やっぱオレがさぁ、と先ほど決着がついた話を、再び蒸し返した男がいた。
「ちゃちゃっとやって、ぱぱっと片づけるからさ。だから、オレにさせてよ。てーかしたい。させて」
すぐそこのコンビニにでも行ってくるかのような気軽さで請け合う。
一般には穏やかで人当たりよく、いい人やさしい男というイメージが浸透しまくっているが、ちょっとよく知れば傍若無人の権化、おれさまオトコであることは、周知である。
「だからそれはナシだって。何度も言ってるじゃん。ハコに入ったらおしまいだっての」
おれさまオトコをたしなめたのは、鏡台に陣取った、この場では最年長である中間管理職だった。比較的ぶっとんでいる言動が目立つが、ここはやはり年長だし、と抑え役にまわることに決めたらしい。
「それより成功率が高いとは言えないけど、やっぱり呪術系がお勧めだって。そのスジならオレすぐにでもツナギつけられるし。証拠も残らなくてほら安心。むごたらしい末期も自在に演出可。苦しみ抜いて断末魔ってのがオレとしての希望」
違った。抑えに回るのかと思ったら、なかなかに物騒だった。
しかし物騒さではそんな中間の軽く上を行く、実はグループ内屈指のイケイケ武闘派、テコンドーもかつてやってましたな本来は4番目、この場では2番目真ん中の自由気まま男があっさりと却下した。
「だーからそんな不確実な方法じゃだめだって。見れなくてつまんねーし。その点、オレが殺っときゃ確実だし、ジョウジョウシャクリョウだの執行猶予だのがついて、ぜってぇハコ入りになんないって。もし入ったとしても、もう、前に一回入っちゃってんだし、今ならドラマの延長てカンジで何か動揺も少なくなる気がしない?」
「ばっか。ドラマと現実の違いくらい認識してるよ。泣かす気かよ」
グループ内癒し系と公に認められている二人の、物騒だが不毛な主張に、たまりかねたのか別のところから声が上がった。この場でもグループ内でも最年少、ただいま激務に文字通り忙殺されかけている末子だった。
くたりと畳に横たわりながらあげる声は低くて弱々しい。実は同等のスケジュールをこなしている武闘派も、舞台公演でひょっとすると以上に多忙かもしれない中間管理職も、末子の惰弱に呆れる前に、ちょっと心配になってしまうくらい覇気がない。末子だとて、長い来し方、今までも同様の激務を繰り返してきている。それだけに、やはり今回の懸案事項が、想定以上に心的負担になっているのがうかがえた。
横たわって畳になついたまま、ごろりと寝返りを打って二人の方に向き直ると、眠いのか目をしょぼつかせながら末子は繰り返した。
「さっきも言ったけど。ドッカンはもう決まったことだから。今着々と導火線引いてるとこだから。むしろ、感情に任せて下手なことすっと、暴発したりこっちに飛び火したりすることになるよ。だから、あの人からおっけー出るまで静かにしてる。それがオレらにできること。さっきそゆったよね? 了解したよね」
「や、別にお前が一方的に通達してさっさと寝つこうとしただけだろ。オレ全然納得してねーし」
憮然と武闘派が言い返すと、でもさっき反論しなかったじゃん、と大儀そうに末子は半身を起こし、鏡台に寄りかかるようにして佇む、年齢ではすぐ上にあたる武闘派を見上げた。長い付き合いで、この激情家が心底納得していないのは分かり切っているだろうに、敢えて放置した。いったん沸騰させる方が冷ますのも容易と計算しているところが、どこぞの最年長者を彷彿とさせる。
「反論しなかったんじゃなくて、反論しようと考えてたらお前がとっとと会話終了させたんだろ」
苦々しげに中間が武闘派のカタをもつ。この3人での会話になると、自然調整役をこなすことになるのだが、今回ばかりは末の言い分にこちらも納得がいかなかったらしい。
「第一、お前自身だって納得してないくせに。ヤなんでしょ。全部あの人のところに矛先がいくの。なのに、お前が通達してきた、あの人提案の今後の展望にそっちゃえば、今擁護にまわってる人たちだって、あの人非難することになりかねない。――ぶっちゃけ、もうたくさんなんだよね。いろんな人の思惑に振り回されるの。オレの話を聞けーってカーテンコール後に叫んでやろうかと考えるくらい」
「あ、それいいね。オレもどっかのロケでやりたい。日帰りロケとかでさ」
いくぶんキレ気味の中間に便乗して、武闘派がたいへん機嫌よさげに夢想する。そんな二人を交互に見やり、いちばん暴走していいはずの年下の自分を、抑えに回らせる最年長者に内心恨み言を言いつつ、末子は深いため息をついた。
「だからそうやって好き勝手動いたら、せっかく引いてる導火線が混線してトンデモなことになるっての。そこは信用していいんじゃない? あの職人気質がせっせと段取り組んでるんだからさ。夏まではじっとしといてやろうよ」
すると夏まではという言葉にひっかかったらしく、案の定中間の方が片眉をあげて食いついた。
「期間限定なんだ。しかも秋じゃなく」
「秋まで待ってたらそれこそあの人の思うツボだからね。あとはスイッチ押すだけ、てとこで動こうと思ってる」
ふうん、と興味深げに武闘派も末子をあらためて見やる。面倒くさげに末子は二人とは視線を合わせず、畳の目を数えるようなうつむき加減で自らの真意をぼそぼそと続けた。
「導火線を引くとこまでは、できると思ってる。というか、あの人に敵う技量の持ち主はいないと思う。でも、最後のさいご、スイッチを押す瞬間、あの人がためらう可能性をオレは否定できない」
くだされた、冷徹な評価に、二人とも異を唱えなかった。
解りきっていることだった。最年長者が傾ける、グループへの情は、少し常軌を逸している。母親の、我が子への盲愛に通じるものがある。これまで、精魂込めて築き上げ、何より大切にしてきた枠組みだ。それを瓦解させる一手を、ためらうことは十二分に考えられた。
「だから、最後のさいご、あの人の手からスイッチかっさらって、オレが押す。そこだけは、あの人の思惑に乗らない」
グループ瓦解の非難も誹謗も、すべてその身に引き受けると。
うつむき加減で見えにくい表情からも、声音からも、名乗りを上げた末子の感情は伝わってこなかった。
どちらかと言えば、最年長者同様、枠組みに一方ならない思い入れをもつはずの末子だった。幼いと言っていい頃から、その枠組みの中で息をし、自由に動き回って成長してきたのだ。断言するほどに、平常心で事に立ち向かうことはできないはずだった。
それでも。
やると。もう、これ以上最年長者ばかりに身を削らせまいと。
弱ってはいても、それでも、痛みを飲み込んで唇を引き結び、じっと耐えている。全てを預けて楽になろうとしない末の子どもが、いじましかった。
「じゃあさぁ」
不意にいかにものんきに武闘派が口を開いた。
「仕方ないから、それまで待ってやるよ。ヤだけど。ほんっと、めんどくせーけど。お前に免じて、殺っちゃうのはそれまでお預けでも我慢する」
けどなぁ、と武闘派は続けた。
「それオレも混ぜろよ。つーかやる。決定な。どうせ生だろ。あの。なら呼べ。てかオレ呼んだ時にやろうぜ」
「ええー。ちょっと待ってよ。何二人して楽しいこと企んでるの。そういえばとんとお声かからなくなったけど、まだあのツキイチ企画生きてるよね。ならオレも一枚かんでも不自然じゃないよね」
あわてて乗り遅れまいと中間が足を挟み込んでくる。二人の言をきいて、末子はのろのろと顔を上げると、苦く笑った。
「あの人悲しませるのはオレ一人で十分じゃない? 二人はさ、あの人のためにちゃんといい子でいてあげなよ」
今さら、と中間は末子の諫言を鼻であしらった。
「いい子だったことなんかないよ。好き勝手やって、でもあの人は絶対に見捨てない。仕方ないって結局全部許してくれる。今回だって、きっと3人まとめて嘆かれて泣かれて終わりだと思うね」
あ、思う思う、すげー、ありそー、と気楽な武闘派の相槌に、諫言をいちおうは呈し、自分の役は果たしたと、今度は大きく完遂の息をついて、末はしっかりと顔をあげた。
「なら、この後、おそらくあの人に外国出張が入るまでは、指示通りでいいと思う。あの人の目が、ちょっとだけ離れたすきに、やろう」
うん、そうだね、妥当な時期かもね、と中間がうなずけば、うわ、チョーわくわくすんだけど、と武闘派もご機嫌に賛意を示す。それを、末子は目を細めて見やった。
――結局、自分たちはどんな時でもしぶとく強く、したたかに生きていけるのだなと、しみじみ痛感した。
そしてその気概こそ、最年長者と育ての母が、飽かず投げず、根気よく注いでくれた愛情で、育んでくれたものだった。
だから、今度は。
あふれんばかりにもらったそれらを、彼らのために惜しみなく使おう。自分たちは大丈夫だ。泣かせることになろうとも、決して斃れはしない。きっと帰る。
必ず戻ってみせる。
そして、いつの日にかまた集うのだ。何の憂いもなくなったところで。確実に。
身も心も満身創痍のはずなのに、不思議とわいてくる強い意志の力を感じながら、今度は夢見るように、末子はほのかに微笑って目を閉じた。
おわり