イエメンプロジェクト(8-29)東京へTEL。近況報告
1982・8・19(木)
早朝、東京へTEL。近況報告。9月上旬SGQ、20日ごろUVP.SDMが見えるという。
最近の為替差益でCPOのBudgetもプラスになったとのしらせあり。
9月12日には社内運動会の由。大塚さんに電話に出てもらう。
お守りの礼を言いたかったため。いつもと変わらず初々しい声也。
終えて朝食。今日の最大の仕事、次官二人に個別に会う。
現在直面している最大の問題、セメントの出荷販売のExpediteを要請。
Sは首相と相談、処置することを約束。
かくなる事態になった元凶はやはりKの問題受理に対する考え方にあろう。
何故にもっとTopに問題をあげて解決にあたらぬのか・・・。
Actionも遅い。今日の面談で事態は少しでも好転せんことを。
8月20日(金)
ソフトボール試合実施。忙中閑あり.15対16。
試合としては面白く、皆愉快に気分転換できた。
N氏は小さなお子さん2人を連れてみえる。
試合が終わりウイスキーでの昼食をとる。
娯楽室で皆でTV。そんな中で日産の陽気な若者の寝そべった足の靴下が
破れているのが目についた。日本からイエメンへ2年近くも働きに出かけて来、
そんな間の苦労の跡をかかる靴下の姿をみてふと感じた。
A子、子供たちに手紙をしたたむ。
約1週間続いた下痢症状もようやく治る。
8月21日(土)
最近の最大の問題はセメントサイロ満杯によるプラント操業支障である。
クレームレターをK宛に提出。
今朝は実によく晴れ、気持ちの良い冷気が身を包む。
外気は相当に冷え込んだようで窓には水滴が・・・。
イランIJPCのことを書いた「オレンジ色の焔を追って」読了。
著者は一橋大出身、我よりも6年上。工事の足跡と共に自身の考え、
出来事も折り込み、記録としては実によくとってある。
圧巻は革命前後の政情の渦に巻き込まれた巨大プロジェクトの苦悩する場面だ。
それにしても政治に巻き込まれた時の、時の流れに逆らう事の出来ぬ哀れな
一プロジェクトの存在は、現CPOプロジェクトを思う時、幸運と考えねばなるまい。
かかる手記もいずれまとめてみたい。
イエメンプロジェクト8-30に続く。
過去のイエメンプロジェクトの一部ブログはこちらより