みっともないだけのまたぐらしゅうどうじょまるだしでみっともないまたぐらしゅうどうじょながらもおもうだけということだけにしてもみっともないだけのまたぐらしゅうどうじょのでばんでもだらしないだけのしゅうどうじょちゃんすちゃん。
だらしないだけのじゃぐちしゅうどうじょとしてのこだわりといみにようほどのまたぐらしゅうどうじょのだらしなさもほこれてようせいふうぞくずきあいのほんもうちゃんとしてもちゃん。
みっともないだけだったまたぐらしゅうどうじょちゃんやくざになってやくばになってやくにたってやくしにたってやくじにたってやくだっぺもだらしないことこそがまたぐらとそんげんでしかなかったしゅうどうじょちゃんのだらしなさが、よりおちつきがないことのあとのまつりもおちつきがないほどながのしゅうどうじょがどういうだらしないしゅうどうじょとしてがいがかいらくちんとしてのだらしなさもあとのまつりまるだしのしゅうどうじょのいまもそのあたりまえだったわけだね。
私がよっぽどしゅうどうじょそのもの、やくざそのもの、しょうがくせいそのものを恥ずかし過ぎると思うだけのはずだというせいふうぞくのつもりけ?そんなことよりそもそも恥ずかしいというよりみっともないしょうがくせいそのものを?もとから恥ずかしいというよりみっともなかったのがもっとみっともなかったやくざそのものをも?