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ばりん3g

小説「彼は泣いた」

ーーー1月1日、彼は泣いた。

彼は無邪気で、健気で、怒りも悲しみもある、ゲームが好きないたって普通の少年だ。童顔でかわいらしく、同い年の子と和気あいあいと遊ぶ姿から、親族にいまだ『ちゃん』付けで呼ばれるような子なんだ。

そんな彼はいま、泣いている。めでたいであろうこの日に、眉間にしわを寄せ大粒の涙をこぼしている。

 

その現場に終始立ち会っていた私は、彼が泣く理由にすぐに気づけた。

「今年頑張りたいことを言ってごらん」という壮年からの問いに

「3月に控えている高校受験に合格する」と返した彼が

「それじゃぁ渡せないな、もっとこう、かっこいいことを言ってくれ」と言われてしまったこと。間違いなくこれだろう。

彼はお世辞にも頭がいいと言えない。だから高校受験という出来事は、彼にとっては一番に頑張るべきことであり、彼はその思いを壮年に告白したんだ。

しかし壮年はその思いを当たり前のことだとして流して、重ねて「もっとかっこいいことを言ったらご褒美をあげる」とも言ったんだ。

自分が望むものでなければいけない、だが壮年からご褒美をもらえるぐらいにはかっこいい、目標を言わなければいけない。一番に頑張りたいことを流された少年は、このぐちゃぐちゃな言い様に思い詰めてしまったんだ。

 

こういったやり取り自体は、あまり珍しくはないだろう。

「やる気がないなら帰れ!」と言われ帰るそぶりを見せたら「帰るな!」と言われ、

「学校に行かなくてもいいんだよ」と励ますもその次に「できることなら学校に行ってほしいけど」と言い、

「言いたいことがあるならきちんと言え!」と発言を促すも「そんなことは聞きたくない!」と突き放す……などなど、例を挙げればきりがない。

言い切るなら、例が挙がらない、ぐらいが好ましいんだけど。

こういったやり取りは、投げかけられた人に逃げられない苦しみを与える。要求の挟み撃ちなんだ。あちらを立てればこちらが立たずで、何とか要求にそぐうようなものを作ろうとして、ものすごく混乱するんだ。

要求の真意を聞こうにも、先に立てられた要求を盾にされて聞き出せなくなって、挙句「俺の気持ちぐらい察しろ!」なんて言われるんだ。なんとかして探ろうにも、探るそぶりにすら反応されたらもう、

「やってられないよ」

投げかけられた側は、いつかは何も言わなくなる。言葉通りに投げ返してもいいのか、それとも言葉以外のことに注目すればいいのか、あるいはそれ以外か。ずっと投げかけられた人は、一言ひとことにものすごく疑り深く探りを入れて会話し始めるけど、すぐに疲れて、だれに何も言わなくなるんだ。

そしていつかは、無口で、内向的で、喜びも楽しさも顔に出さないような、周囲になじまない特異な人になってしまう。それがすべてではないだろうけれど、そうなるきっかけになるんだ。

 

一時間弱ぐらいで、彼は泣き止んだ。

壮年は「じゃぁ、今年は何かかっこいいことを見つけてやることを目標にしよう」と言い、彼にご褒美を渡した。

一件落着ととらえているだろう壮年と、眉間にしわが残る彼。

私はそんな一部始終を、隅のほうで、表情も変えずただ黙って見ていた。

 

 

参考文献

Gregory Bateson,Don D. Jackson et al. (1956) Toward a theory of schizophrenia.


論文を参考にいろいろ喋るブログです。

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