まーくんブログ「人生って何?」私自身の体験をお話しします。お役に立てれば嬉しいです。

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第174話 ひとりとみんなが連帯でつながっている。

2021年04月12日 | 人生研究
この世は助け合いです。 そして基本は相手の人数に関わらず みんなで手をつないで助けることです。そのことが人間は絆であり連帯で生きるのが本来の姿であるということの一つの証しになります。

その理由は
私たちがもともと魂であるということと関係があります。魂というのは もともとひとつしかない神であるものの一部を 無数に分離してできたものです。神の意志でそうしたのです。自らを分けたのです。
ですから魂は性質が神と同じものです。ただそれぞれに個性を持った神が魂ということでしょうか。
ミニゴッド?ともいえるのでしょうか。

分離した理由は多様性を創るためです。人間のありとあらゆるケースを自分として体験できるように。神とは存在するすべてであるので そういうことになるらしい。
だから魂はお互いが絆で結ばれていて連帯なのです。多種多様な魂が元々は一体なので いろいろな場所でいろいろなものになってみて 個である自分をそしてみんなという全体であることを両方体験しているのです。

魂は地球のそして宇宙のあちこちに分離して存在しているように見えますが すべての魂は根っこではつながったひとつのもの 一つの存在 一体です。ものではなくエネルギーという存在です。意識を持ち思考するエネルギーです。しかもそのエネルギーは振動しています。その波動は魂の波動が宇宙で最も高く そしてなおかつ常に進化しているのです。それがつまり神ということのようです。

地球には多くの魂が 人間の中に入った形で存在します。
では人間という存在とは何かですが 人間とは成長して行くように創られた生き物です。
そして自我意識という 魂とは別の 波動がかなり低い意識が魂と一緒に入っていて その自我意識というのが人間の司令塔になっています。
魂が直接にあれこれ人間に指示を出してコントロールする仕組みではないのです。その代わりに自我意識が魂意識と肉体意識(潜在意識)の二つの意識のどちらかを選択しながら旅を続けて行くわけです。

しかしそうは言っても 生死を決定するのは魂の役目です。
また人間は成長の旅をするわけですが その旅の道程 すなわちどの時点で何が起きるかなどの筋書きはあらかじめ大筋を決めてあります。決めたのは魂です。それは何も知らない人間の自我意識に任せた無秩序の出たとこ勝負の旅ではなく 学びたいことがちゃんと学べるように熟慮されたストーリーが選ばれているようです。そのためのアドバイザリーボード(助言顧問委員会)のようなところがあって指示を仰ぐようになっているようです。

それで一人の人間の中には 一人の魂と一人の自我意識が入り 人間というものを通じていろいろな行動体験をすることで 魂も自我意識も自分というものがどういう存在なのかがわかるのです。
善と悪の両方が存在する世界にやって来て 悪を知ることによって善とはこういうことなんだと自分を知るというわけです。つまり悪が存在しない極楽浄土の世界にずっと住んでいたのでは 善ですらどういうことかわからなくなるのです。 それが魂がこちらにやってくる一番の理由なのです。人間というものの協力のおかげで自分を知ることが出来ているのです。

しかし同時に 魂は人間が成長するのを助けるのです。それは人間がそれを最も望むからです。成長して波動を上げ愛や美や真実をより味わえるようになりたいのです。

また魂的に見れば ひとりひとりが出来得る限りの多様な人生を手分けして体験的に生き 自分の学びだけじゃなくて みんなの役に立とうとしているのです。もちろんそれら各人の人生の情報を全人類がシェアしているのです。ひとつであり一体だからそれが出来るのです。

ちなみにそれら人生の内容はひとつひとつが無条件の愛の様々な形を体験的に学んでいるようですが さて私たち人間は沢山いるのに実はひとりしかいない。つまり本当は他人は存在しなくて全部自分なのだということもまた 実践的に学んでもいるようです。魂は全人類以上にたくさんいますが 魂どうしではいわゆる他人という魂が無いようです。離れて存在しているように見えても いわば神経細胞のように目に見えないネットワークで一体としてつながっているようです。  

もちろん人間は魂ではありませんから みんなバラババラで孤独な存在の集団だと自分で思っているようです。だから助け合いなどは目覚めた人たちでない限りなかなかしようとしないのです。
ただ サッカーやラグビー・野球などのグループ・スポーツをするときだけは ひとりが全体の勝利のためにプレーするという点で少し似た点はありそうですが そうはいっても目的が相手に勝つという目的のために行動するので愛とは異なります。

一人の神から沢山の魂を自分自身の多様性を学ぶために創った。 
だから 本当は一人という孤独な魂は存在しなくて それは常に全体の一部として存在するという意識のようです。全体がひとつだからそれはネットワーク 絆 連帯という形になるようです。

人間も成長して魂に近づけば本来みんなの一部であるひとりひとりがみんなのために生きていくはずです。
だからどんなひとりでも 一人が見捨てられるなどということは魂から見れば決してないのです。魂としてものを見るということです。

だから本当は他人というのは存在しなくて すべてが自分なのです。
自分の右腕と左腕が差別しあったり お互いに相手を認めようとしないで傷つけあったりしているのが人間なのです。
ではなぜ人間はそのように魂と違っているのでしょうか。
人間は魂と違ってこれから成長していかねばならない存在として創られたもののようです。それが人間の役目でありまた人間自身の望みでもあるようです。
成長する喜びです。

人間の成長レベルは 魂と比べたら神と人間くらいの差!があります。
意図的にそのように創られたのが人間です。でも数はまだ少ないようですが神のレベルに相当近い人間もいるようです。
それに人類全体としても成長度が高くなってきているようです。
そうなると人間レベルでの絆・連帯意識も一段と進歩して来て 地球の現実がより波動が高いレベルの現実に移行・変化しつつあるようです。すると例えば将来起こるべき超大地震でも 数多く起こるけどもそれぞれは比較的小さい規模の地震に小分けして起きるように変化することも期待できる と私は理解しています。

(続きます)

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