わたしのアスペルガー症候群のタイプでは、
「目の前のこと」よりも、
「遙か遠くのこと」を優先する場合が多々あります。
目の前で、困っている人や、喜んでいる人よりも、
遠くの国の、水や食料不足で困っている人や、遠くの国の世界遺産の景色や建物に興味が向く場合があります。
でも、どちらが良くて、どちらがわるいというわけではありません。
アスペルガーでない人が、”目の前”を観ている時、
アスペルガーの人は、”遠く”を観ているのです。
”役割分担”なのです。
いろいろな考えを持つ人がいていいのです。
そして、
いつも矛盾するようなのですが、
「遙か遠くを観ている」と同時に、
「極端に近くのものも観ています」。
アスペルガーは両極端なところがあります。
一方では、大雑把であったり全く興味がない反面、
もう一方では、すごく細かく丁寧であったり、深い知識を持っている場合があります。
先ほどと逆で、極端に視野が狭い部分も合わせもっているということです。
かなり以前に、その事を”枝を見て森を見ず”と表現させていただいています。
きっと枝にとまってる”小鳥”を観る事ができているはずです。
~何でもプラスに考えるようにしています。
「目の前のこと」よりも、
「遙か遠くのこと」を優先する場合が多々あります。
目の前で、困っている人や、喜んでいる人よりも、
遠くの国の、水や食料不足で困っている人や、遠くの国の世界遺産の景色や建物に興味が向く場合があります。
でも、どちらが良くて、どちらがわるいというわけではありません。
アスペルガーでない人が、”目の前”を観ている時、
アスペルガーの人は、”遠く”を観ているのです。
”役割分担”なのです。
いろいろな考えを持つ人がいていいのです。
そして、
いつも矛盾するようなのですが、
「遙か遠くを観ている」と同時に、
「極端に近くのものも観ています」。
アスペルガーは両極端なところがあります。
一方では、大雑把であったり全く興味がない反面、
もう一方では、すごく細かく丁寧であったり、深い知識を持っている場合があります。
先ほどと逆で、極端に視野が狭い部分も合わせもっているということです。
かなり以前に、その事を”枝を見て森を見ず”と表現させていただいています。
きっと枝にとまってる”小鳥”を観る事ができているはずです。
~何でもプラスに考えるようにしています。