テレビとうさん

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「土人」 と 「浮浪人」

2021年05月06日 | 雑感
 日本が「律令制下」にあった時代には、今で言う「人民(People):政治主体としての民衆」と云う概念は無く、「人」と「民」は別の概念だったと思われます。「人」は一般的な「見かけ上の人」で、「民」は「統治下にある人」です。

 日本古来からの概念は、

神  :ヒトを含むモノの本質。
人  :生物学上のヒト。
民  :人の内、戸籍帳簿などで管理された人。納税義務の対象。
土民 :民の内、農耕などで居住地が定まっている人。
土人 :戸籍帳簿に載っていないが、広義の「居住地が定まっている」と思われる人。
浮浪人:戸籍帳簿に載ってなく、居住地も定まっていない人。

 明治以降は、既に氏(戸籍)・姓(苗字)がある人以外の全ての人に「万民」として苗字と戸籍を与える為に、

新土人:新しく開拓地に定住する人。
旧土人:古くから「土人」と呼ばれてきた人。

の分類を考えたようです。

 「旧土人」を「新土人」と切り分ける事で、保護の対象を明確にした事が裏目に出て、「旧土人」に対する優遇策に妬みを持つ「新開拓者」が出始めました。これは、現在でも言えることで「過剰な保護は分断を招く」の証左です。

 実際に、大地主になった「旧土人」で農業の経験が乏しい為に、多くの「開拓者」を小作人として使役しました。その何よりの証拠は、GHQ統治下の指令で「農村の地主制度の廃止令」が下った時に、
「アイヌ地主」がアイヌを例外扱いするように陳情したとする、史料が残されているそうです。

 「開拓者」の多くは元武士(公務員)で、明治維新の勝者側の士族は「開拓使」「屯田兵」として優遇されたようですが、敗者側の元武士の多くは「平民」としての入植者が多かったようです。北海道は寒冷で農作物があまり育たないので、「平民開拓者」の一部は定住できず「新土人」にも成れませんでした。そしてその人たちは、農家から「耕作付適地(泥炭地・砂地)」とされた札幌などに流れ着きました。

 「平民」で、定住した人が「新土人」になるのですが、「士族」や「旧土人」との待遇の差が大きかったので、定住できなかった人たちが札幌に流れ着きその一部は「サムライ」を形成したようです。私の幼い時の記憶なのでハッキリはしないのですが、そこには「アイヌらしき人」はいなかったと思います。

 「サムライ」の語源は、素直に考えると「落ち武者の」ですが、事実は判りません。少なくとも「アイヌ」を「サムライ」に擬えることは無いので、恐らくは「仕事にあぶれた和人」だと思います。但し、内地とは違い「被差別民」では無かった事は確かなようです。

 私はその「サムライ」に会って話したことが有るのですが、内容は忘れました。と、云う事は「サムライは普通の人」だったからだと思います。

 これからも「土人」が差別用語として定着し続けると、きっと[「サムライ」や
「」も差別用語にされてしまいます。過去の「歴史を捻じ曲げて」卑屈になったり逆に美化しすぎる事は、国民の分断を招き反日勢力に付け入る隙を与える事になります。

 明治政府の「万民(四民とそれ以外の国民)平等」の精神を考えれば、「土人」は差別用語で無い事は明らかで、これを「旧土人」としたのは、明治政府が「今は国民である」と示したからであり、律令制で言うと「土民」を意味します。

 それは兎も角、現在の問題は「ネットカフェ難民」など、居住地の定まらない国民の存在です。律令制で言う「浪人」に近いです。当時の「浪人」は納税義務の対象外だったようですが、今では「消費税等」で納税対象者になっています。外国人は一部「消費税免税」されているので、国民でありながら外人以下の扱いです。若しかすると、外国人旅行者は「浮浪人」の扱いなのかも知れません。

 憲法前文「・・・その福利は国民がこれを享受する。」




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