MilanoからLondon、東京に移り住みましたが、変わらず日常生活を書き記そうかと。。
ミラノ通信 - 我が為すことは、我のみぞ知る



おいらは大資産家の家に生まれた訳では無いが、そんなに不自由な思いをした覚えもなく。

その点については、親がやりたいことを後押ししてくれていたんではないかなとは思う。価値観の違いは明確にあったけれどね。まぁ、それはそれ。時代なんでしょう。今の我々の感覚からしてみて、やっぱり当時はそう云う時代だったんだろうなと思う事が多々あるんでね。まぁ、それはそれ。

今、おいらたちは一粒種を育てていますが、彼を他と比べることはしない。

しないが、結果的にどういう家庭環境で育ったのか、とかそういうことは否が応でも知ることになるんだろうなと思われる。現実、食育に関して言えば恐らく進んでいると言うか、他と違うことさせているんだろうなとは思う。My first beefが、Cossott'eだったと、もしあのお店がずっと残ってくれたりすると、彼にとってはそれが良い肉を食べたんだな、最初と思ってもらえるだろうし。初めて食べたタンは、弐代目かやもりだったと言うこともね。そんなことなどの積み重ねで、どこかの小学校に行った時に、この給食美味しくないとか、言いそうで怖い、、、そう云うのが自分目線で他社比較になるのは避けて通れないからね。

親の想像力が欠如していたから、経験させてあげられなかった、と言うことは出来れば避けたいのよね。

財力ではなく想像力。お金なんて掛けなくても体験出来ることは多々あると思われるが、こんなことさせてみようと思わなければ、お金もへったくれもない訳で。その点、こうやって自然の中でも暮らすと言うことが彼にとって、都市生活との対比で良い経験となったなぁと将来は感じて欲しいなと思っていて。一度建てた家を中心に、そこから特にインクリメンタルコストを掛けずに、ここでの経験を積み上げていく、、、そう云うのが理想だな。イニシャルコストは掛けましたけどね。でもランニングコストはここに来るガソリン代と高速代くらいのもので。これはおいらたちが好きで来ているし、特に莫大なコストが掛かるものでもなし。暑い東京でガンガンクーラー掛けて電気代かけるより交通費掛けてこっちに来ている方がトータル安い気がするから、微々たる話。

とにかく、ここ須走で、彼が何を感じ取ってくれるか、、、

選択肢を与えてあげて、あと何をどう感じるかは強制なんて出来ないからね。もちろん、対話の中で、捉え方なんかを話すことはするけれど、経験したからなんなんだってならないように、してあげられれば、まぁ、一旦それで良いかなぁとは思う。そんなことを、セカンドハウス🏘のリビングでコロコロしながら考えましたわ。

変わらないのは彼への愛。
愛してるよ、みらんくん🧸❤



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