ブログ物語
海風のバイオリン・・・風の隣 (短い物語)
秋の海岸はキラキラと輝き、心地よい潮の香り。
風の音に乗って遠くからバイオリンの音色が流れてきた。
砂浜から突き出た岩の上に人影が二つ見える。
目を凝らしながら見つめると、
女の子が海に向かってバイオリンを弾いている。
亜沙子が聴いたことのない曲だ。
女の子のそばで男性が大きなカメラを向けて撮影をしていた。
11歳の亜沙子はこの海岸近くに住んでいるけれど、
このような場所では珍しい光景だった。
亜沙子は現実とはだいぶかけ離れた想像をしながら、
くいいるように見つめる。
撮影はかなり長い時間続き、
陽が沈みかけたころ二つの影は岩の上から戻っていった。
砂浜からそのの姿が見えなくなると、
ワクワクしながら亜沙子はそこへ向かう。
バイオリンの音がまだ残っていますようにと、
これ以上暗くならないで、、、と、
ちょっと焦りながら足を速める。
早く行かないと、
初めての物語の中を覗けなくなるような気がした、、、
そこはとても眺めもいい場所で、
引き潮になると亜沙子は友達と一緒に潮だまりを見つけながらいつも遊んでいた。
そして、潮風に吹かれながら海の先を見るのが好きな場所。
砂浜から突き出ている低い岩場は潮が満ちると海の中に隠れてしまう。
何故か、
亜沙子の中でそんないつもの海の風景が一変した。
毎日見慣れている風景の中に、
一時見たバイオリンを弾く女の子の姿が亜沙子の頭から離れない。
いつもの場所がどこか遠くなっていくような気がして、、、
でも、何かが始まるような気がして、
夕暮が近いその場所へやっとたどり着いた。
岩の上に立ち、
さっきの女の子を思い出しながら海に向かい、
バイオリンを弾く真似をすると、
かすかに耳に響くバイオリンの音色。
それは、
亜沙子の中では自分が奏でている音色だった。
満足しながら余韻に浸っていると、
遠くから呼んでいるみんなの声でハッと我に返る。
「亜沙子ちゃ~ん、早く帰ろうよ」
真子ちゃんと雄太君が大きな声で叫んでいる。
あ、ちょっと暗くなってきた、大変だ、
ハアハアと息を切らしながら帰って来た亜沙子は、
またそのまま二人と一緒に家まで走って戻った。
そして夕食の時、
いつになく神妙な顔で何度も自分を見つめる亜沙子に気が付いた母親が言う。
「靴ならまだまだ履けるんだから新しいのを買うのはもっと先よ」
「靴じゃないよお母さん」
「じゃあ何なの?」
「お母さん、私の一生のお願いを聞いてよ、
バイオリンを買って、く、だ、さ、い」
「バイオリン?バイオリンで何をするの?」と、お母さんが不思議そうに聞いた。
「何をするのって、、、私が弾くの」
それを聞いた父も兄も思わず吹き出す。
日頃からあまり歌も歌わないし、
音楽には興味がない子だとばかり思っていたので、
思いがけない亜沙子の願い事に何と返事をすればいいのかさえ考え付かない母親だった。
でも、亜沙子に音楽が好きな子になってほしいとい気持ちもあった。
「そうね、本当にやりたいのなら自分でお小遣い貯めて買えばいいよ、
お手伝いしてあげるから!」
すると、「あ、父さんも手伝ってやるよ」と父が言う。
♪ # ♫
ほんとうは今すぐほしいけど、、、
うん、色々おお手伝いして頑張ろうと思う亜沙子だった。
貯金箱をひっくり返して見ると4千円くらいある。
ふと見まわすと、部屋の中に大きなぬいぐるみがあふれていた。
ほしくて買ったはずなのにほとんど見向きもしないものばかりが目立つ。
あぁ、これからはよく考えてからお買い物しなくちゃ、、、
亜沙子は白黒のワンちゃんのぬいぐるみを三つ抱えて兄の部屋へ行った。
「お兄ちゃん、これほんとは一個2千円だったけど1000円づつで売ってあげる、
お兄ちゃんだから特別だよ」
二つ年上の兄はあっけにとられながら亜沙子の姿を見て、
「そんなのただでもいらないよ、じゃまだよ」
「やっぱりいらないよね」とつぶやきながら、
きれいにすっきりと片付いている兄の部屋をまじまじと眺める亜沙子だった。
ところが話は急展開することに。
数日後、学校から帰ってきた兄がニコニコしながら亜沙子のところへやって来た。
「ほらっ、」
と言って差し出したのは何と、
ケースの中に入ったとバイオリンと弓だった。
「ワ~ッ、エ、どうしたの?」
「どうしたのどうしたの、おにいちゃんこれどうしたの?」
あまりにも驚いた亜沙子は、
バイオリンに触ろうとした両手を思わず引っ込めてしまった。
「友達の妹が習い始めたばかりのバイオリン止めてトランペットやりだしたんだってさ!」
「お前の事話したらやりたい人がやったほうが絶対いいよ、と言って持ってきてくれたんだ」
「向こうのお父さんお母さんももらってくれる人がいて喜んでいるんだってさ」
何だか夢のような話と目の前のバイオリンに、
戸惑いながらもワクワクがとまらない亜沙子だった。
「ハイヨッ、お兄ちゃんからのプレゼント、、、お手入れはちゃんとしてあるんだって、だからすぐ弾けるらしいよ」
♪♪♪ ♭ ♪ # ♫ ♪ ♪♪♪
亜沙子がそっとバイオリンを持ち上げる。
あの女の子が弾いていたポーズを思い出し、
何度も何度もイメージしながら練習したとおりにバイオリンと弓を構えた。
キイ~ッ、シュ~ッ・・・
音らしい音は出ないけれどひしひしと喜びがあふれてきた。
「友達の妹は一時間半くらいかけてお母さんが車で送り迎えしてらしいけど、
この近くにバイオリン教えてくれるところってないよね」
と言う兄の声に、亜沙子は急に現実に引き戻される。
その後、中学生になった亜沙子は、
日曜日の午後からバスで往復3時間かけてバイオリン教室に通うようになった。
練習は、とても夢見たような楽しい時間ではないうえに、
家族の誰もバイオリンの事は全く分からないので、
家での練習はほとんど遊びのようなもの。
♪♪♪ ♭ ♪ # ♫ ♪ ♪♪♪
しかし亜沙子は一週間に一度の練習が待ち遠しかった。
そして、家では毎日熱心な練習に明け暮れた。
好きで始めて、とにかく奏でることがうれしくてたまらなかった亜沙子は、
2年間バイオリン教室に通い続けると、
自分が好きな曲を何とか弾けるようになり、
自分なりにバイオリンを楽しめるようになっていた。
それに難しい演奏をしたいなどとも思っていない。
これでもうすっかり満足している。
そして、時々ふと思い出すのが、
海に突き出た岩の上でバイオリンを弾いていたあの女の子の事。
あの時の衝撃の瞬間が、
今でも亜沙子をバイオリンの世界に引き込む・・・
何か物語の中の一場面のような光景が亜沙子には忘れられない。
そして、あの時のメロディー!
かすかに聴こえてきたのは何の曲だっただろう・・・
あれこれと手当たり次第に視聴してみるけれど、
何の曲だったのか?
まだわからないのが悔しい亜沙子である。
曲の途中からかすかに聴こえてきただけなので無理も無いが、
でも、それが
「愛の挨拶」という曲だと気づいた時、
亜沙子はあの岩の上で演奏せずにはいられなかった。
夕暮れ間近な海、
風が吹いている。
はやる気持ちを抑えながら、
海風に包まれながら
亜沙子は演奏を始める瞬間を探している。
そして、
もうとうに引っ越してしまった女の子の事を身近に感じながら、
亜沙子のバイオリンが歌い始めた。。。
♪♪♪ ♭ ♪ # ♫ ♪ ♪♪♪
ブログで綴る小さな物語/海風のバイオリン
ーーーおわりーーー
ふと思い描く小さな兄と妹の物語、二人はとっても仲良しなのです♪