とあるプロジェクトで彼是1年以上前に発足したプロジェクト。
システムのカットオーバーは非常に順調に進み、コスト面、クオリティー、またそれに至るまでとその後のコミュニケーションと保守運用に付いても、久々に良いシステムプロジェクトができたと思っている。中々順調に進むプロジェクトはないが、これは優秀な人が実は少ないということを表している。逆に言えば優秀な人と仕事が出来、思った以上のアウトプットが出てきたのであれば継続して案件を進めるべきである。要は一度優秀な人を捕まえたら離してはいけないというと言うことである。
そんな人が転職すると言ったら?
やはり悲しい。しかし、優秀な人は望まれる人と言うことである。つまり転職し易い。優秀な人とは継続して仕事したいが、その人がいるから更なる案件をお願いしたいと思うものだが、転職先でも案件が成立するならお願いしたいくらいだ。まぁ、それが叶わなかったとしてもそういう優秀な人と出会えたと言うことは社会人生活を送っていて喜ばしいこと、として納得するしかないな。悲しいのは個人的にプロジェクトを進める時の極めて独善的な言い回し。その彼にとってよりよき職場が待っているのであればお祝いし、応援すべきであることは明白である。だから悲しいとばかり言うべきではないな。
おめでとうございます、と言うべきである。
以前いたとある会社は人事部がこれでもか、と言うくらい酷かったがやはり優秀な人から抜けていった。一時期同じグループ内で以前に発行された組織図及びメンバーのところに斜線を引いて、誰が辞めていったか、を自虐的に確認するということがあった。実際、その彼がその会社を辞める時に僕に託していったのだが、おいらに対しても、「(おいらも)多分すぐ辞めるでしょうから、斜線引いておきましょうか?」と笑いながら言っていた。ま、おいらはその会社その彼が辞めてから1年くらいして辞めたのだが、おいらから見てその彼は優秀だったし、実際その彼が転職した先で一緒に仕事したけども、やはり優秀だった。
人材の流動性と言う観点ではこの国はまだまだ終身雇用と言う神話が蔓延っている。しかし今の御時世、一所に落ち着いて何かクリエイティブなことをし続ける、若しくは何か自分が実現したいと思っていることを実現しようとし続けられることなんてあり得るのだろうか。かなり懐疑的だ。就職活動の時にこれを人生目標に仕事をしていくんだ、と決められなかったとしても働いてからの影響で何かを見つけられたとしたら同じ会社にずっといる等と言う必然性、必要性はない。出来れば学生のうちに何を人生で叶えたいか、を見付けられれば良いがこういうことを見付けられる人はやはり仕事に対しての姿勢が他とは違うはず。だから故に優秀だと思われるものだと思う。
次の職場での更なる活躍を祈念するのみである。また個人的には是非飲みに行きたいと切に思う。
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