新潟県の北端に位置し、北から東にかけては山形県に接している村上市。人口57,418人(令和2年国勢調査)
かつては村上藩の城下町として栄え、現在でも市中に武家町、商人町の面影が残っている。山、川、海といった美しい自然と文化のまちだ。
なぜ今回の旅のメインが村上市なのかというと、元彼の出身が新潟県村上市だったからーーというだけではもちろんない。
「村上木彫堆朱」という漆器をご存知だろうか。
24歳にして美大受験を終え、番号の貼り出された掲示板で不合格を知った後も、私は漆芸を勉強したいと考えていた。
あと一年勉強すれば受かる。予備校で言われた何の確証もない言葉が頭の中で反芻される。
浪人か……
いつまでもショックを引きずっていても何も好転しないのはわかっている。けれど頭は真っ白で、一体どうしたらいいのだろうかと家路を歩きながら途方に暮れていた。
明らかに泣きはらした顔を見ても親は何も言わなかった。私は早々に部屋に引きこもるとパソコンの電源を入れた。
その頃にはなんとなく気持ちは落ち着いていて、浪人以外の道を探そうと思ったのだ。
工芸といえばやはり弟子入りだろうか……
そんなことを思いながら検索画面に「漆芸 産地」と適当に文字を打ち込む。とりあえず勉強できる場所が大学以外にあるのかを知りたかった。ぼんやり漆芸をやりたいと思っていただけで何も調べてこなかったことが悔やまれる。大学に入ってから知ればいいなんて甘いことを考えていた自分が恥ずかしかった。
いろいろ検索する中で、全国の漆器をまとめたサイトに行きつき手を止めた。日本地図のまわりに写真付きで漆器が紹介されていて、写真をクリックすると詳しく書かれたページへと飛ぶ。わかりやすく丁寧なつくりのサイトだった。
そんな北から南まで写真がたくさん並んでいる中で、いちばん最初に目に留まったのが「村上木彫堆朱」だった。
昔美術館で見た、中国の大きな堆朱の皿が印象深く記憶に残っていた。当時は漆がどういったものかなんてもちろんわからなかったが、どうやらこの細かい装飾が漆を彫ってつくられているらしいことに感動し、面白そうだと感じていたのだ。
そんなことがあり「村上木彫堆朱」の名前を見て、作品の写真を見て、中国の堆朱の皿を思い出し、漆を彫ってみたいという憧れともいえる目標が決まった瞬間だった。
その後きちんと調べていくと「村上木彫堆朱」は、木地に模様を彫刻し、その上に天然の漆を塗り重ねて制作するのだと書いてあり、中国のいわゆる〝堆朱〟とはまた別の技法であることを知るのだが、何はともあれ漆芸というぼんやりしたものの中で、私が明確にやりたいことをイメージしたのはこれが初めてのことで、その後の道を決める中で重要なターニングポイントとなったのは間違いない。
こんな経緯から、いつか原点となった「村上木彫堆朱」を見に行きたい。ずっとそう思っていた。