柳原キャンパス

美術と音楽について

柳原キャンパス第39回

2012-03-26 16:55:58 | 日記

ヴェルディ作曲 歌劇「椿姫」より「花より花へ」

 今年の東京の開花予想は3月29日と出た。例年よりかなり遅い。花見の宴も、昨年は大震災直後につき自粛ムードだったが、今年はどうだろう?
 クラシックの世界でも、「花」に纏わる名曲は多い。シューベルト、ウェルナーの「野ばら」、シューマンの歌曲集「ミルテの花」、J.シュトラウスのワルツ「南国のバラ」、チャイコフスキーの「花のワルツ」、ビゼーの歌劇「カルメン」から「花の歌」、R.シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」、マクダウェルの「野ばらに寄す」、プロコフィエフのバレエ曲「石の花」、などなど。そこで、今回は、ヴェルディの歌劇「椿姫」から、主人公ヴィオレッタの歌うアリア「花より花へ」を取り上げたい。

 ヴィオレッタは、パリの華やかな社交界に身を投じているいわば高級娼婦。プロヴァンスの田舎から出てきたばかりのアルフレートは、街中で遠目に見たヴィオレッタに一目ぼれ。初めて行ったパーティで彼女と遭遇し、いきなり愛の告白をする。純朴な青年の一途な思いにヴィオレッタの心が乱れる。「こんな気持ちは初めて。私にもまだ恋する歓びが残っていたのか」と胸騒ぎの中で歌う「ああ、そはかの人か」に引き続き、「そんなはずはないわ。これはむなしい妄想。愚かなこと。パリという人ごみの砂漠の中で何を望むというの? 楽しむだけ。私は快楽の渦の中で死んでゆくの」という繋ぎのシェーナを経て、一転、曲想が躍動感溢れる「花より花へ」に移行する。この移行の妙と劇的変化こそヴェルディの真骨頂で、聞くものはいやおうなしにヴェルディの作り出す劇世界に引き込まれてゆく。

 「椿姫」の原作はアレクサンドル・デユマ・フィス、「岩窟王」の作者の息子。邦題の「椿姫」は原作「La Dame aux Camerias」から採った。因みにオペラの原題は、「La Traviata」で、“道を外した者”の意味。舞台はパリとその郊外。薄幸のヒロイン、ヴィオレッタが恋に目覚め死んでゆく。華やかさと儚さが交錯する物語。作曲はイタリア・オペラの巨匠ジュゼッペ・ヴェルディで、楽想はロマンティックで美しい旋律に富み、その裏に主人公の運命を暗示するような悲しみの表情が潜む。華麗さと哀感、劇性と抒情性の共存である。これだけの材料がそろっている「椿姫」は、イタリア・オペラの王道である。
 第一幕ラストで歌われる「花より花へ」は、テクニックを極めたアリアである。最高音は「dee volale il mio pensier」(私の想いは飛び回る)の「mio」に付いたE♭6で、これはソプラノの最高音域付近。しかも9分間も歌い続けた最後の最後で出さねばならず、かなりの難関である。ここは声の基本的強靭さが要求されテクニックが問われる。その上、心の底に恋への期待と不安を秘めなければいけないから、多彩な感情表現が要求される。まさにソプラノ・アリアの王道である。
 したがって、プリマ・ドンナといわれる名歌手たちは競ってこれを歌う。ところがよく聴くと、歌い方に差異があることに気づく。声の出る出ないで歌い方に違いが出てくるのである。今回はここに注目して検証する。

 王道のアリアには王道の分析が相応しい。すなわちヴェルディの意図したとおりに歌っているかどうか、この一点で評価したい。そのため、ノミネート歌手11人の高音域の表出能力を4つにクラス分けしてみる。

 Aクラス:最高音E♭6を出し、他のすべての音も作曲者の意図通りに歌い切る
 Bクラス:最高音E♭6を出すも、直前に1~2小節の休息を入れる
 Cクラス:最高音E♭6を完全に飛ばして最後音A♭5に着地する
 Dクラス:最高音E♭6をB♭5に下げて歌っている

 Aクラスは、イレア-ナ・コトルバスとステファニア・ボンファデッリの二人。Bクラスは、マリア・カラス、アンナ・モッフォ、レナータ・スコット、ビラール・ローレンガー、エディタ・グルベローヴァ。Cクラスは、アンジェラ・ゲオルギューとアンナ・ネトレプコ。Dクラスは、レナータ・テバルディとミレラ・フレーニ。

 これはもう、数学的分類だから答は明白である。Aクラスの二人が、声の強靭さで群を抜いているということだ。表現力でも、下のクラスに引けはとらないから、議論の余地がない。「究極」はAクラスのどちらかである。
 Bクラスは中々粒ぞろい。特にモッフォとローレンガーの歌唱は、「椿姫」の特性の一つ、華麗さが魅力だ。CとDはお疲れ様だ。今を時めくネトレプコがCクラスというのも意外だった。さらに、名歌手の誉れ高いテバルディとフレーニがDクラスというのも予想外。Dクラスは、最高音を4度下げていて、実に座りが悪く不快そのものである。違和感ある音に変えるくらいなら、出さないほうがまだマシだ。これに気づいたときから、私はこの二人を信用しなくなった。特にフレーニは、細部の表現があまりにも曖昧で、この人を名歌手という人の気が知れない。
 Aクラスの二人では、ボンファデッリの一途な可憐さも捨てがたいが、コトルバスの細めで陰影を含んだ美声と表情が「椿姫」により相応しい。コロラトゥーラ独特の滑らかな歌いまわしも文句ない。権威ある名盤ガイドの中で「クライバー盤を、コトルバスで選ぶという人はいないんじゃないか」とコメントしている選者がいたが、上っ面しか見れない浅読みである。クライバーの指揮も特筆もの。抒情性と劇性を共有する多彩な表現力は、文句なしの素晴らしさだ。(清教寺 茜)

 

[究極のベスト]

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イレア-ナ・コトルバス(ソプラノ)
カルロス・クライバー指揮:バイエルン国立歌劇場管弦楽団77

[次点]

ステファニア・ボンファデッリ(ソプラノ)
プラシド・ドミンゴ指揮:トスカニーニ財団管弦楽団02(DVD)

[ノミネート一覧]

 レナータ・テバルディ(S)/モリナーリ=プラデルリ:聖チェチーリア音楽院管54
 マリア・カラス(S)/ギオーネ:サン・カルロス歌劇場管58
 アンナ・モッフォ(S)/ブレヴィターリ:ローマ歌劇場管60
 レナータ・スコット(S)/ヴォット:ミラノ・スカラ座管62
 ミレラ・フレーニ(S)/フェラリス:ローマ国立歌劇場管67
 ビラール・ローレンガー(S)/マゼール:ドイツ・オペラ管68
 イレア-ナ・コトルバス(S)/クライバー:バイエルン国立歌劇場管77
 エディタ・グルべローヴァ(S)/リッツィ:フェニーチェ劇場管93(DVD)
 アンジェラ・ゲオルギュー(S)/ショルティ:コヴェントガーデン王立歌劇場管94
 ステファニア・ボンファデッリ(S)/ドミンゴ:トスカニーニ財団管02(DVD)
 アンナ・ネトレプコ(S)/リッツィ:ウィーン・フィル05