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読書日記

好きな本とアレについてつらつら

無題ドキュメント

2016年02月19日 | fanfic

やっぱオレがさぁ、と先ほど決着がついた話を、再び蒸し返した男がいた。
「ちゃちゃっとやって、ぱぱっと片づけるからさ。だから、オレにさせてよ。てーかしたい。させて」
すぐそこのコンビニにでも行ってくるかのような気軽さで請け合う。
一般には穏やかで人当たりよく、いい人やさしい男というイメージが浸透しまくっているが、ちょっとよく知れば傍若無人の権化、おれさまオトコであることは、周知である。
「だからそれはナシだって。何度も言ってるじゃん。ハコに入ったらおしまいだっての」
おれさまオトコをたしなめたのは、鏡台に陣取った、この場では最年長である中間管理職だった。比較的ぶっとんでいる言動が目立つが、ここはやはり年長だし、と抑え役にまわることに決めたらしい。
「それより成功率が高いとは言えないけど、やっぱり呪術系がお勧めだって。そのスジならオレすぐにでもツナギつけられるし。証拠も残らなくてほら安心。むごたらしい末期も自在に演出可。苦しみ抜いて断末魔ってのがオレとしての希望」
違った。抑えに回るのかと思ったら、なかなかに物騒だった。
しかし物騒さではそんな中間の軽く上を行く、実はグループ内屈指のイケイケ武闘派、テコンドーもかつてやってましたな本来は4番目、この場では2番目真ん中の自由気まま男があっさりと却下した。
「だーからそんな不確実な方法じゃだめだって。見れなくてつまんねーし。その点、オレが殺っときゃ確実だし、ジョウジョウシャクリョウだの執行猶予だのがついて、ぜってぇハコ入りになんないって。もし入ったとしても、もう、前に一回入っちゃってんだし、今ならドラマの延長てカンジで何か動揺も少なくなる気がしない?」
「ばっか。ドラマと現実の違いくらい認識してるよ。泣かす気かよ」
グループ内癒し系と公に認められている二人の、物騒だが不毛な主張に、たまりかねたのか別のところから声が上がった。この場でもグループ内でも最年少、ただいま激務に文字通り忙殺されかけている末子だった。
くたりと畳に横たわりながらあげる声は低くて弱々しい。実は同等のスケジュールをこなしている武闘派も、舞台公演でひょっとすると以上に多忙かもしれない中間管理職も、末子の惰弱に呆れる前に、ちょっと心配になってしまうくらい覇気がない。末子だとて、長い来し方、今までも同様の激務を繰り返してきている。それだけに、やはり今回の懸案事項が、想定以上に心的負担になっているのがうかがえた。
横たわって畳になついたまま、ごろりと寝返りを打って二人の方に向き直ると、眠いのか目をしょぼつかせながら末子は繰り返した。
「さっきも言ったけど。ドッカンはもう決まったことだから。今着々と導火線引いてるとこだから。むしろ、感情に任せて下手なことすっと、暴発したりこっちに飛び火したりすることになるよ。だから、あの人からおっけー出るまで静かにしてる。それがオレらにできること。さっきそゆったよね? 了解したよね」
「や、別にお前が一方的に通達してさっさと寝つこうとしただけだろ。オレ全然納得してねーし」
憮然と武闘派が言い返すと、でもさっき反論しなかったじゃん、と大儀そうに末子は半身を起こし、鏡台に寄りかかるようにして佇む、年齢ではすぐ上にあたる武闘派を見上げた。長い付き合いで、この激情家が心底納得していないのは分かり切っているだろうに、敢えて放置した。いったん沸騰させる方が冷ますのも容易と計算しているところが、どこぞの最年長者を彷彿とさせる。
「反論しなかったんじゃなくて、反論しようと考えてたらお前がとっとと会話終了させたんだろ」
苦々しげに中間が武闘派のカタをもつ。この3人での会話になると、自然調整役をこなすことになるのだが、今回ばかりは末の言い分にこちらも納得がいかなかったらしい。
「第一、お前自身だって納得してないくせに。ヤなんでしょ。全部あの人のところに矛先がいくの。なのに、お前が通達してきた、あの人提案の今後の展望にそっちゃえば、今擁護にまわってる人たちだって、あの人非難することになりかねない。――ぶっちゃけ、もうたくさんなんだよね。いろんな人の思惑に振り回されるの。オレの話を聞けーってカーテンコール後に叫んでやろうかと考えるくらい」
「あ、それいいね。オレもどっかのロケでやりたい。日帰りロケとかでさ」
いくぶんキレ気味の中間に便乗して、武闘派がたいへん機嫌よさげに夢想する。そんな二人を交互に見やり、いちばん暴走していいはずの年下の自分を、抑えに回らせる最年長者に内心恨み言を言いつつ、末子は深いため息をついた。
「だからそうやって好き勝手動いたら、せっかく引いてる導火線が混線してトンデモなことになるっての。そこは信用していいんじゃない? あの職人気質がせっせと段取り組んでるんだからさ。夏まではじっとしといてやろうよ」
すると夏まではという言葉にひっかかったらしく、案の定中間の方が片眉をあげて食いついた。
「期間限定なんだ。しかも秋じゃなく」
「秋まで待ってたらそれこそあの人の思うツボだからね。あとはスイッチ押すだけ、てとこで動こうと思ってる」
ふうん、と興味深げに武闘派も末子をあらためて見やる。面倒くさげに末子は二人とは視線を合わせず、畳の目を数えるようなうつむき加減で自らの真意をぼそぼそと続けた。
「導火線を引くとこまでは、できると思ってる。というか、あの人に敵う技量の持ち主はいないと思う。でも、最後のさいご、スイッチを押す瞬間、あの人がためらう可能性をオレは否定できない」
くだされた、冷徹な評価に、二人とも異を唱えなかった。
解りきっていることだった。最年長者が傾ける、グループへの情は、少し常軌を逸している。母親の、我が子への盲愛に通じるものがある。これまで、精魂込めて築き上げ、何より大切にしてきた枠組みだ。それを瓦解させる一手を、ためらうことは十二分に考えられた。
「だから、最後のさいご、あの人の手からスイッチかっさらって、オレが押す。そこだけは、あの人の思惑に乗らない」
グループ瓦解の非難も誹謗も、すべてその身に引き受けると。
うつむき加減で見えにくい表情からも、声音からも、名乗りを上げた末子の感情は伝わってこなかった。
どちらかと言えば、最年長者同様、枠組みに一方ならない思い入れをもつはずの末子だった。幼いと言っていい頃から、その枠組みの中で息をし、自由に動き回って成長してきたのだ。断言するほどに、平常心で事に立ち向かうことはできないはずだった。
それでも。
やると。もう、これ以上最年長者ばかりに身を削らせまいと。
弱ってはいても、それでも、痛みを飲み込んで唇を引き結び、じっと耐えている。全てを預けて楽になろうとしない末の子どもが、いじましかった。
「じゃあさぁ」
不意にいかにものんきに武闘派が口を開いた。
「仕方ないから、それまで待ってやるよ。ヤだけど。ほんっと、めんどくせーけど。お前に免じて、殺っちゃうのはそれまでお預けでも我慢する」
けどなぁ、と武闘派は続けた。
「それオレも混ぜろよ。つーかやる。決定な。どうせ生だろ。あの。なら呼べ。てかオレ呼んだ時にやろうぜ」
「ええー。ちょっと待ってよ。何二人して楽しいこと企んでるの。そういえばとんとお声かからなくなったけど、まだあのツキイチ企画生きてるよね。ならオレも一枚かんでも不自然じゃないよね」
あわてて乗り遅れまいと中間が足を挟み込んでくる。二人の言をきいて、末子はのろのろと顔を上げると、苦く笑った。
「あの人悲しませるのはオレ一人で十分じゃない? 二人はさ、あの人のためにちゃんといい子でいてあげなよ」
今さら、と中間は末子の諫言を鼻であしらった。
「いい子だったことなんかないよ。好き勝手やって、でもあの人は絶対に見捨てない。仕方ないって結局全部許してくれる。今回だって、きっと3人まとめて嘆かれて泣かれて終わりだと思うね」
あ、思う思う、すげー、ありそー、と気楽な武闘派の相槌に、諫言をいちおうは呈し、自分の役は果たしたと、今度は大きく完遂の息をついて、末はしっかりと顔をあげた。
「なら、この後、おそらくあの人に外国出張が入るまでは、指示通りでいいと思う。あの人の目が、ちょっとだけ離れたすきに、やろう」
うん、そうだね、妥当な時期かもね、と中間がうなずけば、うわ、チョーわくわくすんだけど、と武闘派もご機嫌に賛意を示す。それを、末子は目を細めて見やった。
――結局、自分たちはどんな時でもしぶとく強く、したたかに生きていけるのだなと、しみじみ痛感した。
そしてその気概こそ、最年長者と育ての母が、飽かず投げず、根気よく注いでくれた愛情で、育んでくれたものだった。
だから、今度は。
あふれんばかりにもらったそれらを、彼らのために惜しみなく使おう。自分たちは大丈夫だ。泣かせることになろうとも、決して斃れはしない。きっと帰る。
必ず戻ってみせる。
そして、いつの日にかまた集うのだ。何の憂いもなくなったところで。確実に。
身も心も満身創痍のはずなのに、不思議とわいてくる強い意志の力を感じながら、今度は夢見るように、末子はほのかに微笑って目を閉じた。

 

おわり

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無題ドキュメント

2016年01月30日 | fanfic

ここでいい、とせっかくの申し出を断って、頭上に映される画像を見上げた。
ちいさなモニター。カーナビよりややまし程度の大きさで、確かに、今年の最後がこれでは、あまりにお粗末かもしれない。
画面の中では、今夏、彼らと共に赴いた街の人たちが、彼らと温かなやりとりをしている。小窓から向けられるやさしい表情が惜しくて、少しだけ申し出を断ったことを後悔した。
会場の片隅、おそらく、誰にも知られず、彼らを見ることができるようにと設えられた、ちいさなスペース。そこで実際の彼らを見てはどうかと密やかに提案された。局側の精一杯の厚意だ。憚りながらも、それでも、こうして確かに返される今までの積み重ねが存在する。
時間は、裏切らない。表だって味方してくれる者がいない、四面楚歌の現状だが、だからといって四方八方から攻められているわけではない。逃げ道や援護はできなくても、攻勢に同調しない姿勢でいてくれる。それだけでもありがたい。
思い返せば、ここの局では駆け回った思い出しかない。
若干25にして、今見ている番組の司会を任された長子は、当日とんでもない高熱で、それでも最後までしっかりやり遂げた。末子に一年がかりの大仕事が入った時は、彼と共にさんざんのたうち回った。他にも、数え上げたらきりがない。
モニターの小窓から彼らが消える。移動したのだろう。今夏を思い起こさせるような、街の人たちの映像に、ゆるやかなナレーションが入り、そのまま静かな流れで楽曲のはじまりが奏でられる。
今までの華やぎが嘘であるかのような、静謐な空間。そこへ、たった一つ配置されたカメラ。極力おさえられた明かり。一所に押し固まって、彼らは今年の歌いおさめをする。
自然、唇の端が上がった。おそらく、他の者が見たら、呆れるほどに明確な、勝ち誇りの笑みだったろう。負け犬の烙印を押され追われる、惨敗者が浮かべるものではない。
だが、見るがいい。
派手やかな舞台セットも、絢爛な照明装置も奪い取られてなお。
見るがいい。
いっさいの飾りを排除したことが、かえって彼らのきらめきを際立たせている。皮肉なものだ。
どんなに着飾っても、過剰に演出しても、実を伴わない虚飾は、道化じみていて滑稽なだけだ。彼らの前では、すべてが色あせる。
圧倒的なまでの存在感。一瞬にして、場の空気を従える、覇王のオーラ。本物だけがもちうる、真実の輝き。
一条の光が、場を埋め尽くす。塗り替える。
知らず、拳を握った。
確信した。
おそらく自分が去ったあと、彼らの境遇は辛酸を極めるものとなるだろう。人間としての最低限の礼節もわきまえない輩を相手に、これまで共に暗闘してきた長子は、特に苦境に立たされることになるだろう。
だが、絶望することはない。
ひととき、不利な状況に陥っても、屈辱的な目にあわされることになっても、彼らから、誰も何も奪えない。王なのだ彼らは。無体にその座から引きずり降ろされようと、万人が認めうる王者は、唯一彼らのみ。
それが確信できた映像だった。
大丈夫だ。自分がいずとも、愛し子たちは、決して声なきままに抹消されることなどない。世間という後見は絶大だ。非道で愚かな向こう側も国民すべてを敵に回して勝てるはずもない。
自分は、その様を、こうして画面ごしに見られればいい。
ゆっくりと踵を返す。司会者の、表裏ない讃辞がこだまする。こうして、また、彼らは支援の手を増やしていく。
局側に簡単なあいさつだけをして帰ろう。十分なものを見せてもらった。今年最後に最高のギフトをいただいた。
こつりと一歩を踏み出して、ほのかに笑む。
どうか。
どうか幸せに。
かわいいかわいい、愛しい子どもたち。
わたしの、最高のたからもの。


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2015年07月28日 | fanfic

お久しぶりのモウソウです。にじぅななじかん、末がずっと見てたらしいので、その辺りでちょいと。病み上がりの御大が、無策で長丁場に臨むわけがなかろうと。で、こんなのできました。虚構です。くどいようですが。


つい立ち止まってしまったのは、見慣れた後姿が、ドアの向こうにするりと吸い込まれていくのを目にしたからだ。

時間は深夜というより未明と表すのが相応しい時間帯だった。
局をあげての一大イベント真っ最中のため、社屋全体がざわめいているものの、それでもさすがに時間帯からか、開始当初の阿鼻叫喚怒号入り乱れる様相は収まっている。時折駆け足のスタッフとすれ違う程度で、辺りは内緒話ができそうなくらい静かだった。
と、急に立ち止まんないでよ、とすぐ背後から、非難めいた口調の割にはのんびりと間延びした声で、前進を促されて、我に返る。そして再び歩き始めた。首だけはそのドアに向けて固定したまま。
一瞬、幻が見えた心もちのせいで、ついつい現実から乖離していきかけた。何だか幽霊や宇宙人レベルの遭遇だったので、黙殺してもよかったのだが、幸か不幸か、後ろから続いてきている人物は、自分の突拍子もない発言にとてつもなく高い免疫をもっていた。そこで安心してトンデモ発言をする気になった。
「やー、疲れてんのかな。何か目にするはずのないヤツが調整室入ってくの見かけた」
誰、と問われたので、素直に見たまま自分のところの最年少の名前をあげる。
黒っぽいシャープなシルエットの上衣につつまれた、骨格のしっかりした大きな背中は、紛れもなく彼のものだった。ただしそれは日付の変わる数時間前ならありえたことだが、今この時間にはありえないことだ。奴は別局で生番組の放映が待ち構えていて、自分たちの中で一番先にここを離れたはずだった。

だが、背後の存在はあっさりとその考えを否定した。
「え、あり得るでしょ。てか当然じゃないの。もうアッチ終わって随分経つし」
いかにも訳知り顔でしれっと言い放たれて、しばし愕然とした。
自分たちのグループは四半世紀を超す芸歴ゆえか、今やいい意味で大雑把で、頭脳役の人以外は案外出たとこ任せというかその場での臨機応変な対応を得意としていて、事前情報を必要としない場合がわりかし頻繁にある。それなのに当然のように自分の知らない事情が出回って共通理解されていたとしたら、さすがにのんき者の自分でも焦るというものだ。

すると何を、言わんばかりの表情で、背後の人物は諭すように指摘してきた。
「あの人が術後間もなくて、まだ頻繁に検診行ってる状態でこんな長丁場仕切るんだよ。あいつがほっといて帰るわけないじゃん」
言われて思い当った。いや、というかそこに思い至らなかった自分を少なからず反省した。
くだんの人物が不調を感じさせない、いつも通りの調子なので失念していたが、いま現在この一大イベントを実質仕切っている自分のところの最年長者は、つい先日、軽いとはいえ医療機関でれっきとした手術を受けた人だった。そして3週間だったかの安静を相場とされたところを、どこどう値切ったのか5日間にまけさせた仕事中毒者でもある。納得した。

本調子でないあの人が、次善策を用意してないわけがないし、だとしたら交代要員として末っ子がそばに控えているのも当然と言えば当然だった。
タイムテーブルを思い起こす。そうだった。はじめから違和感はあったのだ。自分ほどではないにしろ、他の仲間にはそこそこ出番が用意されていたのに、末子だけは終わり間際まで出番がなかった。いちばん使い勝手がいいだろうに、敢えてもってこないのは、先ほど終わった生番組のせいかと思っていたのだが。
もしかして、実は予想以上に深刻だったりするのだろうか、最年長者の術後経過は。
懸念を口にして振り向くと、背後の、上から3番目は、少し考えるように首をかしげて、たぶんだけど、と前置きして答えてくれた。
「そう悲観するほどのことじゃないと思う。変だけど、深刻ならいっそあの人無茶し倒すか、アイツに徹底秘匿かけそうじゃない?」
確かに。気配りの権化のくせに、自分たちに対しては、その気配りが変な方向に歪んでいる最年長者なので、どこがどうなってそう結論づけたのか皆目見当つかないが、手術に関しても終わって退院するまでこちらは蚊帳の外に置かれた。大事に至らないからというが、手術は手術だ。リスクを考えたら真っ先に自分たちに告げるのが妥当だ。なのにあろうことか最年長者、自分たちどころかマネージャーにすら正確に伝えず、土壇場になって管理側にだけ最低限の連絡を入れて終わらせたという暴挙をやらかした。
そういえばあの時は、最年少があからさまに怒り狂っていた。珍しくも。
対最年長者に関しては、微妙に秘密主義なくせに、あのときばかりは腹に据えかねたのだろう。嫌味の波状攻撃で、はっきり言って聞いてるこちらがはらはらしたものだ。
と、これには背後の3番目から軽い否定が入った。
「や、あれは知ってたでしょう。事前に。じゃないと説明がつかないとこが出るし」
3番目曰く、今回の長丁場については、かなり早い段階で二人の間で共謀がなされたらしい。くだんの減量タイアップを足がかりに、はじめから。
経過が思わしくなかった場合の最年少者による代理進行すら想定しての、長く周到な筋書きとして。
ということは、あの怒り心頭の様子すら、身近な者へのポーズで、おそらく判明直後くらいから、最年長者は最年少へ今回の件を打診していたということで。
「……今さら、俺らが後回しにされた、って思うとか、気遣わなくてもいいと思うんだけど」
「それを考えちゃうのがあの人なんじゃない」
嘆息交じりのぼやきに、いつの間にか並行していた3番目が苦笑する。
もう今さらで、最年少が、名実ともに最年長と二人、グループの屋台骨であることは周囲からはとっくに受け入れられているし、自分たちも納得している。なのに頑なに最年長者は横一列並びを強調したがるし最年少はそれで是としている。
「あいつよくそれでよしとしてるよねぇ。俺だったら不満もつ」
「それはお前がまだ『演出される側』思考だからだよ。あいつは既にあの人とおんなじ『俺らを演出する側』の思考ももってるから、突出することでバランスが崩れるのを望まない。自分が抑えることで保たれるなら自分が空気になるのもいとわない」
適性、と言われればそれまでだが、すでに立ち位置からして違うのだと指摘されて少しばかりへこむ。無論、とって代わりたいなどと冗談でも言えないが、ただ一人それを望まれ期待に応えて見せた最年少が羨ましくないと言えば嘘になる。
調整室に消えた背中は、おそらくこのまま、番組終盤の自分の出番になるまで、あそこから注意深く最年長者の動向をうかがうのだろう。交代か否か、ギリギリのラインを目測して。
もしもの時は最年長者がもっとも望む形でごく自然にすげ代わって。
不意に滅私奉公という単語が浮かんだ。自分を押し込めてただ尽くす、という行為に武家の習いが重なった。
だとしたら主君は最年長で忠臣が最年少という役どころか。
と、この例えは3番目に一笑に伏された。
「確かに、そういうとこもあるけど、俺なんかはどっちかっていうと無茶するやんちゃ坊主と心配性の過保護ママの図が浮かぶんだけど」
それもまたありな例えだ。思わず吹き出す。
要はあの二人は、自分たちですらがやっかまずにはいられないような二人だけの絆があって、でもそれは自分たちグループありきなのだということだ。つくづく、めんどくさい。いや、あの二人がだ。
とりあえず自分にできることは、これから帰ってちゃんと休養を取り、明日の午後に向けて万全の調子で臨むことか。あの二人の要らぬ心配事の種を増やさないように。末子が奮闘中の最年長者のことだけ案じていられるように。
思惑が伝わったのか、横を見やると3番目が、帰ろうか、とふんわり笑みを浮かべて歩調を早めたので、同様のものを返して自分も帰路を急ぐ。あと十何時間。
願わくば最年長者が何事もなく、最年少のはりつきが徒労に終わることを願って。
また、明日。

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2014年09月07日 | fanfic

にじぅななじかんごを想定して。いえ、末子単独構成と分かって今さらなのですが。つーか今さらだからこそ堂々とモウソウ。ハハコです。ちょろっと最後がアレなだけで。


細かい、と言われたのだそうだ。
「そうだねぇ」
曖昧に相槌をうっておいて、考え込む。即答しようかとも思ったのだが、せっかくの二人きりなので、ちょっと構ってみたくなった。ここのところのスケジュールがお馴染みこれでもかとばかりにくっついているので、ガードはゆるゆるだ。そして彼から寄ってきた分には、あのウルサイやきもちやきも妨害できないだろうとふんだ。ざまぁみろ。
これが下から二番目だったなら「そうだよキミこまけぇーって!」で一刀両断ハイ会話終了だろうが、自分にもちかけてくれたことに意味がある。
「曲のツナギ指定とか細かいって文句言われた。しかもけっこうな人数に」
ああ、と思い当たる。そういえば、くだんの局総力番組打ち上げの時に、何人かがこの人を取り巻いてブーイングくらわしていた。いやまぁ、あれはブーイングというより正しくはアピールなのだろうが。
ホメテホメテ、オレタチガンバッタデショ、タクサンホメテ、という。いいトシをした野郎どもが、うすら寒いことに。
チーム「ノンストップライブ」の面々が、どの部署より今回一番一緒にいる時間が長かった。だから仕方ない。つまりはガサっとオちたわけだ。この人の仕事人ぶりに。
「まあ、ねぇ」
以前はカワイコちゃん風味で、周りのオッサンどもをことごとくタラシてきたわけだが、近年は対象年齢の変遷に伴い、手口を変えてきた。冷徹かつ的確な仕事への姿勢と、その成果の凄まじさを目の当たりにし、若い奴らはおもしろいように次々と籠絡されていった。「アニキに惚れやした一生ついて行きますゼ」的なそのノリは、もう何か別世界だ。
そんでもってこのアニキの古参の舎弟、もとい直々の弟子にあたる自分たちとしては、新参の者たちがあまりに容易くこの人に傾倒していくのも、またそれをこの人自身が鷹揚に許しているのも、当然面白くないわけで。
「もう俺らは慣れっこだけど、他の人にしてみれば何でそこまで、って思うんじゃない? 多分、今まで経験したことのない一日半だったろうし」
職人気質のこの人が、細部にわたってこだわり抜いた総力番組だ。おそらくは従来のそれに毛の生えたもの程度を想定していた輩には、ハイキング気分がエベレスト登頂に変わったくらいの衝撃だったろう。
そして当日を思い起こしてまた改めて戦慄する。本当に。死ななくてよかった。
3時間前後のツアーライブ構成でも、微に入り細にわたり、徹底的に考え抜いて演出し尽くす人だったから、その9倍にあたる量を、しかも規模まで数十倍にして作りこむなんて、ちょっと常軌を逸した仕業だ。しかもそれをやり遂げ、あまつさえそこでメインをはってしまうとくれば、もはや称賛や尊敬の前に畏怖すら覚える。
最後の最後で本人曰く「ブザマ」な姿をさらしたが、あれがなければちょっと真剣にこの人の人外説を検討してしまったかもしれない。
「でも、その細かさがあってこその、あの成果なんでしょ。それが分かっているからこそのスタッフたちからの愛あるブーイングなんだろうし」
分かっているくせに、とダメ押しすると、まんざらでもない表情を見せた。相思相愛のようだ。ああ、これでまた確実に、あの局でこの人のシンパが増えていく。他局でも着々と増殖中だというのに。
自分たちにかかりきりだった以前とは大違い、ここのところの10年、自分ところの最年長者であるこの人は徹底して自分たちをつき放した。その分個の仕事、局の看板、おまけにカイシャの経営指針にまで携わり、決して自身がヒマを持て余していたわけではないのだが、気が付いたら最年長者の周囲にはシャレにならない量の自分たち以外の「養い子」が出現していた。
幸い、何を契機にか再びこちらを振り向いて、頻繁にかまってくれるようになったし、自分たちがいちばん大事と明言してくれているが、そのすぐそばでこの人の服の裾をつまんで、隙あらばヨソ見させようと、ヤツらは鵜の目鷹の目だ。
だから、ちゃんと牽制しておく必要がある。そしてそれは多分、自分か下から二番目の役目だった。あとの二人では意地が邪魔して間違っても素直に口に出せないだろう。でもこれは、4人すべての紛れもない本音だ。
少しだけ前かがみになり、はす向かいに座る人の顔を覗き込むようにして告げる。眼鏡の奥の視線をちゃんととらえて。
「けどね。たまの浮気もほどほどにしておいてよね」
「あ?」
「若い子って、いいんでしょ。でも、実の子のことも忘れないでね。ちゃんと戻ってきてね」
何言ってんのお前、と恍けたフリをしているが、目が一瞬泳いだのを見逃さなかった。よかった。伝わった。
にんまりする。
こっち見て、かまってかまって。ホメテホメテ。大好きって言って。
今も変わらず「それ」は自分たちの中に明確にある欲求だ。もう刷り込みだった。
いきなり6人ひとからげで大海に投げ出され、この人の言葉と眼差しだけを頼りに、大波も嵐も越えてきた。
だから、これまでもこれからも。新生しようが変わらずずっと。
いつまでもいつまでも自分たちの「リーダー」でいてほしい。他にどんな肩書が付随してきても、最後の最後、本当に大切な時は自分たちだけのこの人でいてほしい。
まあ、そのためには、後からわいて出たスタッフ後輩その他もろもろなんぞ、足元にも及ばない成果を、これからも出し続けていけばいいわけだが。
――と。
「ちょっとそこのヒト、何でここが2クロスんなってんのさ!」
いきなり。それはもう唐突に。
その場に満ちていたくすぐったい、生温かい空気を蹴散らす勢いで乱入してきた奴がいた。進行表片手に、明らかにもう何日もロクに寝てない血走った眼をした自分とこの末子だった。
そこでようやくここが一月後に迫ったコンサートツアーのけいこ場、その控室だったことを思い起こす。
先ほどのあまさの余韻など微塵も感じさせず、傍らの最年長者は実に淡々と現実に戻って聞き返した。
「あ? どこ」
「例のとっかかり。昨日確認したよね。ここはやっぱいったん止めて、そんでバーンていこうって」
「いやソレ変わる前の話だろ。最終的には戻して、コーダーとイントロ2個クロスつって落ち着いたんじゃんか」
ええええ、でもそれだとターン間に合わないつったんじゃなかったっけ、いやいっそダダーンでこっち、とたちまちのうちに二人して別次元に突入してしまったのを眺めながら、やれやれと肩を落とす。
まあ、アレだ。たとえこの人が頻々に他出をしても、こうしてしっかり留守を守る一番弟子がいるものだから、この人も安心してヨソのグループにかまったり、局内でせっせと暗躍したりできるのだろう。困ったものだが厳然たる事実だ。
しかし、こうして留守を預かる末子が、それを是として了承しているうちは、かえって安心なのかもしれない。
何とはなれば、本人曰く「オレ以上の理解者はいない」のだそうだから。
この人という複雑怪奇な人間の思考回路を理解し、あまつさえ同じレベルまでのし上がってこうして対等にやりとりできるニンゲンがここにいるのだから、確かに最年長者もヨソで文句を言われたって気にはなるまい。
きっと末子は彼のヨソ見が度を越せば、力技でも姑息な手でも何でも用いて強引にこちらを振り向かせるのだろう。そしてそれが可能だった。誰よりも手と目をかけて育ててもらった特権だ。
多分にやっかみもこめつつ、相変わらず別次元で会話している二人を眺めながら、まあでもよその子にとられるよりいいか、とけっこう打算的に考えた夏の昼下がりだった。

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2014年03月03日 | fanfic

――さん、と急かされるように呼ばれるのは、お馴染みのパターンだ。
土曜深夜、生番組の枠。もう十年以上繰り返している、オープニングの「外」撮影。それでもこうして、習い性のように、夜空を見上げて思いをはせる。白く立ち上る息を見つめて、遠い空を思う。
日々の大半は、仕事に忙殺されて、スタジオにこもってしまっている人だが、ごくたまにドラマの撮影で東京を離れたり、あるいは今回のように局の看板を背負って海外に行ったりすることもある。
そういうときは、時間を気にしつつも、やはり束の間夜空に心を預けてしまう。
元気でいるだろうか、と。寒いところで風邪などこじらせていないだろうか、と。
とにかく食に対して頑なな人なので、慣れた食べ物が見当たらないと、途端に食に対しての関心を失ってしまうのが困りものだった。しかも今回は、一昨年の欧州中心部と違い、リゾート地とはいえども極寒の地だ。せめて宿泊所が、前回冬季のようにトンデモでなければいいのだが。
再度の控えめな催促に、ようやく屋内へと歩み出しつつ、細く息を吐く。
肝心の相手は、こちらの懸念や危惧など、どこふく風で、メールひとつよこさない。十年も前からしつこく言い続けたが、いっこうに改善が見られないので、とうとうこちらが折れた。ひとまずは、公式同様、無関心を装っている。けれど、その実、今も昔も変わらずに、画面に映る元気はつらつな笑顔の裏側に、不調を隠していやしないかと、帰ってくるまで心配しどおしだった。
「さて、今夜の――」
笑顔でサブのキャスターが、今夜の放映内容を紹介する。その傍らに当然のようにすべりこんで、完全にもの思いを中断する。その辺りは万全だ。
オン・オフの切り替えは、そのまま異国の空の下の彼と手を携えてきた時間でもあった。




深夜の生放送を無事に終え、その後雑誌の取材をひとつこなして帰途についたのは、俗にいう丑三つ時だった。とはいえ、週末である。交通量はやや落ちるものの、深閑、と表現するにはいささかにぎやかすぎる道を、淡々と車は進んでいく。
目を閉じて、振動に身を委ねていると、不意に重力がかかってマネージャーの運転する車は停車した。到着の旨を告げられて、目を開けると、そこは自宅ではなくて、見知った共有住居だった。
「……」
そういえば、こちらに置きっぱなしにしていた服を取りに行くと、今朝がた告げたのだった。あの時は何気なしに口にしたものの、今の心理状態で、無人のあの一室に赴くのは、少なからず気力が要る。
それでもまさか、やっぱりやめたとはさすがに言えず、二言、三言交わして車を降りる。明朝もここに迎えに来ると告げられ、了承してエントランスに歩を進めた。
――本当は、このまま回れ右をして自宅に帰りたい。
近くにいないことを実感させられて、つらい。
けれど、何がしかの気配が残っているかもしれないのも事実で、それに縋りつきたい自分がいるのも無視できない事実だった。
エレベーターに乗り込んで、慣れ親しんだ作業で目指す階を指定する。上からかかる、軽い圧に身を任せながら天を仰ぐ。そこに彼につながる空はない。無機質な照明が、四角い箱の中を無表情に照らし出すだけだ。
じんわりと自己嫌悪に身を浸す。
同じ、東京の空の下にいるのであれば、何日会えなくても、画面で姿を確認できなくても、我慢できる。最終的には、どんな無茶をしても、会える確信があるからだ。先年の、あの災害のような時でも、彼は真っ先に自分たちと連絡を取ってくれた。
なのに、物理的に引き離された距離が、わけもなく不安を喚起する。
大事な人が、不測の事態で、手の届かないところに行ってしまいそうで、もの凄く怖い。
埒もない迷妄と分かっていつつも、いつもいつも、こうして遠く離れるたびに、愚かな怯懦が身内を苛む。普段はけっしてそんな謂れのないものにとらわれることなどないのに、彼の不在に限っては、自分はどこまでも愚かになる。
分かっている。
指し示す光が遠くなるからだ。あの人なしでは、自分は一歩も進めない。行く手は見えても、足は動かない。その気がおきない。
モチベーションが彼ありきなのが異常なことだと理解していも、どうにもならない。
彼がいるからこその「現実(いま)」。
「っ――」
暗い思いにとらわれるうちに、エレベーターはめあての階に辿り着く。いきなり開いた扉に我に返り、一歩を踏み出す。惰性じみた一連の作業で開錠し、無人の暗闇に滑り込んだ。
センサーが反応し、照明が白々と玄関とそれに続く短い廊下を照らし出すが、そこには見事に生活感がなく、重い足取りをなおさら鈍らせた。
やはり、来なければよかった。
不在を、まざまざと思い知らされて悲しみにふさがれる。いい歳をして、と当人には鼻で笑われるか呆れられるかするだろうが、こればかりは年齢など関係なかった。どんなに年月を経ても、彼に、唯一人の伴侶と選んでもらっても、あの人への執着は衰えることがない。むしろ、内にこもって、長いこと醸されて、自分でも苦笑するしかない様相だ。
のろのろと、ゆっくりと靴を脱ぎ、細い短い廊下を、できるだけ時間をかけて歩く。リビングでまた失望を重ねるだろうからこそ、少しでもダメージを軽減するために、何もないまっさらな部屋を思い描いて足を運ぶ。
「――」
なのに。
違った。
無人のままの、まっさらな部屋に、たった一つ。
少しぺしゃんこにつぶれた、おそらくあと幾本も残っていない、使いかけの煙草の箱。ぽつんと、座卓の上に置き去りにされて。
とびつくようにその前に座り込んで苦笑する。うっかりとか、わざとか。たぶん、八割で後者だ。
残りは二本。こんな中途半端に。二回くらいは、甘えてもいいというところか。
おもむろに、キッチンの隅にしまわれていた灰皿を取り出してくる。そしてその縁に、火を点けて煙草を置いた。吸ってしまうより、少しでもこうして長く香りをとどめておきたかった。
何をするでもなく、その場に膝を抱えてうずくまり、膝頭に額をつけて目を閉じる。懐かしい香り。馴染んだ苦味。彼の匂い。
「……ゃ、く――」
言葉は、かみしめた歯の奥で溶けて消えた。なけなしの意地だ。せめて言葉にはするまい。親を待つ、幼い子どものような、心のままの本音なんか。
ゆっくりと立ち上る紫煙に、ささやかにあやされて、はるか異国の空の下の人への思慕を、ひっそりと内に飲み込む。
静かなしずかな、週末の朝まだき。



おわり



鬱ってる末子です。そういうの久しぶりでなんだか新鮮。デキる甲斐性ありまくりばかりここんとこ書いてたので、久しぶりに甘ったれな末子を書けて、私個人としてはたいそう悦に入ってます。
えーと、ずいぶん日が経ってから書いたので、その土曜夜の状況とか、ソチ入りした御大の様子とか、うろ覚えです。もしかしたら土曜夜生なかったか? …まあ、なかったとしても「ほら」ですので。いつもと同じくご寛恕を。

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2013年05月05日 | fanfic

ようやっとAへら読みましたー。どのおヒトのお話にもうむうむと。普段あんまインタ記事に関心ない人なんですが、今回は末の言葉ににまにましてしまったので。ああヤマイ…。いえ、アタシが以前の思惑をもとに勝手にこう考えたてだけです。ご容赦。要はいつものモウソウです。


前室にいってみると、いるのは末子だけだった。
正確に言うと、半死半生の末子だけだった。くだんのドラマの撮影が佳境らしく、どこぞで名曲をもじった「壊れかけの云々」なぞと称していたらしいが、まさにそれが相応しいような態で、前室のソファにうずもれている。眠ればいいのに目が半分あいていて、ファンがこれ見たら泣くぞと言う惨状だ。
しかし自分にとっては、末子は末子以外の何ものでもなく、さわやかアイドル笑顔をふりまいていようがブサイクに浮腫んでいようがまったく無問題だ。
そしてどちらかというと今の話題を口にするのは、こうして思考能力も限界を迎えているくたびれ具合がちょうどいい。けむに巻かれたり皮肉でかわされたりされる可能性が少なくなる。
そこで早速意識あんのかオイの状態の相手の横を陣取って、うきうきと話を振ってみた。
「ね、アレ読んだ?」
「……ぇー、あれってー」
かろうじて会話能力は残っているらしい。なおよろしい。話せなければ楽しくない。
しかし思考力は著しく低下しているらしいので、先日ここで五人まとめてインタビューと撮影を受けた雑誌名をあげる。
「……ああ。あれねぇー」
雑誌名で向こうも思い当ったらしい。経済誌というのは確かに珍しかった。こいつの、関心ごと以外には激薄の海馬にも、なんとか残っていたらしい。
「結構落ち着いた、いい感じで書かれてたよねー。仕事できる大人の男仕様で。経済誌だとああなるのかなー。ちょっと嬉しくない?」
うんとかそうだねぇとか曖昧な相槌が返ってくる。理想的だ。ここで皮肉の一つも言えない末子というのは、ある意味稀少だ。この一見素直だが、最年長者の薫陶をよろしく受けた末子は、まぜっ返すことを長兄同様本能にしているようなところがある。
「でさ、率直に訊くけど、なんでお前ああなワケ? 嬉しくなかったの。戻ってきてくれて」
「……会話する気ある?」
のろのろとしかし案外に冷静なツッコミ入れられてむっとする。自分の相手置いてけぼり会話は、自他ともに認める悪癖なので、出ないよう出ないよう気を付けているが、やはり気安い仲間内だと格段に頻発する。またそれを諦念からか鷹揚に受け止めてくれるのも仲間のありがたいところだ。
しかし現在半分だけしか生きていない末子に、その思いやりを求めるのはさすがに気が退けたので、むっとしながらも言い直した。
「お前のインタビューの内容がヘンて言ってるの。去年のライブ構成、一緒に考えられてすんごく嬉しそうだったくせに。何かあれ見ると全部自分でしたかった、て言ってるように読めたよ」
というのはまあ大げさで、こいつのあのインタを、そんな独立心の表れととったのは、思い切りうがった見方をした自分くらいのものなのだろう。せいぜいが、己が未熟を真摯に受け止めるグループの成長株くらいで。
けれど相手には言わんとしたことが伝わったらしい。眠ってたというか死んでいた半眼をふにゃんとつぶって、ぬいぐるみみたいなやわらかい表情になって笑った。
「そうかもねぇー」
「だからどうして? あんだけ各方面で一緒にできて嬉しいうれしい言いまくってたくせに」
「うれしかったよぉ」
「ならまた一緒にやればいいじゃん」
「やりたいよぉ」
少し間伸びたやわらかい声音は、眠たげというより幸せそうで、紛れもない彼の本音だろう。極限までくたびれているせいか、なんだか小さい子みたいに素直になっている。
「やりたいよー。すごく楽しかったしねぇ。世界が繋がる感覚、分かる?」
「あ?」
「あんねぇ、あの人は、チューナーなのよ」
寝言じみた相手の問わず語りは正直意味不明だったが、寝言に返事をするとその人死ぬとかいう変な迷信を思い出してしまい、とりあえず静聴することにした。
「前も、あったんだけどねぇ。あの人が間に入るのと入らないのとでは、もう格段に違うの。なんかマジックとかそんなレベルで、オレと世界がきちんとクリアにつながるの。雑音全部どっかいっちゃうの。あれってすげぇよねぇ」
「……」
天才肌のこいつの考えは、時折確かに伝わりづらい。それは長年一緒にいる自分たちですら感じることだ。けれどまるきり伝わらないというわけではない。事実ここ数年の末子単独の構成実績は確かなものだし、以前と違って慎重かつ冷静な、それこそ長兄譲りの計算高さを思い切り見せつけてきたのは他ならぬ末子だ。
けれど。
そこでふと疑問をもった。
確かなものと評価されているこれまでの実績すら、末子の「やりたいこと」の出力的には物足りないものだったのだろうか。
そう考えたらちょっと戦慄した。
確かに前年のツアーの成果は桁違いで、評判や動員人数からして近年の中では抜きんでている。だがそれは御大である長兄がブレインに加わったからで、功績は半々と思っていたのだが。
けれど、もし。
もしも、あれが末子がやりたかった「全部」で、向こうはただその演出の仲介を手伝っただけなのだとしたら。
文字通り肌が粟立った。
つまりはそれは、紛れもなく末子が最年長者と同等の位置まで這い上がっている証左で、そしてそんなバケモノみたいな人物を、二人も自分たちのグループは抱え込んでいるわけだ。
でも、そうやってそそけ立ったら、なんとなくあの記事がすとんと腑に落ちた。
実は、自分はジャンルの物珍しさに、仕上がりを割合楽しみにしていたクチだった。なので、謹呈本が届き次第即行一読したのだが、ざっと読んだだけでもちょっと異色な感じがした。
はっきり言ってしまえば、掲載した順番的に読んでいくと、違和感があったのだ。
確かに、どの仲間のそれも、独自の考えを交えた、理性と親愛の詰まった、落ち着いた大人のインタビューだった。
できる大人そのままの最年長者の記事から始まって、破綻なく仕上がっていた。
けれど、どうにも違和感がぬぐえなかった。
それは、やはり最後に乗っていたこの末子の言葉が、誰よりも「柱」を感じさせるものだったからだ。
少なくともあれは、年齢順に載っけた、末っ子というお気楽な立ち位置の人間が口にする言葉ではない。内容的に言ったら上から二番目が天然にお花を咲かせていた、あんな感じで十分なはずだった。
けれど、あのツアーの構成を単独で考えてしまえるのなら、それができてしまうのなら。
それは――言えるのだろう。
もはや、暗躍せずとも、堂々と。
長兄と共に、自分がグループの屋台骨であることを標榜してなんら不足はない。
それはまさしく「交代」だった。
などと自分的に結構たいへんな感慨をもってしみじみしていたのに、そんなことはまったく頓着せずに、当の恐るべき末子は、相変わらず寝言じみた不明瞭な言葉で続けた。
「でもねぇ。ほんとはだめだったのよ。やっちゃいけなかったの」
「……何を」
ついつい好奇心に負けて尋ね返してしまう。だがこれで死んでも他殺なんだろうか。
すると、ややあって間伸びた返答があった。どうやら寝てはいなかったらしい。よかった。
「ドラマにー、特番。おまけにごりんまでついてきてさぁ。ほんとは絶対ふっちゃいけない人のとこにさらに曲まで作らせたわけよ。そんななのに、調整までしてもらったら、だめでしょう」
「……」
末子の言わんとしたことは分かったので、今度は素直に沈黙した。確かに。あの時期の最年長者のスケジュールはもはや殺人的を超越していた。はてクローンが何人いたんだっけかと自分ですらが疑うくらいの非常識レベルだった。
そんな彼を、仲間としてだけでなく唯一無二の存在として大事に思っている末子にしてみれば、確かに嬉しいけれども同じくらい切なかったろう。大崩れはしなかったけれども、細くなりように自分ですら庇護欲が疼いた。
「だからぁ、もちょっと、経験値をね、あげたいのよ」
寝言は依然続いていた。
「もう少し、負担軽くできるように。せめて、ガイコクにまで実況送らなくて済むように。引出増やして、安心させたいわけよ」
「ああ、うん。なるほどねぇ」
そこへつながるわけかと、おそろしく遠回りした思考と会話に遠い目をしながら、最後の相槌を打った。
間もなく末子からは安らかな寝息が聞こえてきて、限界ぎりぎりで持ちこたえていた、なけなしの気力を使い果たしたらしいことを伝えてきた。スタッフが困るだろうが仕方ない。第一これくらいの居眠りでもさせてやらないとほんとに壊れそうだ。
こうまで素直になっているところを見ると、壊れかけと言うより壊れている。せめて「かけ」あたりまで戻れるように、しばしの休息はとらせてやったほうがいいだろう。
束の間の休息に入った、自分とこの屋台骨を、視界の外に押しやって嘆息する。
まあ、あれだ。
これが、歳月というものなのだろう。それは、例えば無茶で意地張りで負けん気の塊だった人間をまるくしたり、寄る辺なく立ち尽くしていた自分たちにそれなりの自信と居場所を与えたりした魔法のようにミラクルなものだ。
けれど、末子には、そんなミラクルで便利なものが、すでに見えていた地点に辿り着くまでの単なる時間経過にしか過ぎなかったのかもしれない。というか最年長者と末子にとっては。
持ち前の怜悧かつ慎重な頭脳を駆使して。聡明で繊細な眼差しで正確に目測して。
どんなやりとりがあったのかや、ここに行きついたまでの紆余曲折なんかは知らない。けれど、他ならぬ最年長者が是として、末子がうなずいて、そして二人で少しずつすこしずつ荷を分かち合うようになってきたのだとしたら、さぞかし長い道のりだったろう。
でもそれでも歩いてきたのだ。過たず、ちゃんと。二人は。
「はあ。……なんか、もうねぇ」
誰にともなく狼狽える。
何だかもう、気づいてしまった、その壮大という言葉が相応しいほどの来し方に、正直どう接したらいいか分からない。何でこんなこと気づいたんだろうばかばか自分というところだ。
ミステリアスでわからないところを大切にしとけばよかった、と今さらだがつぶやいてみた、今年大台を迎える中間管理職だった。

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無題ドキュメント

2012年08月25日 | fanfic

死者累々、というのを現実で目にすることになるとは思わなかった。
それが率直な感想である。

いや予想はしていたし、そうなるべくしてなったのだろうが、それでもやはりどこかで今までの経験の蓄積に頼る気持ちがあったのかもしれない。
そう、気持ちはあったのだ。というかあり過ぎた。
久しぶりだし現状が現状だし、リハの段階でトばしちゃなんねぇと心に刻んでいたのに、目の前に広がるヒトの壁を見たら駄目だった。音が鼓膜に叩きつけられた瞬間、ぷつっと脳味噌のどこかが切れた音をきいた気がした。
気がついたら、呼吸どころか意識があやうくなりそうなくらい踊り歌い狂ってしまった自分がいた。気持ちが前のめりになってペース配分を失念したらしい。
一回目の休憩タイムは、いつもであれば、御大が汗におぼれつつもどうにか呼吸を整えるまでは、自分ともう一人が会話をまわすのだが、自分が会話に参加できなくなる日がくるとは思わなかった。
あー、寝てないってホントだめなんだぁ。
それが呼吸がおぼつかなくて一人端近でこっそり休んでいるとき痛感したことだった。過信していたつもりはなかったのだが、やはり過信していたのだろう。
いつもの通りギリギリまでのリハだった。目処がついたというかキリをつけたのが昨日というか今朝6時前で、それからも軽い打ち合わせだの見直しだのがあったので、実質体を休めることができたのは2時間弱だ。しかも高ぶるだけ高まった神経はちっとも睡魔を運んでくれず、うたたねすらできないまま本番に臨むことになってしまった。案の定道のり三分の一ですでに激ヤバになってまった。
それでもどうにか会話に復帰したのだが、今夏ヨソジを迎えた誰かさんより後、最後だったのが情けなかった。しかも次への進行までアチラにやってもらって、もう何だかなぁとたそがれたくなる醜態だ。
そこからは気をつけたのだが、ツケは当然やってきて、舞台上で足元がおぼつかなくなった時はホントどうしようかと思った。逃げる着ぐるみが目をむいてこちらをうかがっていたから、客観的にみれば非常事態寸前だったのだろう。こちとら立つのに精一杯でそれどころじゃなかったが。
終盤はもうもう、ただひたすら終演を待ち焦がれている体が情けなく恨めしかった。せっかくの初日、せっかくの夏、もっともっと盛り上がりたいと気持ちだけはあふれんばかりなのだが、もうちゃんと立ってられないとこで御大ストップが出た。初めてだ。しかも自分のせい。泣きたい。
用意していた最後のお愛想がなくなって、御大ソロからのくだりで終演となった。
箱に収まって、最後の最後まで声を届けるのが自分にできた精一杯で、そこが限界だった。座りこんだ段階で、視界がすでにあやしくて、目線をどこに合わせたらいいか分からないでいたら、膝に寄りかかってきた人の体重のかけ方でカメラが右斜めだということが分かった。うまく笑えていたらいいのだが。
すぐに客電がついて、公演終了のアナウンスが流れるのを遠く聞く。
うす暗く斜がかかってくらくら回る視界でとらえたのは、自分が倒れこんでるそのすぐ下段で、それぞれが同様の態になっている惨状だった。思い思いに打ち伏してぐったりと動かない。上下している胸で生きているのが分かるが、こっそり呼吸を止めてもおかしくない有様だ。
そして実感した。
やっぱ祭りは半端じゃない。



スタッフに抱え起こされるようにして控室に移動して、冷やされたり煽がれたり水を飲まされたりと介抱されていると、比較的早めに復帰した上から三番目と四番目が、しみじみ今日を振り返っていた。
すごかったねぇとにかく半端じゃなかったねぇと感心しきりだ。
おれ死線て言葉実感したの初めて、とのほほんくんが口にすれば、髪の毛気にできるレベルじゃなかったもんねぇとおっとり中間管理職が賛同する。つかこの段階で髪の毛言える執着が怖い。生き死にと同レベルのくくりに入る髪型てどんなだ。
まだくらくらする頭でくだらないツッコミを入れつつ、酸素片手に少し首をめぐらせば、やはり同様に寝かされている最年長者がくたりとも動かずにひっそりとしていた。生きてはいるのだろうが相変わらず動いてないと心配を喚起するめんどくさい人だ。でもやはり肝心のとこはこの人だ。問答無用にこの人に託してしまう。
動けるようになったら早くそばに行っていろいろ話したい。3番目と4番目がしてるみたいに。そんで映像と音チェックして、直せるとこざっと一緒に洗いだして明日さらわせて。
と、まるでそんな自分の心の内を読んだかのように、はーい移動しますと室外から大きな声がかかった。移動て何だと思う間もなくストレッチャーみたいなのに乗せられ、そのまま至近に取った宿まで運ばれてしまった。反抗どころか反論の余地すら与えられなかった。いやしたくてもできないという現状もあったのだが。
そのままホテルの部屋に運ばれてせーのでベッドに移動させられ放置された。しんと室内が静まり返っていて、誰の気配もしない。それがとにかく安静にしろできれば寝てしまえと言われているようで苦笑する。
どこからのお達しかは明言されなかったが、自分相手にこんな暴挙をスタッフに通してしまえるのはメンバーに限られている。御大にも同様の処置がほどこされたはずだから、そうなるともう指示したのは唯一自力でステージを降りた2番目に他ならないだろう。
不思議な心持のまましばらくにやにや笑い続ける。くやしいの半分嬉しいの半分である。もとは末なので甘やかされるとやはり嬉しい。自分が元締めとなっても、兄ちゃんたちの頼もしさ健在が心強いし誇らしい。ああやっぱり自分たちのグループってすげぇと素直に感動してしまう。
そうしてにまにましているうちに、少し落ちたらしい。気がつくと時計の表示が2時間後になっていた。たかだか2時間の睡眠だったが、おそろしく思考がクリアになった。睡眠てやはり素晴らしい。
恐る恐るベッドから半身を起すと、目まいもおさまっていて、動けそうだった。
気をつけてベッドを降り、とりあえず楽な格好に着替える。
そろりとドアを開けると、外はしんと静まり返っていた。フロアは全員関係者だから、寝静まっているのだろうか。幾分早い気がするが。
そろそろとみんなが集まるケータリングの場所まで足を延ばすと、やはりそこも無人だった。そして静かな原因が判明した。くっきり鮮やかにでかでかと書かれた紙が一番目立つ所に貼ってある。
『明日もライブ!』
至言である。まるっこい筆跡から見れば御大なのは瞭然で、他ならぬ御大に明言されてしまっては、確かにうかつに映像チェックとか欲を出せない。けれど自分は、そう言いつつも御大自身が素直に体を休める性質ではないこともよく承知している。
探せば簡単に形跡を発見できた。ディスク数枚と走り書き。ほら見ろ。自分はしっかり無茶してる。しかし無茶を無茶に見せないそら恐ろしい精神力の持ち主で、きっと明朝もふがふが眠そうにしながらもきっちり修正に参加するのだ。憎らしい。大好きだ。
走り書きに目を通すと、自分も気になっていた箇所が多々あがっていた。あとこれに数点つけ加えたものが明朝の修正になるだろう。他のメンバーの意見はそこできいて随時入れていくことにして、とりあえず御大が作ってくれたものをたたき台にすることにする。
再生機器にディスクを入れて、ざっと走らせていく。オープニング、一つめのジャンクション。気になったところを走り書きに付け加えていく。この会場は音響泣かせで、やはり音での修正点が増えるのは仕方のないことだった。
すると、一回ざっと目を通して走り書きと照らし合わせたところで、裏面に何か書いてあることに気がついた。最後の1枚だったので、続きだろうかと軽い気持ちで翻して絶句した。
あっという間に目の奥が熱くなって、あわてて瞬きを繰り返す。真夜中にべそべそ泣くのだけはみっともなくていやだった。ああもうほんとに。春の生といい、どうしてこの人は。
率直な賛辞。ねぎらい。普段、めったに言葉にしてくれないので、たまにこうしてストレートに表わされると尋常じゃない威力をもつ。そしてそれを熟知していてここぞというときに使うのだこの人は。
『すげーよかった。オツカレサン』
もうもうもう。嬉しいじゃないか。褒められたら。あれだけ苦労していろんなつらいこともあったのに、本番なんか意識失くすほどだったのに、それがこの一行ですべて報われてしまった。
そしてそのすぐ下に付け足された言葉に苦笑する。やはりこの人らしい。分かってしまうのだ。携わった本人にしか味わわない独特の責任感。
『さらっていいのは4時まで。絶対5時間は寝ろ』
はじき出したギリギリ確保時間なのだろう。こちらが見直しをせずにはいられないことを汲み取って、そして最低ラインを提示してくる。了承せずにはいられない絶妙の配分で。
ああもうすげー好きだとかみしめながら、もう一度、今度は気になった場所だけじっくり見ようと、リモコン片手に朝まだき時間帯、一人でひっそり映像を繰る。

夏祭りが始まった日。



夢見ています。ものすごく夢です。初日目にしてうっかり以前の癖でモウソウ滾らせました。ナンノコト?という方はそっと放置してやってください。モウソウ脳内にとどめおけないほど膨らみまくって溢れたんですスイマセン。昨日のと合わせて週明けにはさげますんでご容赦。

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2012年08月16日 | fanfic

4月の生から。とにかくかわいかったかわいかった!これぞコヤツラてカンジ。男前な長兄と涙もろい末子。んでも時に逆転されながらもこれからもずっとずっと二人で空恐ろしいバケモノグループを支えていってほしい。
名実ともに二人が柱と断言します。


楽屋に戻ると、案の定末っ子がむすくれて待ち構えていた。
生番組の放送が終了し、スタッフとかるくあいさつを交わして、5人ともに楽屋に戻ることになった。
そろって戻るのも何だかな、という芸歴に達しているので、こういう時、ごく自然に各々ペースを調整する。
ある者は速攻で着替えてさっさと帰ったり次の仕事に向かったりする。またある者は、居残ってスタッフと今後のことや本日の内容について検討することもする。その辺りの調整はあうんの呼吸で絶妙の域に達している。四半世紀一緒はダテではないということだろう。
自分は今回後者で、今日の出来事を評価しつつも次回への見解と他方面へ及ぼす布石を一つ置いてきたところだった。末子自身も、先ほどの生の進行をしていたので、短くともスタッフと話し合いの時間を持ったはずだったが、どうやら自分の方がウラ工作の分時間をくったらしい。
メンドクサイ事になったと、率直に顔に出した。今さらだ。
こちらの考えなど余裕で分かるとかましている当人に、つくり顔をするのもしらばくれるのも徒労だ。
すると予想にたがわず拗ねた声で軽く非難された。
「釈明までめんどくさがるのは、いっくら何でもヒドくない?」
口調も声音も完ぺき末っ子モードで、半眼になった。サイアクだ。コドモ返りしているさんじぅ代半ばの機嫌を取り結ぶのは、果たして世間一般ではアリなのかナシなのか。
しかし、自分たちが世間一般とか常識的範疇とかからは、おそろしく隔絶したところにいるのもまた承知しているので、とりあえず指摘通り釈明を試みることにした。
「別に俺が誰にあてて書こうと進行上問題ねーだろ。ディレクターとはちゃんと打ち合わせ済みだし尺もとってあった。お前が進行してく上で困るようなことなかったろうが」
大ありだよ、と低い声で反論して、口をひき結んだまま、末子は恨みがましげに自分を見上げてきた。その顔があんまりコドモだったので、心外に思うより先に呆れてしまい、楽屋の椅子で片膝を抱えている末子に近づいた。
「いきなりあんなん聞かされて、ハイじゃあ新曲て、何考えてんの。歌い出し俺だったら、も、ぜったい詰まって歌えなかったからね」
もちろんその辺りは計算済みで、今日の歌い出し担当は、動揺しようが意地でも歌いきるだろうと確信していたからこそ打った手だ。案の定負けん気のかたまりは、目の前の甘ったれとは正反対で、俄然対抗意識を燃やしたらしく、近年まれにみる覇気を出していた。同い年だが緩まずたるまず老けこまず、もっともっとがんばってもらわなくてはならないので、気つけ薬としても有効だった。
その他の二人にしても、しみじみと四半世紀を実感し、いつにない笑顔で歌に力を入れていた。淡いはにかみや、苦い過去を乗り越えてここまで辿り着いたことへのほのかな自信、いろいろな感情がないまぜになった分、複雑で、でも大そう見事な色合いを見せた笑顔だった。
――まあ、この人一倍涙もろい末っ子が、ぐだぐだになるのも予測していたことではあるのだが。
「? 何なの」
強がって、口をへの字にしたまま、虚勢を保とうとする本日の進行役をつくづく眺める。
グループの柱となることを標榜した彼の手を取って、十年になんなんとしている。
今では自分が二分、向こうが八分でも安心して任せられるようになった。
どちらかといえば疑り深い方で、仕事では全てにおいて企画から関与していないと気が済まない心配性の自分が、こうして委ねてしまえるようになろうとは。
「年とったなぁ」
「はあ? どうせ三十半ばだよヨソジ目前」
「違うって。いい意味で言ってんの」
他の誰でも、他のグループの誰でも、なりえなかっただろう。
それこそ紛れもない幸運。出会いという、博打好きの運命が用意した奇跡。
「な、何なの。ちょっと」
以前の彼であれば、こうして頭を撫でてやれば、はにかみながらもにこーっと全開の笑顔を見せてくれたものだが。目を白黒させているのをよそに、少しばかり寂しい思いをかみしめて手を引っ込めようとした矢先だった。
「う――わっ」
「……も、ほんと、カンベンして」
手をひかれ、体勢を崩したところを、ぎゅむっと、いきなりぬいぐるみみたいに抱き込まれあわをくう。と、ほとほと弱り果てた声が頭上から届いた。
「ようやっと、ちょっとオンオフ分けられるようになったのに。どうして人の努力台無しにするの」
湿っぽい声でぼやくと、それから末っ子は堰を切ったかのようにくどくどと愚痴りだした。
ようやく最近カメラが回っていてもいなくても変わらず対せるようになったのにとか、君に何言われてもふにふに緩まずに返せるようになったのにとか、末っ子じゃなく相棒にしてもらった気負いがなくなりつつあったのにとか、自分本位かついかにもな愚痴をぐだぐだ連ねる。
ぬいぐるみ抱き、というか懐深く抱え込まれて、仕方なくダメダメな末っ子のしょうもない戯言を聞き流す。ここで叱ってしまえば、これまで精一杯にこいつがはってきた虚勢を認めていないことになってしまう気がした。
確かにここ数年、自分はいろいろ「サボった」のだ。
どうということもなく、まるで子育てを終えた親のような心もちで、いろいろな案件をこれ幸いとこの末子に預けてきた。そして自分に育てられたせいか、お気楽ゴンタに育たなかった末っ子は、律義に託されたものをせっせとこなしてきた。思えば、気の毒な身の上である。上の兄たちが先々を読めないひょうろく玉ばかりなので、しっかりせざるをえなかった。
まあ、多分に裏方を担うに足る才覚を持ち合わせていた本人の器量のせいもあるが。
愚痴がどんどん高湿度になってきて、既に半泣きの末っ子を宥めてやりたかったが、抱え込まれていては、どうにも身動きがとれない。それでも、体温に安心するのか、それとも大人しく自分が聞いているのに満足したのか、口調は相変わらず湿っているものの、徐々に穏やかになっていって、やがて延々と続くかと思われた愚痴はぴたりと収まった。
さてでは、とキリのいいところで何とか適当に言葉をかけて浮上させようかと体を離そうとしたが、存外強い力で抗われて、適わなかった。
オイいい加減離せとすごんでみたが、逆効果だったらしく、いよいよ頑なに抱きつかれて、正直息苦しかった。
名前を呼んで自覚を促せば、無言でちいさく首を振って拒絶を示す。さしずめ「ヤダ、もうちょっとこうしてて」というところだろう。甘えん坊は筋金入りだ。つーかそうなってしまった。自分が育てた結果。
情けないショウモナイと思いつつも、そういうところも可愛くて仕方ないのだから、自分の親ばかぶりも大概だという自覚はあった。ついでに相棒としてもほぼ規格に適合している。ある意味理想的に育ったのだろう。子育てに自信をもっていいかもしれない。いや今後育てる予定はないが。
あんなメンドクサイことができるのは若いうちだけだ。
と、突然末子ががばりと顔をあげた。そしてついでに自分の両腕をつかんで持ち上げるようにし、真正面から覗き込んできた。
「そーだ。作ってよ、アレ」
「は? 何を」
今泣いたナントカという俗語だがことわざだかがあったが、まさしくそれである。先ほどまでのぐずりはどこへ行ってしまったかという勢いで、瞳をきらきらさせて彼はトンデモナイコトを口にした。
「今年のライブ。作ってよ。Fiveシリーズ」
「はあ? 何言ってんのお前」
いきなり突拍子もないことを言われて、さすがに面食らう。無茶ぶりにも程があった。
自分はこの春に週の仕事を増やしたばかりで、しかもそのウチの一本は、初めてレギュラーで共演する面々がばかにならない数いる。年明け辺りから来るもの拒まずで仕事を受けまくった結果だが、覚悟の上とはいえ正直半端じゃなく過酷だ。それだけでも気苦労になっているのに、現在ただいま自分は連続ドラマで主役をはっている真っ最中なのだ。
尋常じゃない過密スケジュールを知悉しているだろうに、何を。
「俺今ドラマ。無理。ぜったい無理」
「そんなことないって。君なら楽勝。結構溜まってるでしょ。モトだけなら」
痛いところを突かれて押し黙る。確かに。曲と呼ぶのもおこがましい音の連なりだが。思いついたときにモノになりそうなものはレコーダーにストックしているので、作れと言われればゼロからにはならないが。
が。
「盛り上がると思うよー。去年来れなかったお客さんいっぱいいるしねー。ウィアの時だってrespectアレンジものすごく反応よかったじゃん。今年は新作ですっつったら、もうアルバムの売れ行きからして違ってくると思うなー」
……確かに。確かに、そうだろうがでも。
「孝行しなきゃねぇ」
とどめに先ほど泣かしてやったサプライズレターの一言を引き合いに出して、今夏の構成を受け持つ末子は、これでもかとばかりにアイドル笑顔を振りまいた。
あとは推して知るべしである。

この後、さらに世界規模の祭典にまで引っ張り出され、正直川向こうを見そうになるが、それはまた後の話である。

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2012年07月21日 | fanfic

元に戻るつもりですが、週末ごとのヤツの波状攻撃のような襲来に本気でビビり、めろめろんにされております。何なのさあのすさまじい仕事っぷり。かわいいあーたん(妄言失礼)の次はできる不惑かよ。分かってるけどまんまとヤられてます。そんなわけで分かる人にだけ分かるモウソウごめんなさい。しかも時間差ただ今おぼーん(笑)。


触るよなぁ、とつくづく傍らにいる人物を、何気なさを装って見下ろす。
いや、触るのに何ら問題はないのだが。つーかカメラ回ってないとこなら全然大歓迎なのだが。
ここんとこ番宣やら何やらで一緒に映る機会が増えたせいか、何だかいつもより距離が近しく感じられる。常であれば位置的には対極、ともすれば一緒の現場にいても接触することすらなくハイ撮了なんてこともままある。そんな中。
偶々だろう、先ほどふわりと縋りつかれた左手袖口が、何だかほんわりと温かい。
今は拳一つ分くらい隙間が空いているのだが、それもまた微妙な距離感で、いやが上にも先ほどの接触を思い起こさせる。せっせと客人を相手にトークの花を咲かせるかの人を、神妙に話を聞いているふりをしてこっそりと眺めて思いやった。
気難しいこと他の追随を許さない自分とこの最年長者は、もはや家族とかそんなレベルの人たちにですら、不意の接触に身構える。自分から触る分には幾分いいらしいのだが、根本的に他人の体温とかが苦手だ。
それでも若いころはそれじゃイカンだろうと何だか勝手に思い込み、やたらスキンシップに励んでいたようだが、近年はそんな力みも取れて、もうしょうがないかと達観したらしく、元々の性情を隠さなくなった。ワケ分からん接触には毛を逆立てたネコになる。
まあ、そうなる経緯も理解できたので、自分は敢えて矯正しようとか自分にだけは慣れさせようとか思わなかった。あの見てくれだ。そりゃあもうちいさい頃からイロイロな人たちにさぞ構われただろう。
これで立派な体格の持ち主だったら、被害はせいぜい中学生あたりまでで済んだのだろうが、残念ながら女性なら羨まずにはいられない小顔華奢な体格しかも繊細な造りの容姿と揃いまくって、インこの業界だ。推して知るべしというやつだろう。
もっとも当人、だからと言って悲観することなく、むしろそれら触りたくなる造りを武器に、若かりし頃は着実にいろいろ誑し(たらし)こんでいたので、収支的には採算が取れているに違いなかった。そういう計算はばっちりの堅実あんど合理主義者だ。
そしてそこそこ足場を確保できた昨今、彼にそんな無茶な接触を試みる命知らずはいなくなった。見てくれどんなに可愛らしくても、中身老獪なライオンなのが気配で分かってしまうらしく、みんなが彼に一目置く。そして彼は
涼しい顔してすいすいと軽やかにこの業界を渡っていくわけだ。
「……」
そんな彼が触れてきたことに、ちょっとびっくりした。ほんとに一瞬、何気ない動作のはずだったのに、何だかとてつもなく意識してしまった。細く息を吐いて戸惑いを逃す。
まったく。中学生じゃあるまいし。
今更袖をつかまれたぐらいで動揺してどうする。
などと冷静に気持ちを宥めずにはいられないほど動揺した。たとえばこれが対自分とこの三番目や自分のすぐ上だったりしたら、ままあることではある、画面上。
対して自分や二番目あたりは意識的に避けられてよけられてきた。ひよこだった頃はむしろ保護対象として一番近くに置いてもらえたが、立ち位置が代わった時点で突き放された。まあ自身で望んだ立ち位置ではあるので、仕方ないと諦めて久しいが、だからこそこうして偶にいきなりこられるとくるものがある。
「――さん、どうですか」
話を無難に流す方向へもっていく進行役の意に添うように、求められた意見を適度に面白くまとまりよく返しつつ、こっそり考える。
なまじ、境目が分からなくなるくらい、ぴったりとくっついていた時期があるからタチが悪いのかもしれない。当たり前にそれが許されていて、そして彼との接触は、幼い自分にとっては精神安定剤だった。喩えるならばライナスのタオルケット。
だからこうして無事巣立った後も、思い出したようにもたらされるそれに、名残のように餓えて(かつえて)しまう。望んでしまう。
いちばん近く。ふたり以外の何ものも入り込めないほど近くに、閉ざされて。
お互いだけが世界のすべて。
「――……っあー、ぶない」
「どうした?」
危うい思考に陥りそうになって、いきなり小刻みに首を振った自分を、怪訝に思ったのかすぐ上、比較的構ってもらえる好位置に常にいるお得人間がうかがってきたが、それへ何でも、と軽く返しておいて今度こそ仕事の思考に切り替えた。
最年長様は目ざとい。自分が妙なもの思いに沈んでいるなどと知れれば、また遠く視界の隅へ追いやってしまうだろう。
それはものすごく寂しいので、できれば今のような僥倖が、また時折でいいので起こってくれることを願いつつ、まだふんわり温かい左袖をそっと右手で抱き寄せた。


この後、何か思惑があるのか、向こうからの接触機会が微増したことに、戦々恐々するハメになるのだが、それはまた別の話である。

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2012年01月08日 | fanfic

控え室で珍しく最後になったその人に、わざと呼び止められたのは、もしかしたら予感があったからかもしれない。

深夜だった。年末に向けてますます加速がついている日々の行程に、しかし慣れっこの面々はさしたる不満や愚痴を言うこともなく淡々とこなしている。今日はそんな中、珍しくも全員がそろっての仕事だった。
いつもであれば、真っ先に次の仕事場か家路へとつくその人が、珍しくぐすぐずと居残っていた。その不穏な気配を察したのだろう、他の面子は早々に退去してしまった。抜群の呼吸である。結成もうすぐ四半世紀は伊達ではない。
残ったのは、半ば自発的にイケニエとなった自分と彼だけだった。
「え? なあに」
聞き返したのは、聞こえなかったからではない。単に時間を稼ぎたかっただけだ。そんなことは自分と彼の間では徒労と分かっていても、足掻かずにはいられなかった。
しかし彼はそんな見え透いた自分の誤魔化しを追及するのも面倒らしく、再度、漏らしたろ、と律儀に繰り返した。
「漏らした、って」
「……いい加減にしとけよ」
半眼で低くすごまれて、心の内であっさり白旗を振る。今さらだ。第一、誤魔化しきれるとはさらさら思っていなかった。
案の定、相手はこちらが精一杯浮かべた友好的な愛想笑いを一蹴し、なおも追及の語調を強めた。
「何であいつの中でまで、来年のが決定事項になってんの」
「あー……それはだねぇ」
言葉をにごしつつも、やはりなぁと内心で嘆息する。まずかった。分かっていた。なのについうっかり肯定してしまった。自分が悪い。
先日、まだ仲間内ですらはっきりさせていない来夏の予定を、あろうことか衆目の中で堂々と公言してしまった輩がいた。当然会場に集った何万人かの人々は沸いたし、期待をしてしまった。今さらそれはまだはっきりしてないなどと訂正できるわけもなく、仕方なく表向きそれについての全権を、この目の前の人物から引き継いだことになっている自分も公約した。
「この前、CMごっこしたんだよねぇ」
「何ソレ」
「ほらー、やってるじゃん。黄色いカツラかぶって」
ただひたすらうなずくだけの、シュールなCMであるが、そこそこヒットしているらしいそれを思い浮かべたらしく、目の前の人が渋い顔になる。そ知らぬふりで付け加えた。
「あっちが、何々だよね、っていうのに、おれは頷いただけなんだけどねぇ」
「……そんでトップシークレット漏らしたってか」
来夏の予定は、特別なものだった。今年、止むに止まれぬ事情で、開催できなかったそれに、多くの人が落胆したのを仲間全員が痛感していた。だからこそ、彼は秘密にしておいて、後で思い切り喜ばせたかったし、逆に自分とリークした輩は、早いうちに希望を持たせてあげたかった。
その辺りの心情もお見通しらしく、珍しく目の前の、他称自分とこの長であるその人は、その輩について愚痴を言った。
「聞き分けいいと思ってたのに。リークすんなら絶対他のヤツだと思ってた」
「あー、だからあっちの二人にはクギさしたワケね」
うっかりさん二人には、しっかりきっちり確定事項以外はしゃべるなと約束させたのに、今回に限ってよもやという方面から漏れてしまった。それもまた悔しいらしい。
「まあ、ねぇ」
思い浮かぶのはあかんべえだった。いちおう、リークした手前、多分言ったら怒るよあの人、と忠告してみたが、あかんべを返された。承知での公言だったわけだ。だから公言した方の言い分も分かるといえば分かった。
「君がさぁ、そうやってイイコちゃん安心、てヨソにかまけてばっかだから、拗ねたんじゃない?」
「何それ……」
心底いやそうな表情をしつつ、思い当たるところがあるのだろう、目が泳いでいる。困ったハハオヤだ。
他称リーダーのこの人は、言うなれば自分とこのグループのハハオヤで、自分たちはこの肝っ玉ハハに上手にさばかれ育てられてここまできたようなものだ。しかしコドモたちは個性豊かで、さすがの賢母もまったく平等にというわけにはいかない。
「イイコちゃんで聞き分けのいいとこなんかは、お姉ちゃんなんだよね。けど、長女じゃなくて次女だから、時々思ってもみない反抗をする、と」
ワガママいっぱい長男や、ぼけぼけ次男に挟まれて、聞き分けのよいイイコちゃん、中間管理職でいなければいけない彼には、実はだれよりも鬱憤がたまる。ハハはきちんとそれを見てねぎらっているつもりなのだろうが、次女は次女。長女のようにハハの理解者になれるほどニンゲンができているわけではない。
その点、聞き分けよくハハの事情を汲み取り、時にハハに代わって末子を養育し、ハハ孝行さえ惜しみなくしていた現在家出中の長女は、やはり偉大だった。
同じ人物を思い出していたのだろう、眼前の人物もふと遠い眼差しをして、口元をゆるめた。
しかし口にのせることはなく、現実的で合理的、感傷のかの字も見せないしっかり者のハハは、次女のささやかな反抗などものともせず、公言したからには実際的な調整を、と結局共犯の自分に尻拭いを命じてきた。
はいはーいと、適当な返事をしつつ小突かれ、ところで自分は未だ末子なのか、それともちょっとは格上げされ、おとーさんを自惚れてもいいものかと悩まずにはいられない、もうすぐ誕生日だった。

すいませんすいません昨年袖にされまくった鬱憤とかではないデス。単に今夏がたのしみよー、て控え目なエールくらいに。そしてこの時間差が500記事めというのがなんとも。ちなみに実際はエフェンディが500めです。

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2011年01月10日 | fanfic

夜明け間近の通用口は、しんと静まり返って冷たい。
今日はというか、昨日は、さして厳しくもない気温だったらしいが、そんなものは日中の人ごみの中の話だ。コンクリで囲まれ、薄暗い蛍光灯が点灯しただけの細く暗く長い廊下は、しんしんと冷え込んで、かじかんだ手足の先が痛いくらいだった。
着込んだダウンに縮こまるように身を竦ませる。寒い。そして眠い。早く帰りたい。しかし歩を速めるだけの元気がないのもまた事実で、結局かじかみ痛む手足をだましだまし、帰途につくための車へとのろのろ足を運ぶ。
ふと、前方に気配を感じて、うつむきがちだった視線を上げた。
見やると、黒い長身の影が通用口の終わり、眼前にただずんでいる。
出番は序盤で、本来ならもうとっくに帰ったはずだった。しかも確か、新年の初詣に御馴染みのツレと行くとか何とか聞いていた。
向こうの終わりから約3時間。それからずっと待っていたのだろうか。
「オツカレ」
短く労われて、うんとちいさくうなずいた。さすがにつらい。無駄に不機嫌になる気すら起こらなかった。
彼の世話焼きはときに煩わしくすらあるので、どちらかというと、こうした場合邪険にするきらいが自分にはあるのだが、今日ばかりは労いが素直に疲れた身体に沁みこんだ。
「ご飯は?」
まだ、とこれも簡潔に返す。移動に時間全部を使われてしまったので、実際のところ軽食すら口にできなかった。年越しからこっち、口にしたのは水とわずかな日本酒と自分が宣伝している即席麺の不十分にふやけた残骸だけだ。本番中にいろいろ美味が饗されたが、深夜の2時をまわってからの、きつい匂いの食べ物は、正直胃がひっくり返りそうになった。
「じゃあ、何か胃にやさしいものにしよう」
当然のように、これからの帰宅についてくる気満々らしく、自分の帰りを待っていた相手は、献立についてあれこれ模索し始めた。
「来んの?」
「ん。まあね」
曖昧に微笑って、辿りついた自分に従うように、わずか斜め後方を、ひっそりと彼はついてくる。見上げる長身の上にのった、造りの大きいしかし小顔は、落ち着いていて穏やかだった。薄いサングラス越しにのぞく表情からは何の感情も読み取れない。
真意がはかれず、やがて諦めて、振り仰いだ顔を元に戻して歩き出す。
自分の保護者を自称してはばからないこの背後の男に、会話をつなげて真意を問いただす気力が今はない。それで当たり障りのないところで会話をすることにした。
「初詣は?」
「行ったよ。でも、さすがに眠いって。で、さっさと帰った」
どうやら同行者とは早いうちに別れたらしい。珍しい。彼らがつるむとなし崩しに長引く場合が多く、そのまま元日の朝を迎えることだってあったはずだ。そんな騒ぎを傍目に、晦日の最後の大仕事が終わると自分は真っ先に帰郷していたのだが。
「まあね」
怪訝に思ったのが伝わったのか、背後の相手から苦笑する気配が伝わってきた。
「さすがに読んだんだと思うよ。オレあからさまにとっとと消えろオーラ出してたみたいだし」
そう言いざま、背後の男はついと手を伸ばしてきて、抱え込むようにして自分の額にそれを押し当てた。
「なに――」
「し。ちょっと。じっとして。……ああ、あるね。やっぱり」
「あ?」
「熱。結構高め。カウントダウンの顔見たときからそうかなとは思ってたけど」
やわらかく、抱き込むような体勢そのままに、ゆっくり体重をひきとるような動きで、背後から支えられる。自然に力が抜けて、ちいさく息をついた。
もたれてしまえばもう限界で、酷使した身体は自然に緊張を解いて相手にもたれた。ここは通用口、と思考の片隅で思ったものの、困憊していた身体は、もはや自分の体重を取り戻し、ふたたび自らの力で歩くのを全身で拒否し始めていた。体調が怪しいのは自覚があったが、発熱は気づいていなかった。寒いわけだ。
「おま……こんなとこでどーすんの」
「こんな時間だよ。だいじょうぶ。それに、ひっくり返った君の世話をオレがしてるのなんか、今さらでしょう」
でもさすがに抱き上げるリスクは考えたようで、もたれた身体を操るように、背後から支えられて再び歩き出す。体重の大半は後ろに預けられているので、先ほどよりぐっと楽になった。
大きく長い腕にくるみこまれるようにして、歩く。さきほどまで感じていた、痛いくらいの冷え込みは背後からの温かさがきっちり遮断してしまっている。温かさに目を細めるように浸っていると、幾分低めた声でかすかなつぶやきが絞り出された。
「今さらだけど無茶しないでよ」
相手が言っているのは、間に合わないと断じて単車でここに赴いた件だろう。大反対されるのが分かっていたので、もちろん直前までだんまりを決め込んだ。知ったのはおそらく画面越しだったろうから、それもまた彼の苛立ちに拍車をかけたに違いない。普段であればどんなに熱があろうがぐったりしていようが、ここで小言と嫌味の山盛りは避けられなかったはずだが、どうしたことか背後の男はそれだけ言ったきり黙りこんでしまった。
「?」
振り仰ぐと、痛みをこらえるかのような笑みがにじんでいて、自然足が止まった。
「どうしたの。お前」
「ちゃんと歩きなよ。――うん、前の、思い出しただけ」
「……」
こうしたカウントダウンは、実は久しぶりだった。以前やったのはもう十年以上も前だ。同じく渋谷から、彼と仲間たちが待つ台場まで、やはり単車をとばして駆けつけた。そのときは40度越えの発熱をしていた。
エンディングの歌の半分を過ぎたところで、何とか間に合えた自分に、この背後の男はマイクを差し出しながら自分の方が死にそうな顔色をして、でも笑った。笑いかけることしかできないのだと、その笑顔は語っていた。
あのときのことは、しっかりトラウマになっているらしい。
そっと、まるで壊れ物をあつかうかのように、おそるおそる肩口に顔を埋めてくる。保護者を自称しても、こんなところは相変わらず気弱い。今はいくぶん長めの、くすんだ十円玉みたいな色の頭を、なだめるようになでてやる。
「おまえ来てくれたじゃん」
以前は一人で耐えなければならなかった。でも。今は。
こうして、つらいとき必ずさしのべられる手がある。下手をすると自分よりも正確に、こちらの体調を把握して。
うん、とちいさな返事がかえってきて、やがて額づいていた頭がゆるゆるとあげられる。もうその面に痛みは見られなかった。
「だから、今日はちゃんとご飯食べてよ。夕方帰るまでに、熱下げよ?」
しっかり切り替えて、自分が帰郷する夕方まで、抜かりなく世話をする気満々の背後霊をひっつけて、それでも歩みを再開する。車まであと少し。
初日の出にはもう少し間のある明け方。――二人で帰途についた。


あはは意味わかんねぇ。そうです。その通りです。そうであってください。つーかスルーして。そのために時間差つけてあげてるんですから。心当たり感じても気のせいです。錯覚です。モウソウです。わたしの。しかしやはりいろいろ嬉しいのですよ。わたくし。古巣は。

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2010年10月24日 | fanfic

「もう、時間だよ」
やわらかい声がして、伸ばそうとした手をそっと包み込んだ大きな手があった。
「もう、日が暮れるよ。帰らないと」
背後から再びかけられた声に振り返ると、一人の青年が自分のすぐ後ろにいた。幼い自分たちに目線を合わせるようにしゃがんで、こちらを見ている。
「またね」
やわらかく、けれど決して否やを言わせない強固な意志を秘めて、仲間たちに別れを告げられる。そして、何の斟酌もなく自分は抱き上げられ、気がつけば、ばたつく間もなく彼の腕の中でそれまで遊んでいた仲間たちを見下ろしていた。
「ばいばい」
自分の代わりに振られた手に、他の子どもたちは無心に手を振りかえし、口々に別れを告げてくる。まだ帰らないとはいえない状況を作られて、押し黙るしかできなかった。
自分を抱えたまま、青年はゆったりと歩き出す。河原から、低い土手をのぼり、道に出て、川沿いを帰途につく。
夕闇は急速に迫ってきていて、すでにひぐらしの声も少なくなっていた。
青年はしばし無言だった。黙々と自分を抱えたまま、細い道を歩く。二の腕に座らせるようにして抱えられているので、青年の肩に手を置いてバランスをとり、ひとまず落ち着いていたが、急に居心地が悪くなって身じろぎした。
見も知らない人物に、当たり前のように抱き上げられて、連れ去られるのだ。普通だったら大声を上げて不審な人物から逃れようとするのが正当なのだろうが、なぜかできなかった。青年からはそうした見知らぬ子どもへの構えや遠慮などがうかがえず、むしろ自分をよく見知った、気の置けない間柄であるような距離感が感じられた。
改めて青年を見やる。
自分の父よりはかなり若く、そして年の離れた兄たちよりはぐんと年かさのような年代だった。何より目をひくのは色の抜けた、金に近い髪の色で、それがなお彼を若々しくこうした田舎にそぐわなくさせている。背格好も大柄で、自分が見知る大人たちの誰よりも背が高く肩幅が広い。
しかしそんな大人たちにありがちの、峻厳な、または近寄りがたい気配はまったくなく、逆におとなしい草食動物のような大きい身体に似合わぬ温和と親しみが感じられた。
不意に青年がなだめるように自分のひざをやわらかくたたいた。
「だいじょうぶ」
何が大丈夫なのか。安全だと、自分は怪しいものではないと弁明しているのかもしれなかったが、そうと解釈するにはどうにも必死さが足りない。むしろ、こちらを宥めるかのような、こちらの緊張を解きほぐす配慮のようなものがうかがえた。
そしてしばらくまた無言で歩き続ける。
辺りはすっかり夕闇に沈んだ。わすがな残照が山々の稜線や空に浮かぶ雲の輪郭を淡く浮き上がらせるだけで、身近な家並みや河原の風景は闇に溶け、沈んでいる。
そんな中を、青年は別段急ぐこともなくゆったりと歩き続ける。
ひぐらしの声はいつの間にか途絶え、気の早い秋の虫たちの声だろうか、かすかに、鈴を振るような細く高い澄んだ音が耳に届く。
「びっくりしたよ」
ぽつりと青年がつぶやいた。
「オレが器を離れて迷い込むのは、ままあることだけど、まさか君がつかまるなんて、思ってもみなかった」
青年の独り言のような、自分への言葉らしいつぶやきは続く。
「強い思いをもった人の作ったモノは、こうしてユメマボロシみたいな内世界を作っちゃうし、これまでもオレや他のみんなが度々迷い込んだり、知らずに影響受けたりしちゃったけど、まさか君がひっかかるなんてね」
そうして、ふんわりと笑う。
「しかも作ったのアノヒトだし。普段からは考えもつかないような綺麗な言葉で、しかも的確にオレたち言い表しちゃうんだから、オドロキだよ」
彼の言葉で、ぼんやりと自分の中にも同じ思いが甦る。そう。まったく意外だったのだ。それは無論、その人が見てくれとは大違いの鋭い洞察や深い考えをもった人であるのは知っていたけれど、こうもまざまざと言い当てられるとは。
できあがり、目にした詞の連なりに、しばし絶句したのだ。
ああ、そうだった。
その思いをひきがねに、次々に本来の自分が覚醒していく。
「ここ」は自分の属する世界ではない。本来、自分が属するのは――。
腕から下ろされ、地面に立ち、ぐんと近づいた背丈でまっすぐ目の前の青年を見上げる。彼の名前を過たず口にすると、青年は安堵したように今までとは違った色合いで顔をほころばせた。
彼に並び立ち、ともに歩きながら、後にしてきた夢のような世界を思う。
子どもたちは、自分を入れて6人だった。
つまりは、そういうことだ。
自分のうちから、この思いは未練は、憧憬は、生涯なくならないだろう。息絶えるそのときまで、自分は悔やみ続ける。
でも。それでも。
「――」
決断を間違いだったとは思わない。傷はなくならない。けれど自らが最良と選び取った道だ。
だから前を向いて。
歩く。
あの、夢のように綺麗な世界を、現実のものとするために。
はるかな虹の向こうを目指して。
「帰ったらまた例のつぐないセイカツ企画検討すんの?」
幾分不服げな、傍らの共謀者にあっさりと肯定を返す。今さらだ。今年の早い時点で割り振りをし、互いに納得したはずだった。自分はくだんの不始末の事後処理にかかりきりになるし、その分この傍らの末子が、前回同様構成の大半を請け負うことにしたはずだった。
まあ傍らのコイツが言いたいことも分からなくはないが。
存外にヤキモチヤキで、共に同じ仕事に携わることのできる貴重な機会をフイにしてしまった某ヨッパライへの憤懣やるかたなしなのは、火を見るより明らかだ。

あんまイジめんなよ、と釘を刺しつつ、それもまたカタもってるとやっかむのだろうなとすっかり分かっているくせに、意地悪く笑って「彼」は、それ以上何も言わずに傍らの青年と共に夢の出口まで歩いた。



***注意***
コレは単なるワタクシめのモウソウにございます。実在の人物・物語・曲・歌・その他諸々一切とかかわりはございません。なんだか見覚えが、という言い回しなどは気になさらないでください。気のセイデス。思い違いです。
……ちょっとうっかり某次元に逆戻りしてしまっていますよ。だめだ。きゃつらのというかきゃつの毒は強烈で、二年以上のワタクシの努力を、たったの4時間で無にしてくれました。だめです。ほんとにだめ。一週間がんばってみたけど抜け出せませんムリでした。仕事忙しいのもあるけど、仕事一段落ついて真っ先に手にしたのが過去映像だったてとこで自分がオワってると痛感しました。
ごめんよごめんよ……巧さん。そっと遠ざかってクダサイ。かわいそうなビョーキの人に、慰めも叱責も無効です。
もうヤツのことしか考えられない。
いつも来てくださった奇特なありがたいミナサマ、読書大好きモウソウヤロウは消滅しました。
ここにいるのはアラフォーの某ヤンキーオンチをひたすら愛する大ばか者でございます。すいません。

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2010年10月23日 | fanfic

ああ、自分は子どもなのだな、と漠然と認識した。
夏の昼下がり。
気温は確実に盛夏を告げてくる高さで、何より素肌に痛いくらいの日差しが降り注いでいる。
自分は、河原へ遊びに来たようだった。ちいさな足につっかけたサンダルは自分の足よりいくぶん大きめで、誰かからの借り物らしく、足にしっくりとは馴染まない。けれど、適度に履き古されたそれはやわらかく足を包んで、河原の石ころから足を守ってくれている。
河原の先には、幾人かの子どもたちが自分を待っていた。
さほど親しいというわけではない。祖父母の田舎に、ひと夏身を寄せた自分にとっては、出逢ったばかりの、けれど貴重な遊び相手だった。
屈託なく話しかけ、親しんでくれた彼らのおかげで、味気ない夏の田舎暮らしも、ようやく色鮮やかなものへと変わりつつあった。
カンけり、かくれんぼう、木登り、魚獲り。
田舎の夏の恩恵は、都会育ちの自分にも分け隔てなく与えられ、ときには心配して祖母が迎えに来るくらい遅い時間まで遊びに興じていることもあった。
そして今日は、石をさがすことになった。
とびきり白くて輝く、綺麗な石を見つけようと。
この河原を基点に、各々がこれぞというものを見つけようと散っていく。道端や野原にも石は多いが、それでも圧倒的にこの河原は石の宝庫だ。白と黒の入り混じった御影石。深い色合いの玄武岩。名前は知らなくとも、美しさは幼い自分たちにでも見分けられる。一つ見つけては、やはりこちら、いやそれよりも先ほど捨てたはずのあちらの方が、と行きつ戻りつしながら、みんなで時間を忘れて石探しに没頭した。
容赦なく照り付けてくる日差しは、ちくちくと肌に痛い。けれど、川からふきつける涼風が、火照った肌を覚まし、喉が渇けば潤してくれる。
小腹が空いたといったら、ちゃっかり者の一人が、家からくすねてきたと思しき茹でたトウモロコシの小切りにしたものがふるまわれた。
どこまでものどかで、どこまでもうつくしい、夏の空。その下の、穏やかなひととき。
不思議な感慨があった。まるで、もう決して戻らない、過去のやさしい幻影をなぞり思い起こすかのような、不思議で甘酸っぱい思いが胸を締め付ける。わけもなく悲しく、やるせなく、けれど時間は濃密な蜂蜜のようにもったりと甘く、締め付けられる胸を癒す。
何か、とてつもなく大切なものを失って、そしてそれをようやく手に取り戻したときのような。

やがて、仲間のうちの一人が、空を指した。
振り仰げば、高く澄んで青かった夏の空は、午後の黄金を経て、次第に茜色を帯びてきていた。肌を火照らせていた日差しはなりをひそめ、川からふく涼風は、ぐんと温度を下げ、日暮れが近いことを知らせてくる。
皆で、探した石を持ち寄った。
向こう岸のこんもりとした木立から、ひぐらしの声が時雨のように降り注ぎ、自分たちの声を掻き消してしまうほどの音量で辺りから他の音を消している。
一人ずつ、見つけた石を披露しては、ときに感嘆し、ときに笑いあい、茶化し、期待に驚きに胸高鳴らせる。
白く輝く石の集まりは、それだけで幼い心を弾ませた。
すべてを見終え、最後に皆で判断したのは、自分が持ち寄った石が一番白く丸く、西の空で輝きだした星に似ているということだった。
勲章にしようと。
皆で相談して決めた。
明日からの遊びで、勝ったものに、授与する宝物として。
そして、とりあえず今日の殊勲者として、自分がその石を所有することが決まり、手に取ろうとした。
そのときだった。

……続きますのさあははうふふ

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2010年09月19日 | fanfic

お前は何も言わないんだなと。
静かな目が、問いかけてくる。
まるで断罪されることを、切り捨てられることを、望んでいるかのように。覚悟をした目は澄明で潔い。
けれど自分は目を逸らす。彼の覚悟など気付かないふりをして。
分かっている。
自分たちは誰より何より、互いの眼差しにのせられた心を読むのに長けている。彼は自分が気付いていることも、そのうえで気付かないふりをしていることも、そしてそれが何故なのか、理由すら把握しつつ、理解している。
ただ、静かに自分が折れることを待っている。急かすことなく、諦めることなく、静かに。幼子が母親の手を離し、一人で歩き出すのを見守るが如く。自分が彼の手を放す瞬間を。
けれど自分は己が無力に深く瞑目するしかない。
頷くことは、どうしてもできない。
あの人の魂が、長いこと苦しんで、病んで病みやつれ、もはや果ての安息しか求めていないことを知っていてなお。
ずっと、見てきた。先陣をきり、ときに血反吐を吐きながら、自分たちのためにその身すら犠牲にして、彼がここまで自分たちを養い育て守ってくれた。自分は、その背中をただ見ていることしかできないほど幼くちから弱く、愚かだったけれど。
でも、見てきた。ずっと、見てきたのだ。あの人が苦しみ嘆き、病んでいかなければならなかった様を。
ならば、言わなければならない。もはや自分たちは守られ庇護されなくてはならない雛ではない。自ら空を駆ける力強い翼をもっている。だから。
もう、いいのだと。
楽になって、いいと。
手を放し、望むままに消え行かせるのが誠だろう。彼をこれ以上引きとどめ、病んで抜け殻になっていくのを少しでも食い止めるためには。この修羅を抜け、戻っていったなら、きっと彼は元通りに回復する。そしてまた笑ってくれる。何より好きだった、真昼の陽光のような笑顔を見せるだろう。
それを自分が目にすることはかなわないにしても。
身を切るように、心を引き裂くように、二つの思いがせめぎ合う。
手を放すべきだと解っている。けれどできない。どうしてもできない。たとえ苦しめることしかできなくても、あの人がそばにいなくなることに耐えられない。壊れてしまう。
罪深いのは自分だ。
誰より光の似合うあの人を、まだこうして永劫続く闇の中にとじこめておきたがる。自らが生きるために。ここでしか生きられない自分のために。
あの人を救いたい。けれど、あの人を失いたくない。どうしても、どうしても手放せない。
できるのは、ただ。
もはや、熾火すら起こらない彼の代わりに、自分が。
今まで彼がしてくれたことを、すべて、自分がやる。彼をはじめとする仲間を守り、盛り立て、支え、導く。どんなそれが困難であろうとも、やる。やり遂げてみせる。
だから。
許してほしい。他のどんな罰も受けるから、あの人だけは取り上げないでほしい。抜け殻になっても愛してる。
ずっと、愛してる。

お願いだから、そばにいて。


すいませんモウソウというよりウワゴト。気にしないでください。BTにもBBにも英国にもまっっっったく関係アリマセン。するりと流してくださいまし。イミフメイな言葉の羅列です。

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