'夜スグリ'

  …悪魔の果実は夜の色――

星祭り前夜・三つの風景

2009-07-07 19:00:00 | 日記
Side/G

「‥‥願い事?」
その日、外に出ていたゴシップは、なぜか笹と細長いカードを抱えて帰ってきた。
星祭りの前夜のことである。空は生憎の曇り模様。
「おう。砂漠の向こうの国ではさ、星祭りの前の日に、このカードに願い事を書いて次の日までこれに吊しとくんだってよ。リュネさんに教えて貰った」
「それでその大荷物というわけか」
同僚の顔を思い浮かべ、グロウは嘆息した。
彼自身面白そうなことにはためらいなく手を出すタイプだが、恐らく彼は彼の恋人でもあるあの赤毛の上司に聞いたのだろう。
「はい。これお前の分な」
無邪気にカードを差し出してくるゴシップに、グロウはふと気になった疑問を口にする。
「願い事はいいが、お前、読み書きできないんじゃなかったか」
「あ、」
どうもすっかり失念していたらしく、「どうしよう、書けねえじゃん」と途端に慌てだす姿にグロウは口許をゆるめる。
そうだ、ひとついいことを思いついた。
「貸せ。俺が代筆してやろう」
「えっ?」
「いいから。ほら、お前はなんと書くつもりだったんだ、ゴシップ」
紙とペンとを取り上げてそう問えば、ゴシップは途端に赤くなって慌てふためいた。
「い、いやっ、俺は別にその、だから、‥‥えーっと!」
何を書くかと訊いただけなのに弁解を始めたゴシップを見て、グロウは、ああ、どうかしているな、と思った。
全くどうかしている。
そうやって弱り果てているお前が――何より愛しいとは。
「そうだ!」
何か良い案を思いついたのか、ゴシップは明るい顔で手を打った。
「この家!この家に、ずっといられますように!」
「‥‥そうか、わかった」
了解の意を示して、けれどグロウは少し違う文章をそこへ書き付けた。
けれど、無論、この程度の自惚れは許されてしかるべきで。
『グロウと ずっといられますように』
なぜなら、ゴシップは字が読めないのだ。
「お前、何ニヤついてんだよっ。ちゃんと書いたんだろうな!?」
「当然だ。他にどうしろというんだ」
グロウがさらりと嘘八百を言い返せば、ゴシップはぐっと返事につまる。
反論を求めるように視線を彷徨わせ、ふとゴシップは空を見上げた。
そして、
「お――」



Side/K

「ミサ、これでいいのか?」
部屋の中から声をかけられ、ベランダで空を見ていたミサは振り返った。
星祭りの前夜のことである。空は生憎の曇り模様。
その古びた古書店には、今は彼ら二人しかいなかった。
「どれどれ‥‥はい!完璧ですよサンクトゥス様!」
「そっか!」
「じゃあ、後はこれをキリエ様たちが帰ってくるまで隠しておきましょうね」
「おお、そうだったな。どこがいいかな」
丁度五枚のカードが下がった笹を抱えて、サンクトゥスは部屋をうろうろする。
しばらくして、それを本の棚の一番奥に(壊れたりなどしないように)押し込んだサンクトゥスは二階に戻ってきた。
「グロリアの奴、願い書かせたとき変な顔してたからなー。願いが叶うまじないなんて知ったらビビるだろうな」
「この街の人はあんまり知らないみたいですね。ミサのいた村だと、毎年この時期には街の真ん中に大きな笹を飾るんですよー。いろんな色の短冊にみんなでお願いごとを書いて、あ、ミサは書かせてもらえなかったんですけどね」
えへへ、と照れたように笑うミサは鬼の血を引いている。
サンクトゥスも詳しくは知らないが、ただ、それが原因でまるで奴隷のように扱われていたという話は聞いていた。
彼女が何度言っても誰彼かまわず様を付けて呼ぶのもそのせいだろう。
「じゃ、良かったじゃねえか。願い、書けてよ」
「はい!みんなでお願いごと書いて笹に吊すの、ミサ、夢だったんです。ミサのお願い事、叶うかなぁ。お星様は叶えてくださるでしょうか」
叶うかなぁ、叶うといいなぁと繰り返し呟きながら、ミサはまたベランダへ出た。
そんな彼女があのカードに、『みんなと ずっとなかよし』と何ともかわいらしい願いを書いていたのをサンクトゥスは知っている。
「サンクトゥス様!来て来て!すごいですよー!」
突然ベランダから声が聞こえて、サンクトゥスは立ち上がるとそちらへ向かった。
彼がこちらへ来ているのを確認して、ミサは空をは空を見上げた。
そして、
「わ、」



Side/R

「タイム様。夜風はお体に宜しくありませんよ」
「‥‥いいの。もうそんなに寒くないわよ」
それでも渡されたショールを受け取り、タイムはそれを軽く羽織った。
星祭りの前夜のことである。空は生憎の曇り模様。
「明日は星祭りね」
「そうでございますわね」
「ねえ、年に一度だけ会えるって、どんな気持ちなのかしら」
タイムの唐突に質問に、そのメイドは一瞬きょとんとしたが、すぐに「ああ」と頷いた。
「星祭りの伝説のことですね。‥‥タイム様、気になる殿方でもいらっしゃるのですか?」
「違うわよ。父様は早くわたしをどこかへ嫁がせたいようだけど、わたしにそんな気はないもの」
そう言って、タイムは少し笑った。
「‥‥ええ、違うわ。そうね、あなたは知らないのよね」
「何か、失礼を‥‥?」
「いいえ、そうじゃないわ。知らなくて当然のことだもの。あのね、わたしにはね、」
泣き笑いのような、けれど笑顔で、タイムは人差し指を口許にあてる。
「弟がいたのよ」
「‥‥弟、で、ございますか」
メイドはわかったようなわかってないような返事を返す。
雇い主であるタイムの父親からは、そんな話は全く聞いていないのだろう。
「ええ、弟。もうずいぶん昔の話だけれど」
一年にたった一度だけでも、会えるのなら幸せじゃないかしら。
タイムは呟く。
もうずっと会っていない弟の姿を探しでもするように、タイムは空を見上げた。
そして、
「あ‥‥」












何時の間に雲が晴れたのか、空は満天の星に輝いていた。
願いは叶うだろうかと、三人は、遠く離れた三つの場所から、思った。


this is the END,


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