
ミュンヘンからノイシュバンシュタイン城への定期観光バスの、日本人ガイドNさんを最初見たときは、キザでアクの強い、危ない感じの男性だと思いました。
城までの道中Nさんは、ルードヴィヒ二世の生涯を紹介してくれました。ワーグナーのオペラを歌い、ヴィスコンティ映画を再現する一人芝居に、だんだんこのNさんと言う人物ただものではないと思えてきました。
Nさんはルードヴィヒ二世を心から敬愛してました。ルードヴィヒ二世は、世間一般には現実から逃避し時代錯誤の城造りに熱中し、国の財政を破綻させた狂王と言われていますがNさんの見解はぜんぜん違っていました。
王の築城は当時の公共事業であり、バイエルン国の経済において重要な役割を果たしていたというのです。平和を愛するルードヴィヒ二世は、民衆にとっても良い王様だったと言うのです。でも世界中が帝国主義へと移り変わる激動の時代、平和と芸術を愛するルードヴィヒ二世の心は、あまりにも敏感で繊細すぎたのです。
Nさんは、リンダーホフ城の「鏡の間」で宙を見つめながらルードヴィヒ二世の孤独と苦悩を嘆き、「私がお側にいたなら、王様の話相手をしてさしあげられたのに」としみじみ呟きました。
そして、傍らにかかっているルイ十四世時代の宮廷舞踏の絵を指さすと、「この時代からバレエが発展しました。このように踊ります。」と説明しながら、バレエを踊りだすではありませんか!!!
私達はあっけにとられ、ただ呆然とバレエを踊るNさんを眺めていました。

後日、Nさんを知る人に聞いたところ、彼は20数年前、バレエ留学でドイツに渡り、一時は舞台でも踊っていたそうですが、腰を痛めて引退し、ノイシュバンシュタイン城のガイドをしているということでした。
芸術を愛し、ルードヴィヒ二世の夢の世界に住み、王の友であり下僕である愛すべきNさんは、今も観光客を魅了しながら、お城で王様への愛を熱く語っていることでしょう。Nさんに、もう一度あいたいです。
(2001年 冬の旅の思い出です)