日本人というのは、何か明確な価値観に自分を結びつけることよりも、魂を彷徨わせ続ける状況に、ある種の安息を感じることができる民族なのではないか。
日本の歴史をふりかえっても、代表的な文学は、たとえば芭蕉にしてもそうだが、旅の文学が多い。(続く)
(続き)方丈記のように、流れゆく世界を俯瞰するように眺め渡す時に、ある種の達観を得て、それでよしと思えるところがある。
ニライカナイにしても、どこか明確なところに戻るというよりも、自分がいる、”今ここ”ではないどこかに対する憧憬の気持ちも強いような気がする。(続く)
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