吉倉オルガン工房物語

お山のパイプオルガン職人の物語

大事な時期

2009年05月19日 | 家族
そういえば、久しぶりに息子と長い時間を過ごしたのでした。

築地から渋谷、南平台のマレーシア大使館へ移動、大使館のすぐ向かいがコインパーキングだったので、そこで待機。
随分と予定より時間が掛かって、ご一行様到着。
電車を逃したり、道を間違えたりと珍道中だったらしいです。
あの辺は歩いても別に楽しいところじゃないよなあ。
僕も、歩くのはしんどかったので、車の中で休止モードに入りました。

大使館でのイベントが終わって出てきたとんさんを収容して、ラーメン屋で食べて帰りました。
ふたりでラーメン屋に寄るのなんて初めてです。

そういえば最近、とんさんとゆっくり話しをしたことがなかった…。

生まれつき僕との相性に問題があり、性格が激しく、異性でもあるりーちゃんの方に注意が行きがちでした。

声変わりし、ヒゲも伸び始めてきた息子。
靴だって小6にして僕と同じサイズ(26.5cm)になったし…。
最近は、以前より口数が減ったというか、表現力が乏しくなったというか。
僕にはそういう時期は無かったのですが、中高生の頃、無口で無愛想なヤツっていたよなあ。
「ウゼェ、関係ネェ」
しか言えない若者も世には居るらしいし。そうなるタイプっているのかな。
まだ家内とはよく話をしているようですけど。
この頃は、僕に対して萎縮している様子もあるし…。

ただ、アイツと話すのは苛立つんだよなあ。
反応が遅く、あいまいな受け答えだし、声も小さくごにょごにょとはっきりしないのです。
それで怒ってしまうことがあるのです。

家内もりーちゃんも、ひとこと言えば数倍返ってくるタイプで、僕にはそのくらいの反応速度が普通なので、それからすると超低速なとんさんとの会話はイライラするのです。
彼は彼なりに慎重に話をしているつもりなのでしょうが、考えている時間が非常に長く、その間無反応なので、こちらに言ったことを無視しているように見えるのです。
幼い頃は、よくしゃべる子だったのですが、この2年くらいで徐々に大人と会話をするのが難しくなってきているようです。

女の子って子供の頃から、大人の女性の要素を備えているいる気がします。
対して、男の子の成長はもっと段階的な感じで、突然大きく成長するようなところがあります。

イライラするのを我慢して、とんさんとも会話のスタイルを構築しなければなりませんね。

あと8年もすれば、とんさんと飲みにいけるんですね。
晴れてその日を迎えるためにここ数年は大事に過ごさないとね。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
似てる…。 (ぼーさん)
2009-05-20 20:43:46
こんにちは。
とんさん、私の思春期に似てます。
反応超光速な姉や兄からは、"イライラする~!"と何度言われたことか。
それでも姉と兄と妹として暮らしていけるから、面白いところで。
とんさん、言葉選ぶ質ですかねぇ?
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思えば弟は (ひろにゃんof風琴屋)
2009-05-21 20:54:29
ぼーさん、ようこそ!

思えば僕の弟はあまりしゃべらない方でした。
本人が黙っていても、周りが先回りして手を差し伸べてくれるので、本人はますますしゃべる必要がなくなって、
「うん」と「ううん」だけでことが足りていたのでした。

僕が黙っていたら、誰も手を差し伸べてはくれません。

人それぞれ、持って生まれた運というものがあるのかもしれません。
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思春期。。 (坂本 耕太郎」)
2009-05-21 23:03:57
おお、とんさんにイライラするとか書いちゃえるところがすごいですね。。


僕も中学生のころ、有機農家の家庭に育ち、培われた価値観やライフスタイルが周囲とだいぶ違うことが理解できずに、委縮しまくってました。

あの頃って見えてる世界がすべてで絶対で逆らいようがなく、その中で生きてくしかなかったように思います。 僕に限ってですが。。 

その価値観の壁を超えれたとき、ずっと内面に押し込んでいた思いはバネみたく飛び出しました。農業とそれを志す仲間との出会いで♪

ちょっと恵まれすぎた時代だもんで迷わず進めることの方が珍しい気がします。

とんさんが、、気持ちが解き放てるよい出会いに恵まれますように。。
と勝手な想像をしながら読ませてもらいました。

僕にも、もうすぐ2歳の息子がいます。いろんな会話できる日がとても待ち遠しいです。




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始まりのとき (ひろにゃんof風琴屋)
2009-05-22 20:37:12
坂本 耕太郎さん、ようこそ!

ご実家が有機農家ですか!
今はともかく、かつては「異端者」的に見られていたところはあります。
親御さんは、強固なポリシーの持ち主でいらっしゃると推測します。

僕は、小学生時代までは、ほとんど社宅で、中学の頃も学区が団地で占められていたので、周囲の多くがサラリーマン家庭ばかりでした。

多少の違いはあれど、親の世代の基本的な価値観が非常に画一的な世界でした。

僕はしませんでしたが、繁華街を徘徊するヤンキーだの、同じ所をぐるぐるするばかりの暴走族が多いところでした。
彼らもたぶん、画一的な価値観に抵抗しようとしていたのでしょうが、結果的には画一的な行動をとっていました。

「世の中なんてこんなモン」
とみんなが感じていたようです。
すごい閉塞感でした。

「世界が広い」という当たり前のことを実感出来たことが、僕の始まりのような気がします。

子供達にも良い「始まり」を迎えてもらいたいと思っています。
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