61匹目「偽の情報で惑わす妖精 イワシクラ」
いつもはグータラで、昼間っから家でゴロゴロしている洋一郎之介ですが、今日は珍しく朝から学校へ向かっています。
「どいたどいたー! 今朝の俺は一味違うぜい!」
登校中の子供達を突き飛ばしながら校門を抜け、同じく早くから来ていた連中と校庭で大縄跳びをして遊んだ後、元気よく教室へ入りました。
「に、ににんがし……にさんがろく……にしが……わかりません」
「その前に、君は誰ですか?」
先生の言葉にビックリしちゃいました。
「誰って、俺は深川洋一郎之介だろうが! ……ていうか、あんたこそ誰だ!? 何セン?(何ていう先生?の略)」
今までまったく気がつかなかったのですが、見た事もない先生だったのです。先生だけではありません。周りの子供達も、マジで子供だったのです。
「君は学生服着ているけど、中学生じゃないのかね? ダメじゃないか、勝手に入ってきちゃあ」
「いっけねー!」
慌てて教室を飛び出して中学校へ向かう洋一郎之介でした。
しかし……。
「どっちに行けばいいんだ!?」
すっかり道に迷ってしまったのです。
その時です。
「どうやらお困りのようですねえ?」
振り向けば、そこにはソ連兵のような格好をした男が立っていたのです。手にはフォークを持ち、背中にはなぜか電車の絵を描いたベニヤ板を背負っています。目の焦点は合っていませんでした。
「迷子、ですかねえ?」
男はにやりと笑いながら言いました。
「あ、うん……。あんた誰?」
「わたしはね、イワシクラというもんですよ。実はわたし、道には結構詳しくてねえ」
「え、本当!? じゃあさ、俺の中学校へはどう行ったらいいのか知ってる?」
「くっくっく。もちろんですよ。南へ向かうとほこらがある。そこから西へ進み、岩と岩の間へすすめ。……ですけどねえ」
「サンキュー!」
洋一郎之介は駆け出しました。
しかし……どこにもほこらなんて無いのです。そもそも「ほこら」なんてゲームの中でしか聞いた事が無いので、実際には何なのか分かりません。
「ちっくしょー!」
「おやおや。お困りで?」
振り向けば、そこにはソ連兵のような格好をした……イワシクラが立っていました。
「ちょっとー! もっと分かりやすく教えてよ!」
「くっくっく。あいよ! だからよ、ここをまっつぐ行ってだね、タバコ屋の角をしだりにへえった先にあるてえんだよべらぼうめ!」
イワシクラは突然江戸弁でまくし立ててきました。その勢いに押されて、思わず走り出してしまった洋一郎之介です。
しかし……どこにもタバコ屋なんか無いのです。
「ちっくしょー!」
「まだこんな所にいたんですねえ」
「イワシクラ! てんめー!」
「おっと、もう発車の時間です。わたしは行きますよ。これがわたしからの最後のヒントです。それでは、御機嫌よう~」
イワシクラは自分に向かって人差し指を突きたて、目の前でグルグル回しました。まるで自分に対して催眠術をかけるように。
すると、焦点の合っていなかった目が、さらにおかしくなり、完璧に白目になりました。
口も半開きになり、体はガクガク震え、トランス状態になっているのです。
「ちょ、ちょっとイワシクラ!?」
「がったんこー、がったんこー……」
イワシクラは何かに取り付かれたように、電車の口真似をしつつ、真横に走り出しました。そのままカニのように走り去っていきました。
「イワシクラ……。もしかして君は、最大の攻略法を俺に教えてくれたのかな……。そうだよね、イワシクラ……」
洋一郎之介はイワシクラを真似して、自分に向かって人差し指をグルグル回しました。直後に眠りに落ちて、そのまま夕方まで発見されなかったといいます。