柳原キャンパス

美術と音楽について

柳原キャンパス第29回

2011-05-12 14:44:04 | 日記

マーラー作曲 交響曲 第3番 ニ短調
 

 映画「マーラー 君に捧げるアダージョ」を観た。「バグダッド・カフェ」のパーシー・アドロンと息子フェリックス・アドロンの共同監督2010年の作品である。
 この映画は「起きたことは史実だが、どう起きたかはフィクションである」ということわり書きで始まる。これは伝記をドラマ化するときのある意味常套手段なので、ちょっとビックリした。わざわざことわりを入れたのは、フィクションの度合いが強いということか?
 マーラーの妻アルマは結婚にあたって作曲を禁じられるが、この鬱積と娘の死が絡んで若い建築家グロビウスに走る。それを知ったマーラーが悩み、精神分析医フロイトの診察を受ける。物語はこのやり取りの中に過去の事象をフラッシュバックさせながら進む。時間の流れどおりではなく、一つの基点から放射状に前後を無視して飛びまた戻る。スタイルは舞台劇風。マーラー役のヨハネス・ジルバーシュナイダーはピッタリの風貌と雰囲気。アルマ役のバーバラ・ロマーナーは19歳年下で社交界のミューズというイメージからは遠かった。スタッフは、男勝りの芸術家タイプという面を強調したかったのかもしれない。
 映画は「あの素晴らしい愛をもう一度と願いつつ君の隣で休んでもいいか。愛しい人よおやすみ」というマーラーの言伝で終わる。北山修&加藤和彦-吉田拓郎&かまやつひろし-BZの「あの素晴らしい愛をもう一度」「シンシア」「愛しい人よGood Night」つながり!まあ、全く関係ないでしょうが。

 アルマはマーラーの死後「回想録」を書いたが、その中から二人に関する興味深いエピソードを少々抜書きしておきたい。(「グスタフ・マーラー 愛と苦悩の回想」石井宏訳、中公文庫)。
 
 アルマはマーラーと出会った頃「マーラーの音楽はほとんど聞いたことがありません。聞いたものはみな嫌いです」と語っていた。
 マーラーの取り巻きは、アルマと結婚させたくなかったので、芸術論を吹っかけて屈服させれば去ってゆくだろうと考え実行するが、去っていったのは取り巻きのほうだった。
 新婚旅行はペテルスブルグでの演奏会に便乗して行われた。「トリスタン」を指揮する夫を舞台の袖で見たアルマは「『愛の死』の音楽と指揮するマーラーの姿のなんと神々しかったことか。私は、これからこの人の行く手を遮る石を取り除きこの人のためだけに生きようと思った」と述べている。ところが、結婚2年後には「彼がいると座が暗くなる。まるでテーブルの下に死体がいるみたい」と変わる。
 マーラーは死の直前「今までの私の人生はただの紙切れ」と言った。


 マーラーとアルマの結婚生活は形容しがたい不可思議さに満ちていた。それは、我々凡人には計り知れない、世紀末を跨いで君臨した大天才音楽家と天から二物以上を与えられたミューズの申し子が奏でる異様なハーモニーとでもいおうか。天才の世界!
 
 映画では、交響曲第10番のアダージョを軸に、「第5番」「第4番」あたりが流れていたが、今回は「第3番 ニ短調」を取り上げたい。全曲初演は1902年6月。結婚3ヵ月後のことである。先の「回想録」によると、アルマは「第3番」の初演を聞いて「初めて彼の作品の偉大さが理解できた」という。同時に、結婚して初めて真の幸せを感じたとも。
 全6楽章を演奏形態別に俯瞰すると、第1楽章と第2楽章はオーケストラのみ、第3楽章ではステージ遠方からのポストホルンが活躍。第4楽章ではアルト独唱、第5楽章は児童合唱と女声合唱が加わり、第6楽章は最初に戻ってオーケストラのみとなる。実に多彩な枠組みだ。
 圧巻は第6楽章である。変化しつつ繰り返されるロンド主題部のなんともいえない静けさと安らぎ。それはフォーレの清澄さではなく、バッハの崇高さとも違う。哀感、苦悩、郷愁、憧憬など人間の持つ種々な感情を内包しつつ安らぎへと浄化される、いかにもマーラー的祈りの音楽なのだ。祈りはやがて勝利の響きと化して高みへと歩を進める。
 アルマはここにマーラーの愛を聞いた。私たちは東北への祈りを聞く。
 魂を揺さぶりながら鎮めてくれるバーンスタイン盤が究極のベスト盤だ。音楽は苦悩を包み込み復興の調べを響かせる。バーンスタインが祈祷師となってマーラーを呼び出し、東北に入魂のアダージョを捧げるのである。(清教寺 茜)

[究極のベスト]

レナード・バーンスタイン指揮:ニューヨーク・フィルハーモニック87

[ノミネート一覧]

クーベリック:バイエルン放送響67
バルビローリ:ベルリン・フィル69
ショルティ:シカゴ響70
レヴァイン:シカゴ響75
テンシュテット:ロンドン・フィル79
アバド:ウィーン・フィル80
レーグナー:ドレンデン・フィル84
インバル:フランクフルト放送響85
バーンスタイン:ニューヨーク・フィル87
ブーレーズ:ウィーン・フィル01