《落日菴執事の記》 会津八一の学芸の世界へ

和歌・書・東洋美術史研究と多方面に活躍した学藝人・ 会津八一(1881-1956)に関する情報等を発信。

新資料 『摩星楼歌帖抄』への書き入れ

2024年08月27日 | 日記
早稲田大学図書館會津八一文庫の蔵書に、式場益平著『摩星楼歌帖抄』(1924年)がある。八一生前の蔵書であるこの歌集には八一による書入れがある。ややまとまった文章ながら、會津八一全集には未収である。これを当ブログの皆様に報告したい。

こは予みづから世話やきて
出版せしめたる亡友の歌
集なるを罹災後新潟の
古本屋の店にてもとめ得たり

一八頁「翠漣亭即事」
四四頁「秋艸道人に」
四六頁「為秋艸道人詠太陽歌」
   「晩夏秋艸堂夜泊暁起」
八五頁「秋草堂を憶ふ」
一〇二頁「秋草道人に寄す」
など予に思を寄せたる歌の多さに今更おどろく

   昭和二十二年二月 秋艸道人
            渾品示
                         
(式場の序文に対し)
ここに「知友の」とあるも式場がかきし原文には
「秋艸道人の」
とありしを
予が意見をして
強てかく改め
しめたるなり
天下に秋艸道人
一人のみを知己
とする如き態度にて世にそむくは
よろしからずと
誡めたるなり
         秋艸道人記す
                         
八一自ら丸印等を付した歌を掲げる。

  • 若草の野をひた走る赤駒の見よくをゝしき歌人もがも(2頁)
  • こちたくも雪か降るらしこの寒きまだきを厩に馬のいなゝく(3頁)
  • 青空ゆ風吹きおちて樹の枝の雪散りみだる湖沿ひの村
  • 雪深き峠こゆればはろばろとまなかひにいる荒海の色
  • さ庭べの木末もろむけふゝ夜を折々乳児の泣く声きこゆ(5頁)
  • 雪降る夜うらの板橋狐来て泣く児食むとふなかでねよ吾児
  • 妹か文いまたも見えずけだしくは雪をこちたみ障りあるらし(6頁)
  • 雪晴れて日影まばゆき入江町をち方宿に三味弾くきこゆ
  • 雪残る垣根の楓いち早く赤き芽ふきぬ春の光りに
  • かなりやも身こもりけらしふくよかに腹毛ほうけて菜をあさり居り
  • 田の中を流るゝ川の板橋に君と相逢ふ蛙なく夜を(10頁)
  • 春いまだ曙寒し枕べの朱盆に乗せし玻璃の水さし(11頁)
  • 若草の野路わけゆけはをとめにて在り通ひけむ君の思ほゆ(14頁)
  • さく花のきのまをもるゝ日の光りうなねいたきまてなやましきかも
  • なやましき春の真昼の日の前に芽立ちの長き松のさびしさ
  • さをとめはすこしうつむき紫の匂へるぞよきをだまきのごと(23頁)
  • 朝髪のふくだみなほす小鏡の片へにいけしをだまきの花
さびしさにさ迷ふこゝろはてもなく野をゆく如し遠蛙きく(24頁)
草原に雨ふりやみて月さしぬ待たずしもあらず山ほとゝぎす(35頁)
  • 落ち葉たゝく雨の音寒み湯あみしてひとり火桶に酒を煮てけり(90頁)
  • くさくさの秋草花を瓶にいけて遠き昔の書よみ耽る
  • 花やぎてさあらぬ人と酒をのむそのまにも猶君をこそ思へ(103頁)
  • 暖かきひなたにひとり端居して柿をたべつゝ物おもひ居り(106頁)
  • 秋の田のかり田のくろをゆく人の影さへ寒きこのあしたかも
  • 病みふして久になりにけりそのあひだたゝ秋風になびく雲見つ
  • 老杉の木のま凌ぎて立つ塔の丹ぬりもさびし秋の風ふく
  • 手にとりてつばらに見れば犬蓼のうすべに花のはしくあるかも(107頁)
  • 稲かりて日のよくあたる田の島の菊のさかりとなりにけるかも
  • 稲かけし日南つゝく大根畑畑のめぐりの豆菊の花(108頁)
  • 常盤木のしみ葉をもるゝ空の色も藍ふかぶかと秋たけにけり(109頁)
  • 暖かき秋のまひるの日を浴びてけふもたゝひとり野を歩み来ぬ(110頁)
  • 見る限り浜ぐみ生ふる砂山に沖つ風ふく秋のはれし昼(一一一頁)
  • 夕紅葉下照る坂を恋ひくればいつくにかあらむ滝の音聞こゆ
  • おほゝしく空くもりぬと紅葉山かへり見しつゝ舟漕ぎゆくも(一一二頁)
落葉ふくかそけき風に返り見て我影さびし夕日さす野路(一一六頁)
風さやく木末にくらき秋の影見つゝ旅ゆく有明月夜
  • 静かにも寂しきものか枇杷の花咲けるがうへにてれる冬の日(一三一頁)
  • めざめてはわりなく淋し窓の外の笹生にそゝぐ夜半の時雨の(一四〇頁)
  • 雨いつか雪に更けゆくみ越路の野末の庵の闇の夜を思へ
  • 天地にもの音たえてふくる夜をわれはかほにも積もる雪かな
○○さよ中に目覚めてあればさらさらと窓にふり来る雪の音かも
  • 烏羽玉のやみのふゝきの遠き野にたゝずみましてわを待たすらし(一四一頁)
  • 雪の峰そばたつ窓に香たきて古き経よむ丹ぬりふづくゑ(一四四頁)
  • 静かなる雪の野川のきしゆけば遠きところに臼ひくきこゆ(一四六頁)
  • 川沿ひの並木下道雪の上にこゝだく散れる榛の花かも
◎ 雪深き広野に立ちて見さくれば日はてりながら小雨そぼ降る(一四七頁)
  

終わりに書誌的情報を付記する。式場益平著『摩星楼歌帖抄』大正一三年八月二〇日発行、雄文堂発行(一円六十銭)、全百四十八頁。
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