勢になった。
そして、唇が重なる。
「うっわ、こんなに辛いんだ」
「お前…味見とかしなかったのかよ」
「結構どばっと入れちゃったんで、怖くて」
「バーカ」
俺が辛いの嫌いなの、知ってるくせに。
唇を尖らせるセルフィスに、リュネットはもう一度謝った。
でも、と続ける。
「あなたがどんな顔するか、どうしても見たくなっちゃって」
「どんな顔じゃねえよ、どんな顔じゃあ」
「もう、悪かったですから怒らないでくださいよ。ほら、こっちにあるのは全部甘く作ってありますから」
「嘘じゃねーだろうな!?」
「二度も同じことしませんよ」
そう言って、リュネットは笑った。
その笑顔がどうも気に食わないのか、セルフィスは顔をしかめる。
そして腹立ち紛れにリュネットの持っていた菓子を奪いとり、一口で残りを食べきってしまう。
「こっちのはちゃんと甘いしさぁ」
味はセルフィスのお気に召したのか、文句を言うのは止めないながら、バスケットからはどんどん焼き菓子がなくなっていく。
「何だよ、騙すなら最初にそう言っておけよ」
それでは騙せるものも騙せない、とは黙っておくが。
普段は半強制的に後手に回らされているリュネットに、一杯食わされたのが気にいらないのだろうか。
来年からは、少し気をつけて嘘を考えないとな、とリュネットは心に書き留めた。
ふと、セルフィスが顔を上げた。
「お前なんか嫌いだ」
「それは…嘘ですか?」
もしかして本気で怒らせたか。
そう思い、リュネットは恐る恐る尋ねる。
「嘘」
そう言って、セルフィスはまた焼き菓子にかぶりついた。
this is the End.
ノックの後に声をかけ、セルフィスの部屋に入る。
いつもなら書類を抱えている右腕に、今日は色々な焼き菓子の入ったバスケット。
どれも料理や菓子作りが得意なリュネットの手作りだ。
「お、旨そうな匂い」
案の定、セルフィスは焼きたての小麦粉の香りに反応した。
リュネットの腕にバスケットを認め、何、くれるの、と顔を綻ばせる。
「ええ、少し甘くしすぎたかもしれないですけど」
「甘い方が好き」
「それはよかった」
小さなパイのような一つをセルフィスに渡し、自分も菓子を頬張る。
砂糖だけでなく、たっぷり使った蜂蜜の味が口の中に広がった。
やっぱり少し、甘くしすぎたかもしれないな。
リュネットはそう思った。
彼自身は、あまり甘いものが好きではない。
「…辛っ」
セルフィスが小さくつぶやく。
思わず頬がゆるみそうになり、リュネットは慌てて自らを律する。
「おいリュネ、何、何だよこれ、辛っ!お前甘いって言ったじゃんかよ!」
「引っかかりましたね。甘いってのは嘘ですよ」
今日は花月の1日だ。
遠い異国ではこの日は「エイプリルフール」と呼ばれ、嘘をついてもいい日なのだという。
そう説明をすれば、セルフィスは子供のように頬を膨らませた。
余程辛かったのか、わずかに涙ぐんでさえいる。
「…まだひりひりする…リュネなんか嫌いだ…」
それを見て、ちょっとやり過ぎたかなとリュネットは反省する。
セルフィスが辛いものを好かないのは知っていたし、香辛料をしこたまいれた菓子は相当な辛さだったはずだ。
「すみません――」
謝りかけた、その時だった。
セルフィスの手が伸び、リュネットの襟元を捕まえる。
そのまま椅子に座ったセルフィスに引き寄せられ、リュネットは腰を曲げる姿勢になった。
そして、唇が重なる。
「うっわ、こんなに辛いんだ」
「お前…味見とかしなかったのかよ」
「結構どばっと入れちゃったんで、怖くて」
「バーカ」
俺が辛いの嫌いなの、知ってるくせに。
唇を尖らせるセルフィスに、リュネットはもう一度謝った。
でも、と続ける。
「あなたがどんな顔するか、どうしても見たくなっちゃって」
「どんな顔じゃねえよ、どんな顔じゃあ」
「もう、悪かったですから怒らないでくださいよ。ほら、こっちにあるのは全部甘く作ってありますから」
「嘘じゃねーだろうな!?」
「二度も同じことしませんよ」
そう言って、リュネットは笑った。
その笑顔がどうも気に食わないのか、セルフィスは顔をしかめる。
そして腹立ち紛れにリュネットの持っていた菓子を奪いとり、一口で残りを食べきってしまう。
「こっちのはちゃんと甘いしさぁ」
味はセルフィスのお気に召したのか、文句を言うのは止めないながら、バスケットからはどんどん焼き菓子がなくなっていく。
「何だよ、騙すなら最初にそう言っておけよ」
それでは騙せるものも騙せない、とは黙っておくが。
普段は半強制的に後手に回らされているリュネットに、一杯食わされたのが気にいらないのだろうか。
来年からは、少し気をつけて嘘を考えないとな、とリュネットは心に書き留めた。
ふと、セルフィスが顔を上げた。
「お前なんか嫌いだ」
「それは…嘘ですか?」
もしかして本気で怒らせたか。
そう思い、リュネットは恐る恐る尋ねる。
「嘘」
そう言って、セルフィスはまた焼き菓子にかぶりついた。
this is the End.