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ばりん3g

「あなたのためを思って」という言葉の有害さを教育心理学の観点から

「あなたのためを思って言っている」

この言葉に心当たりはないだろうか。

私はいくつかある。言われたことも、誰かが言われた現場も。言ったことはまだなかったはずだ。

もしこの言葉を聞いたことがないなら、ぜひとも知ってもらいたい。

もしこの言葉を聞いたことがあるなら、このお話にある程度納得できるだろう。

もしこの言葉を言ったことがあるなら、繰り返さないように思い返してほしい。

この言葉は、思う以上に私たちを蝕むもので、人になにかを教える時の一例として使えるものだから。

 


まず、「あなたのためを思って言っている」という言葉が使われる現場を想像する。

 

基本的に、この言葉は対象になにかを学習させたい指導者によって発せられる。

ここで言う学習とは「行動の変容全般」を指す広域的な言葉であり、事の発端は指導者が「わたしの要求通りの行動をしてくれないかな」との欲求を抱くところからである。

なので、対象がすでに学習している、つまり対象者の要求通りに行動している場合、言葉を投げかける必要がない。対象が指導者の要求に沿う理由はいくつがあるが、たいていは指導者の要求にある程度納得していることが挙げられる。

 

また、「あなたのためを思って言っている」の内をきちんと説明したとしよう。指導者の要求を、対象にとってわかりやすく説明した場合、ほとんどの対象者は納得し学習し始めるだろう。

「あなたのためを思って言っている」の内を明かす場合、この言葉はほぼ使う必要がない。説明する過程で主語が『あなた』から『対称の一人称』になる、対象の状況を踏まえたものになるはずだからである。

 

説明する過程で『あなた』が『あなた』のままであったり、そもそも説明を省いた場合、初めて「あなたのためを思って言っている」という言葉が発せられる。

説明をしてもなお対象が納得しなかったり、反応が鈍かったりしても、この言葉が発せられることがある。

 

 

指導者が学習させたいという欲求を抱き、その訳を説明せず納得していない対象にぶつけられる言葉が「あなたのためを思って言っている」となる。

この言葉は専門的な言葉で説明すると外的規制と内的規制に当たり……、早い話、「いいからやれ」と同義である。

支配的で抑圧的で、答えなければ嫌な顔をされ、あるいはそれ以上のネガティブな結果が待っている。

しかもこの言葉には「あなたのためを思って言っている(から、この善意に応えてくれるよね?)」という一方的な善意も込められている。突っぱねた時に出てくるのは、嫌な顔と、罪悪感だ。

 

「あなたのためを思って言っている」という言葉は、対象に学習させたいときに使える、非常に効率のいい言葉だ。一方的な善意と圧が、対象をがんじがらめにし、要求通りの行動を即座に起こしてくれるだろう。

もっとも、この言葉がもたらすのは効率の良さだけだが。

 

長期的目線に立った場合、この言葉は悪影響をもたらす。

一番厄介なのは思慮深さの欠落だろう。指導者の無茶な要求に対応すべくリソースを割くため、自分で考えることが徐々に難しくなっていく。

指導者が「あなたのためを思って言っている」と言い続ける環境は、対象の思慮深さを無視する場所だ。前提として育ちづらいし、削がれていく。

後は満足感幸福感などの低下、ざっくり言えば「なぜ生きているのか」がわからなくなってくる。思慮深さの欠落に拍車をかけるし、それ以外にも、考えたくない悪いことを引き起こしかねない。

 

 

「あなたのためを思って言っている」という言葉は、対象をコントロールして望み通りの結果を得たいという強い欲求の表れ。一方的な善意こそあれ、対象に寄り添う思いはほぼない。欲求についての説明が省かれた時点で、それを察するべきだろう。

 

もしこの言葉を聞いたことがないなら、これからも聞かず言わずのほうがいい。

もしこの言葉を聞いたことがあるなら、これからは聞かず言わずが望ましい。

もしこの言葉を言ったことがあるなら、これからどうするかはそちらに委ねる。

もしこの言葉の説明を聞いたうえでなおも「あなたのためを思って言っている」を使うのであれば、それでもかまわない。私は「あなたのためを思って言っている」なんて、あなたに言うことはない。

 

なにが起こっても私は知らないからな。

 

 

参考文献

Edward L Deci, Richard M Ryan. (1985) Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior.

JOHNMARSHALL REEVE (2009) Why Teachers Adopt a Controlling Motivating Style Toward Students and How They Can Become More Autonomy Supportive.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.


論文を参考にいろいろ喋るブログです。

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