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月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

吉岡刑事物語・その38 / 窓枠の青空・10

2009年12月02日 | 小説 吉岡刑事物語



サービスエリアの左奥にある急な階段の上り口まで足を運んだとき、
吉岡は後ろに振り返って、月明かりの下にぽつんと一台
寂しく駐車されているプリウスへと向かって軽く手を振った。
階段の上り口からは正反対に位置する、
駐車場の最奥端に停めれたプリウスの車内から、
その表情までは読み取ることはできないとはわかっていても、
それでも吉岡は、後部座席の車窓から、
じっと自分を見送っているだろうすばるに向けて、
安心させるようににっこりと大きく微笑んだ。
それから今一度、プリウスの周囲をさっとくまなく注視したあと、
踵を返して、すばるの気持ちに余計な不安を与えないよう、
落ち着いた足取りで目の前の階段を上っていった。

階段を上りきった場所には、右側に上り線側からアクセスする
佐野SAの駐車場が開き、左側には、まだ出来て数年の宿泊施設の建物が、
玄関灯の放つオレンジの光の中に、暗く生い茂る木立を背景にして
浮かび上がっていた。
背後に振り返った自分の姿がプリウスの視界から完全に消えたのを確かめると、
吉岡は一気に走りだした。
以前捜査で慣らしたその場所の地形は記憶の中にまだしっかりと残っている。
宿泊施設の敷地裏は鬱蒼とした常緑樹でほの暗く縁取られていて、
その切れ目の先には、アスファルトの私道が伸びているはずだった。
敷地から数十メートル下に落ちた場所に。

あそこだ。

発作的に自殺を思い立った人が、
その死を選ぶ場所はごく限られている。
すばるの父親は、階段を上がってまっすぐに
木立の先へと向かっていったはずだ。
吉岡は夜空を見上げて、月の位置を確かめた。
雪明かりのような月光が、
ひっそりと、煌々と、辺りに降り注いでいる。
夜降ちを感じるには、月の光はまだ明るすぎる。

間に合う。

吉岡は木立に向かって一直線に駆けて行く。
夜風が鋭く身を切っていった。
冷気を吸い込むたびに胸の痛みが深まっていく。
錐で差し込んでくるような痛みを取り払おうとするように、
吉岡は右手でネルシャツの上の胸元をぎゅっと掴んだ。

あそこにいる・・・。

凍った月の光のベールを纏った墨色の夜空に、
木立群が黒雲母のようにもり上がっていた。
吉岡は懸命に走り続けた。

ぼくまってる。

そう云ったすばるの顔が心を過っていく。

ぼくまってる。

すばるは笑っていた。

「ちゃんと戻るからね」

そう呟いた吉岡の心の中に、
すばるの声が繰り返しこだましていく。

ぼくまってる。

ぼく、まってる。

ぼく、

まってる・・・

僕、

待ってるよ、

父さん・・・


心の中でこだましていたすばるの声が、
ゆっくりと自分の声に変わっていった。
夜気の中を駆けていく吉岡の脳裏に、
自分の父親の姿が浮かび上がっていた。
遠い記憶の中から呼び戻されてきた父親は、
半年にもわたって入院していた病院のベッドに横たわって、
全身を医療器械のチューブに繋がれていた。

「秀隆、父さんが元気になって退院したら、
また山に登りに行こうな」

真新しい中学の制服を着て見舞いに行った日、
父親は息子にそう約束した。
プシュー、プシュー、と、
ベッドの脇に置かれた人工呼吸器の立てる器械音が、
静まり返った病室内に規則的に響き渡っていた。
あの乾ききった感覚を、
吉岡は今でも膚にはっきりと思い出すことができる。

「僕、待ってるよ、父さん」

出来る限りの笑顔で答えた息子に頷いた父親は、
そのまま再び口を開くことはなかった。
逞しかった身体は針金のようにやせ細っていき、
最後のひと月は息子の顔をそれと認識することさえできなかった。

僕、待ってるよ、父さん・・・

吉岡の眉根が苦しげにぐっと寄った。
走り抜けていく木立の隙間から、敷地を囲む境界柵が、
月明かりの下に見え始めていた。

父さん、僕は・・・

吉岡は限界の速さで走っていく。

待ってたんだ・・・。
あれからずっと、
ずっと、
父さんが帰ってくるのを、
僕は待ってた。

叶うはずはないと承知しながら約束をした父さんと、
叶うはずはないと承知しながら約束をさせてしまった僕・・・。

父さん・・・

ごめん。

引きちぎれそうな胸の痛みと同時に、
すばるの笑顔が心に鮮明に戻ってきた。
吉岡は右手を前方にのばして、
柵の上でゆらりと揺れ動いた男の腕を、
ぐいっと手前に掴み戻した。





つづく

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