柳原キャンパス

美術と音楽について

柳原キャンパス第24回

2010-11-08 13:08:39 | 日記

グリーグ作曲 ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 

 今回はグリーグのピアノ協奏曲をとりあげたい。昔からグリーグといえばシューマンとの組み合わせが多かった。メンチャイと呼ばれたヴァイオリン協奏曲の場合と同様、LP時代からピアノ協奏曲の定番的カプリングなのである。同程度の人気曲でLP片面に一曲がキッチリ入るからというのがその理由だろうが、CDの時代になっても変わりなく、事実、今回のノミネートでも、この組み合わせが7Wもあった。
 グリーグの「ピアノ協奏曲」は、透き通る今の季節にピッタリで、フィギュア・スケートの安藤美姫今期フリー演技のテーマ音楽でもある。それはさておき、北欧的清涼感に溢れ、幸福感を湛え、ヴィルトゥオーゾ的華やかさも合わせ持ったこの協奏曲は、大衆受けする要素をほぼ完璧に備えた名曲といえる。だから、誰の演奏であれそれなりに楽しく聴けるのだ。必要以上にネチっこく歌わせたり、度が過ぎて素っ気なかったり、極端に古い録音だったりしない限り・・・。そんな曲なのに、未だに「21世紀の名曲名盤」のトップに、1947年録音のリパッティ&ガリエーラ盤が君臨しているのはどうなのだろう? リパッティの素晴らしさを否定するものではないが、選者はこの貧弱な録音から一体なにを聴いているのだろうか。もういい加減、過去の呪縛から開放されてもいいのではと、他人事ながら思わずにはいられない??音楽は楽しむもの、理屈は後付け・・・これが基本だと思いますが、いかがなものでしょうか。
 ほとんどの演奏がよく聞こえてしまうこの手の曲は、通して聴いての判断は実にむずかしい。聴後に先ず満足感がくるからだ。こういう場合はピンポイント比較試聴で判断するに限る。設定ポイントは第2楽章アダージョ。低弦で歩む10小節を越えたあたりに出るホルンの響きと引き続くチェロのソロ、オーボエを経て再度ホルンが鳴ってピアノ・ソロが始まるあたり、である。この部分、実に美しい! グリーグそのもの、北欧そのものなのだ。北欧といってもフィンランドとは違う。フィンランド風土俗性はなく、あるのは清涼感、透明な抒情だ。
 音が貧弱すぎるリパッティ盤はいくら不滅の名演といっても外させていただく。レコード音楽として楽しめないからだ。ルービンシュタイン盤はオケの響きが厚すぎる。リヒテル盤はピアノもオケもスラヴが抜けない。ルプー盤は上品で美しいが柔和に過ぎる。アンスネス盤はヤンソンスの棒が几帳面すぎてもう一つ。仲道郁代は無理に歌わせている印象で、これは10W中最遅のテンポ設定が災いしているのでは? ツィマーマン盤は、カラヤンの濃厚なサウンド・メイクが北欧的ではない。
残ったのは、カーゾン&フィエルスタード、フライシャー&セル、アンダ&クーベリックの3点。ここまでくるとみな素晴らしい、なにを聴いても感動すること請け合いだ。カーゾン盤の透徹とした清澄感、フライシャー盤の率直なピアノと厳しいセルの音作りとの好バランス、アンダ盤の小気味良い洒脱感、其々が甲乙つけがたい名演だ。でも究極の演奏を決めるのがこのキャンパスのミッション。そこで決断!“これぞノルウェー”という部分で、ある人と意見がピタリと一致した演奏を究極のベストに選定する。ある人とはキルステン・フラグスタート(1895-1962)。ノルウェー出身の不世出のソプラノ歌手である。彼女が名プロデューサー、ジョン・カルショーに宛てた最晩年の手紙を掲載してこの回を閉じたい。(清教寺 茜)
  
  ひどい字でごめんなさい! ずっと前からお手紙をしようと思っていたのですが、
  何もいい話がないのでためらっていたのです。クリフォード・カーゾンのピアノ
  とフィエルスタードの指揮のあなたが録音した「グリーグのピアノ協奏曲」を
  ラジオで聴いたときにも、お手紙を出したかった。カーゾンの澄んだピアノと
  ノルウェーの空気そのものをとらえたかのように美しいオーケストラの響き。

  これまで聴いた中で文句なしに最高のものだと思います・・・。
           (「ジャン・カルショーの手記」山崎浩太郎訳、学研刊より)



[究極のベスト]

サー・クリフォード・カーゾン(ピアノ)
エイヴィン・フィエルスタード指揮:ロンドン交響楽団59

[ノミネート一覧]

リパッティ/ガリエーラ:フィルハーモニア管47
カーゾン/フィエルスタード:ロンドン響59
フライシャー/セル:クリーヴランド管60
ルービンシュタイン/ウォーレンステイン:RCAビクター響61
アンダ/クーベリック:ベルリン・フィル63
ルプー/プレヴィン:ロンドン響73
リヒテル/マタチッチ:モンテカルロ国立歌劇場管74
ツィマーマン/カラヤン:ベルリン・フィル82
仲道郁代/フロール:フィルハーモニア管94
アンスネス/ヤンソンス:ベルリン・フィル07