――ワカチガキ考察――
この文章は昭和43年12月1日 「歯車」NO78号に掲載された私の文章を採録いたしました。(児島庸晃)
●俳 句 実 作 者 と 読 者
先日「青玄」の19周年全国大会が200人近い参加者を得て神戸で行われたとき、伊丹三樹彦主幹は「私がワカチガキを始めて行ったとき、賛同者は三人しかいなかったが、いまは逆にワカチガキをしない人の方が三人ぐらいになってしまった」とユーモアをまじえて語られた。
一週間後、詩を作っている若い仲間が、最近とくにふえているとの情報を聞きこんだ。僕は、さっそくその情報の主と、詩学研究サークルへ。すかさず、詩を作っている仲間たちへのアプローチを試みてみると、俳句は面白くないからという返事が返ってきた。とにかく現代詩の方が面白い存在なのだろう。俳句を作っているものにとってはきわめて不愉快な一日であった。
ここでワカチガキを論ずる序文として、大正以後の俳句についての歴史的なことを考えてみよう。大正初期以後の日本文学のなかで俳句ほど特殊な扱いを受けてきたジャンルもまためずらしい。大正の初めというのは、別の見方をすれば俳句が勃興した時期で、鬼城、普羅、そして蛇笏、水巴という作家たちが、名実共に大活躍していた。にもかかわらず、それらは俳壇外の人からは読まれていない。それは俳句実作者の意識と俳句実作者以外のものの観念・意識というものが違っていたからであろう。連句の実作者としての西鶴、芭蕉などは、散文の世界でも大きな価値観もった仕事をしていたし、また明治になってからは、漱石、犀星、龍之介、鏡花らも、俳句の分野でいい仕事をしているのに――。
いま僕の近辺にいる、句を作り始めてまもない人に会うと、井泉水や碧梧桐の句を知っているという人が多い。それだけ俳壇外の人にも読まれてきただけの決定的な文体があったからである。いつだったか読んだ本のなかで、小田切秀雄は「自由律の俳句あたりまでは喜んで読んでいたけれど、その後の俳句には興味がなくなって、俳句に対する関心がほとんど薄れていたときに、犀星がそんなにほめているのならというので、草城を読んだ」といっているのを知った。これなどは実作者以外の人にもぐーっと興味を持たせた一つの事実である。俳句が短詩形文学の一部であるには違いないのに、どうして詩をつくっている連中からはもちろん、その他のジャンルからの関心が比較的薄いのか、僕はつねづね考えてきた。それは俳句のもつ本質的な問題、固定観念にしばられすぎていたからではなかろうか。昨日の俳句方法を疑ってみないところにあった。俳句は伝統と歴史の文学ではあるけれど、老人好みのだけの文学ではない筈、若者には若者の文体があり、感動があり、そして新しい仕事がある筈。俳句実作者以外の人にも、よりわかりやすい、文体があり、方法がある筈なのだ。小田切秀雄も言っている通り、一個独立した作品として読者の前に出される筈のものが、単に俳句を作るものにしか読まれないというふうな状態。実作者だけが読者であるという考え方――これはもう一度はっきりとした形での定着をも考えて見なければならない。だいたい俳壇受けの作品はこうだという、形においての発想がまちがっている。俳句は――こうでなければならない、という固定観念などない筈である。他の散文のもつ価値観を超えるためには、在来の俳句観念だけでは、それを超えることは出来まい。僕は僕なりに俳句の表記革命によるところの価値観をここに自問自答してみたいと思う。もちろん表記が全てではない。ものを伝える手段として、その充実した内容をより正しく深く理解するためにおいてである。
●ワ カ チ ガ キ の 発 生
そのワカチガキを最初に積極的に推し進めた結社は「青玄」である。三樹彦主幹は、昭和三十四年の青玄誌上の後記に次のように書いた。
「現代の俳句は、現代の読者を対象としなくては発表の意義も価値もない。ならばその表現媒体としての現代語を自覚し、かつ導入することこそ緊急の課題である。そう信じて現代語俳句の実践に踏み切り、かな使いもまた新かなを採用するに至った。私とて、永年文語表現の俳句に親しんだものである。この切り替えに相当な決心を要したが、やってみると現代語表現そのものには予期したほどの困難は覚えなかった。現実に日常生活の場で生きている言葉を基とする強みであろうか。ただ、<や・かな>といった代表的切字との決別もあり、名詞を切字に用いる場合が多くなった。ために先号の<磨滅した空抽斗に夕焼け溜め 章夫>のような句で、<空>と読むか<空抽斗>と読むかで苦しみもする。作者は<空>の意であった。それなら<空>と<抽斗>の間を一字空ければいいではないか。元来、俳句の組み方には、鉄則などない筈だから、読者への伝達を正確にするため一行書式に、縦の分ち書きを施せばいい――という次第だ」(原文のまま)
このようにワカチガキは、現代語を導入することによって必然的に生まれてきた。現代語を使う場合、名詞を切字に用いることが多くなり、先ほどの<空>と<抽斗>というようにそれぞれ別の名詞が重なって、複合語を作ることがありうる。意味の伝達が不明瞭になる。このように原始定型にそって、五・七・五の三言節に切って<磨滅した><空抽斗に><夕焼け溜め>と読んでみると、意味上の切れ目とリズムとは異なる。それは意味上の切れ目としての分節は音節(リズム)とは重なってはいないということである。
「<磨滅した空><抽斗に夕焼け溜め>はイメージとしては二分節である。こうした音節と分節の不一致が現代俳句の読みへの伝達を困難にしている。ワカチガキはこれを防ぎ、作者の意図を正しく読者に伝えるに適した表現として採りあげられた」と大中青塔子、登村光美、伊藤章作らによる合同研究ではのべられ、以後、次々といろんな実験がなされていった。
●分 析 と 検 討
いまここで図式化することは危険なことだが、仮に分けるとすると次のようになる。
①句読点的使用…連続した使用
意味、或いはイメージ、感情が正しく伝達される。
②切字的使用…断絶した発想
イメージ同士の衝撃により、二元的な作品に。そして深読みに耐え得る内容をもりこむことが出来る。
これらの分け方は個人によって異なるが、連続した発想と非連続の発想との二つの面から考え、そのいずれをも個人の自己操作によって意識的になりたつ。②の分野においては、老若、明暗、動静、清汚、生死など、といった対比の問題、全く異なるイメージを同一次元内に定着させ、両者の対比を通しての作者の自己意識の主張。さらに相関の問題。もともと切らなくても意味の通じるものを、意識的に一字あけることによって、ムードの喚起を誘い、その象徴性を濃くするもの。あるいは自己と場の問題、作者が生きてゆくため、生きているための存在価値を引き出すための背景としての環境――自己の内部世界と外部世界をワカチガキを用いることによって繋ぐ。これを更に深めての心理の陰影をワカチガキによって屈折させる問題。表現上は小休止としての使用だが、内容の面においては屈折感をさらに深くしたような断絶感としての問題。など数多く問題を複雑に有している。①の分野においては、部分強調としての、音節と分節の問題、現代語導入によって生じた音節と分節の不一致を、作者の感動のままに途中で切り、作者の実感の起伏をそのまま読者に伝える。表面上に出ていない作者自身の内に秘められた内的リズム。古典芸術の分野では、能。狂言などの間(ま)。ごく身近にはわれわれが日常、会話をする場合にもしばしばみられる間(ま)を感じとれるような新しい呼吸、などなど。
そしてこのワカチガキは定型感覚があってからこそなりたつもので、これらのことが日常用語そのもののようにだらだらした表現をしていたのでは、かえって自由律俳句の一部に見られたごとく、緊張感を欠くものとなる。本来この役目は、心理は、静かにして強い響きをもつものであった。
このよういにワカチガキは多くの効用をもって登場してきた。
●作 品 と 分 析
ここでいろんな傾向の作品を追って最近出た現代語俳句の会機関紙「俳句思考」1号から拾ってみる。
もう一度 縄踏んで 縄 確かめる 北川邦陽
てのひらの砂の瀑布を 旅という 北川邦陽
火の中の波だつ海は 消さずにおく 村田治男
日時計の針がもつはるかな 木琴音 村田治男
快晴 さしあげて見てナイフ買う 佐久間風葉
まるいかげを探しに 子供の日の地べた 佐久間風葉
庭歩くだけの 祖父の麦藁帽を 買う 松原慈夫
烏賊らに見入る 妻へ時間をかす 炎天 松原慈夫
老けたという そうだろう 上手に飛石踏む 鞭 不木
すぐ追いつき 乳母の肩抱く 墓参の坂 伊丹三樹彦
ベレー党だが 巴里祭の父 いまも音痴 伊丹三樹彦
荒梅雨 退勤 傘を進める力はある 守田椰子夫
地下街のどの出口へとなく 歩きだす 津根元 潮
ある日 日記であいつを殺し 多感な冬 津根元 潮
拳ふりあげる女になりたい 淋しく汗ばむ 藤村芙枝子
この手が何もかも知っていて 耐える 窪田芙良子
時間失った青年 炎天にキャンディ嘗め 宮石弘司
潮焼け漁夫の 歯がない 民家兼バス停 摂津幸彦
米買いに行く 西日づたいの 馴れない街 楊枝佐和子
土砂降りデモで 自分に聴こえるだけ唄う 澤 好摩
都会の靴脱がれ 宿坊の干し玉葱 伊丹啓子
墓のひとつを 日傘に入れて 跼む母 五十嵐和琴
この機関紙は「営」「主流」「つばさ」「青玄」「形象」「短詩」「浮標」その他の多くの仲間たちが集まって出しているものだが、とくにワカチガキのなされている作品だけをとりあげてみたのだが、いろんな形において、数多くの作家たちが、このワカチガキを積極的に使っている。
そこで僕たちが普段常識として心得ている効用をさらに細かく分類しておかなければならない。
①一句の意味(或いはイメージ)や内容を明確にすることが出来る
②意味の断絶や屈折や相関の所在を表現することが出来る。
③リズムの緩急や強弱を乗り移らすことが出来る。
④音節と分節の不一致といった矛盾を少なくすることが出来る。
⑤従来の棒書きでは望み得なかった表記面での分野にも、作者は自分の意思を発揮することが出来る。
⑥自作の内部構造を再検討する機会をもつことが出来る。
⑦俳句は耳で聞くより、活字で伝達されることの方が多いということで、視覚効果がある。
など、書き示せばきりがない。そして僕が調べた結社誌、同人誌数十冊のうちその半数ちかくが、なんらかの形においてのワカチガキを試みていた。いまやワカチガキはブームの時期を通り越し、真の意味でのワカチガキ本来の役目と目的をより明確に打ち出して来ているように感じられる。
●これまでのワカチガキの結果得たもの
昭和三十四年頃から意味の伝達性ということで積極的に始まったワカチガキも、従来の諷詠俳句から、意識的な造形俳句への体質改善を通り、今や次のようなことをより強く深く可能にした。
オノマトペ・リフレイン・間投詞・話しことば・モノローグ・語尾に強調語。
俳句における現代語として欠かすことの出来ない問題を、より理解しやすく親密に表現してきたことである。
作品(1)
★オノマトペ
しーんとつーんと朝 ずーつと枕木の風景 児島照夫(庸晃)
★リフレイン
鳩笛(オカリーナ) ソドシラ ドシラ さびしい受胎 諧 弘子
★間投詞
パセリ喰う苦さ はい 革命のない国です 楊枝佐和子
★話しことば
ひとりぼっちの泊灯ね 寒いわ お父さん 伊丹三樹彦
★モノローグ
微笑を下さい しゅりーんと鉄を切ったあと 坂口芙民子
★語尾に強調語
灰を見る いつものそんな貌 よせよ 児島照夫(庸晃)
さらに現代語で俳句を書くものにとっては、基本定型(原始定型五・七・五)では充分な現代定型とは呼びきれなかった新しい定型感覚を,準基本定型(七・七・五)として定着付けたことである。さらにこれに準ずる応用定型(活用定型)として導入部(上五音)を最高十音まで認めるようになったこと(十九音率活用定型)へとつながる。
作品(2)
★準基本定型に属するもの
おお 教会ねずみ 僕もそうして棲みついた 塩見憲一
頑固な釘 ギイコと抜いて あるじとなる 塩見憲一
オーイげんげん田 妻と このバスどこゆきだ 南波竹一
酔うて 妻にひかれて帰る アツー蛍 南波竹一
★活用定型(19音率活用形)
いつも誰かが、起きてて灯して 落葉の家 伊丹三樹彦
縫う妻見上げる これが盛夏の楽な姿勢 守田椰子夫
釣竿など出してる 自称短気のぼくと教授 橋本昭一
終電の網棚 臥て待つ母のものが 跳ね 江上壱弥
それぞれの作家がいろんな用い方を得て、このワカチガキは、だんだん想像も出来ない分野に向かって前進している。僕達の生活が毎日変化してゆくことと似ていて、これらは固定したものではない。それが現代語のもつ魅力であり、また意味性にもつながる、これは僕だけの感想ではなかった。
先日「青玄」の19周年全国大会が200人近い参加者を得て神戸で行われたとき、伊丹三樹彦主幹は「私がワカチガキを始めて行ったとき、賛同者は三人しかいなかったが、いまは逆にワカチガキをしない人の方が三人ぐらいになってしまった」とユーモアをまじえて語られた。
一週間後、詩を作っている若い仲間が、最近とくにふえているとの情報を聞きこんだ。僕は、さっそくその情報の主と、詩学研究サークルへ。すかさず、詩を作っている仲間たちへのアプローチを試みてみると、俳句は面白くないからという返事が返ってきた。とにかく現代詩の方が面白い存在なのだろう。俳句を作っているものにとってはきわめて不愉快な一日であった。
ここでワカチガキを論ずる序文として、大正以後の俳句についての歴史的なことを考えてみよう。大正初期以後の日本文学のなかで俳句ほど特殊な扱いを受けてきたジャンルもまためずらしい。大正の初めというのは、別の見方をすれば俳句が勃興した時期で、鬼城、普羅、そして蛇笏、水巴という作家たちが、名実共に大活躍していた。にもかかわらず、それらは俳壇外の人からは読まれていない。それは俳句実作者の意識と俳句実作者以外のものの観念・意識というものが違っていたからであろう。連句の実作者としての西鶴、芭蕉などは、散文の世界でも大きな価値観もった仕事をしていたし、また明治になってからは、漱石、犀星、龍之介、鏡花らも、俳句の分野でいい仕事をしているのに――。
いま僕の近辺にいる、句を作り始めてまもない人に会うと、井泉水や碧梧桐の句を知っているという人が多い。それだけ俳壇外の人にも読まれてきただけの決定的な文体があったからである。いつだったか読んだ本のなかで、小田切秀雄は「自由律の俳句あたりまでは喜んで読んでいたけれど、その後の俳句には興味がなくなって、俳句に対する関心がほとんど薄れていたときに、犀星がそんなにほめているのならというので、草城を読んだ」といっているのを知った。これなどは実作者以外の人にもぐーっと興味を持たせた一つの事実である。俳句が短詩形文学の一部であるには違いないのに、どうして詩をつくっている連中からはもちろん、その他のジャンルからの関心が比較的薄いのか、僕はつねづね考えてきた。それは俳句のもつ本質的な問題、固定観念にしばられすぎていたからではなかろうか。昨日の俳句方法を疑ってみないところにあった。俳句は伝統と歴史の文学ではあるけれど、老人好みのだけの文学ではない筈、若者には若者の文体があり、感動があり、そして新しい仕事がある筈。俳句実作者以外の人にも、よりわかりやすい、文体があり、方法がある筈なのだ。小田切秀雄も言っている通り、一個独立した作品として読者の前に出される筈のものが、単に俳句を作るものにしか読まれないというふうな状態。実作者だけが読者であるという考え方――これはもう一度はっきりとした形での定着をも考えて見なければならない。だいたい俳壇受けの作品はこうだという、形においての発想がまちがっている。俳句は――こうでなければならない、という固定観念などない筈である。他の散文のもつ価値観を超えるためには、在来の俳句観念だけでは、それを超えることは出来まい。僕は僕なりに俳句の表記革命によるところの価値観をここに自問自答してみたいと思う。もちろん表記が全てではない。ものを伝える手段として、その充実した内容をより正しく深く理解するためにおいてである。
●ワ カ チ ガ キ の 発 生
そのワカチガキを最初に積極的に推し進めた結社は「青玄」である。三樹彦主幹は、昭和三十四年の青玄誌上の後記に次のように書いた。
「現代の俳句は、現代の読者を対象としなくては発表の意義も価値もない。ならばその表現媒体としての現代語を自覚し、かつ導入することこそ緊急の課題である。そう信じて現代語俳句の実践に踏み切り、かな使いもまた新かなを採用するに至った。私とて、永年文語表現の俳句に親しんだものである。この切り替えに相当な決心を要したが、やってみると現代語表現そのものには予期したほどの困難は覚えなかった。現実に日常生活の場で生きている言葉を基とする強みであろうか。ただ、<や・かな>といった代表的切字との決別もあり、名詞を切字に用いる場合が多くなった。ために先号の<磨滅した空抽斗に夕焼け溜め 章夫>のような句で、<空>と読むか<空抽斗>と読むかで苦しみもする。作者は<空>の意であった。それなら<空>と<抽斗>の間を一字空ければいいではないか。元来、俳句の組み方には、鉄則などない筈だから、読者への伝達を正確にするため一行書式に、縦の分ち書きを施せばいい――という次第だ」(原文のまま)
このようにワカチガキは、現代語を導入することによって必然的に生まれてきた。現代語を使う場合、名詞を切字に用いることが多くなり、先ほどの<空>と<抽斗>というようにそれぞれ別の名詞が重なって、複合語を作ることがありうる。意味の伝達が不明瞭になる。このように原始定型にそって、五・七・五の三言節に切って<磨滅した><空抽斗に><夕焼け溜め>と読んでみると、意味上の切れ目とリズムとは異なる。それは意味上の切れ目としての分節は音節(リズム)とは重なってはいないということである。
「<磨滅した空><抽斗に夕焼け溜め>はイメージとしては二分節である。こうした音節と分節の不一致が現代俳句の読みへの伝達を困難にしている。ワカチガキはこれを防ぎ、作者の意図を正しく読者に伝えるに適した表現として採りあげられた」と大中青塔子、登村光美、伊藤章作らによる合同研究ではのべられ、以後、次々といろんな実験がなされていった。
●分 析 と 検 討
いまここで図式化することは危険なことだが、仮に分けるとすると次のようになる。
①句読点的使用…連続した使用
意味、或いはイメージ、感情が正しく伝達される。
②切字的使用…断絶した発想
イメージ同士の衝撃により、二元的な作品に。そして深読みに耐え得る内容をもりこむことが出来る。
これらの分け方は個人によって異なるが、連続した発想と非連続の発想との二つの面から考え、そのいずれをも個人の自己操作によって意識的になりたつ。②の分野においては、老若、明暗、動静、清汚、生死など、といった対比の問題、全く異なるイメージを同一次元内に定着させ、両者の対比を通しての作者の自己意識の主張。さらに相関の問題。もともと切らなくても意味の通じるものを、意識的に一字あけることによって、ムードの喚起を誘い、その象徴性を濃くするもの。あるいは自己と場の問題、作者が生きてゆくため、生きているための存在価値を引き出すための背景としての環境――自己の内部世界と外部世界をワカチガキを用いることによって繋ぐ。これを更に深めての心理の陰影をワカチガキによって屈折させる問題。表現上は小休止としての使用だが、内容の面においては屈折感をさらに深くしたような断絶感としての問題。など数多く問題を複雑に有している。①の分野においては、部分強調としての、音節と分節の問題、現代語導入によって生じた音節と分節の不一致を、作者の感動のままに途中で切り、作者の実感の起伏をそのまま読者に伝える。表面上に出ていない作者自身の内に秘められた内的リズム。古典芸術の分野では、能。狂言などの間(ま)。ごく身近にはわれわれが日常、会話をする場合にもしばしばみられる間(ま)を感じとれるような新しい呼吸、などなど。
そしてこのワカチガキは定型感覚があってからこそなりたつもので、これらのことが日常用語そのもののようにだらだらした表現をしていたのでは、かえって自由律俳句の一部に見られたごとく、緊張感を欠くものとなる。本来この役目は、心理は、静かにして強い響きをもつものであった。
このよういにワカチガキは多くの効用をもって登場してきた。
●作 品 と 分 析
ここでいろんな傾向の作品を追って最近出た現代語俳句の会機関紙「俳句思考」1号から拾ってみる。
もう一度 縄踏んで 縄 確かめる 北川邦陽
てのひらの砂の瀑布を 旅という 北川邦陽
火の中の波だつ海は 消さずにおく 村田治男
日時計の針がもつはるかな 木琴音 村田治男
快晴 さしあげて見てナイフ買う 佐久間風葉
まるいかげを探しに 子供の日の地べた 佐久間風葉
庭歩くだけの 祖父の麦藁帽を 買う 松原慈夫
烏賊らに見入る 妻へ時間をかす 炎天 松原慈夫
老けたという そうだろう 上手に飛石踏む 鞭 不木
すぐ追いつき 乳母の肩抱く 墓参の坂 伊丹三樹彦
ベレー党だが 巴里祭の父 いまも音痴 伊丹三樹彦
荒梅雨 退勤 傘を進める力はある 守田椰子夫
地下街のどの出口へとなく 歩きだす 津根元 潮
ある日 日記であいつを殺し 多感な冬 津根元 潮
拳ふりあげる女になりたい 淋しく汗ばむ 藤村芙枝子
この手が何もかも知っていて 耐える 窪田芙良子
時間失った青年 炎天にキャンディ嘗め 宮石弘司
潮焼け漁夫の 歯がない 民家兼バス停 摂津幸彦
米買いに行く 西日づたいの 馴れない街 楊枝佐和子
土砂降りデモで 自分に聴こえるだけ唄う 澤 好摩
都会の靴脱がれ 宿坊の干し玉葱 伊丹啓子
墓のひとつを 日傘に入れて 跼む母 五十嵐和琴
この機関紙は「営」「主流」「つばさ」「青玄」「形象」「短詩」「浮標」その他の多くの仲間たちが集まって出しているものだが、とくにワカチガキのなされている作品だけをとりあげてみたのだが、いろんな形において、数多くの作家たちが、このワカチガキを積極的に使っている。
そこで僕たちが普段常識として心得ている効用をさらに細かく分類しておかなければならない。
①一句の意味(或いはイメージ)や内容を明確にすることが出来る
②意味の断絶や屈折や相関の所在を表現することが出来る。
③リズムの緩急や強弱を乗り移らすことが出来る。
④音節と分節の不一致といった矛盾を少なくすることが出来る。
⑤従来の棒書きでは望み得なかった表記面での分野にも、作者は自分の意思を発揮することが出来る。
⑥自作の内部構造を再検討する機会をもつことが出来る。
⑦俳句は耳で聞くより、活字で伝達されることの方が多いということで、視覚効果がある。
など、書き示せばきりがない。そして僕が調べた結社誌、同人誌数十冊のうちその半数ちかくが、なんらかの形においてのワカチガキを試みていた。いまやワカチガキはブームの時期を通り越し、真の意味でのワカチガキ本来の役目と目的をより明確に打ち出して来ているように感じられる。
●これまでのワカチガキの結果得たもの
昭和三十四年頃から意味の伝達性ということで積極的に始まったワカチガキも、従来の諷詠俳句から、意識的な造形俳句への体質改善を通り、今や次のようなことをより強く深く可能にした。
オノマトペ・リフレイン・間投詞・話しことば・モノローグ・語尾に強調語。
俳句における現代語として欠かすことの出来ない問題を、より理解しやすく親密に表現してきたことである。
作品(1)
★オノマトペ
しーんとつーんと朝 ずーつと枕木の風景 児島照夫(庸晃)
★リフレイン
鳩笛(オカリーナ) ソドシラ ドシラ さびしい受胎 諧 弘子
★間投詞
パセリ喰う苦さ はい 革命のない国です 楊枝佐和子
★話しことば
ひとりぼっちの泊灯ね 寒いわ お父さん 伊丹三樹彦
★モノローグ
微笑を下さい しゅりーんと鉄を切ったあと 坂口芙民子
★語尾に強調語
灰を見る いつものそんな貌 よせよ 児島照夫(庸晃)
さらに現代語で俳句を書くものにとっては、基本定型(原始定型五・七・五)では充分な現代定型とは呼びきれなかった新しい定型感覚を,準基本定型(七・七・五)として定着付けたことである。さらにこれに準ずる応用定型(活用定型)として導入部(上五音)を最高十音まで認めるようになったこと(十九音率活用定型)へとつながる。
作品(2)
★準基本定型に属するもの
おお 教会ねずみ 僕もそうして棲みついた 塩見憲一
頑固な釘 ギイコと抜いて あるじとなる 塩見憲一
オーイげんげん田 妻と このバスどこゆきだ 南波竹一
酔うて 妻にひかれて帰る アツー蛍 南波竹一
★活用定型(19音率活用形)
いつも誰かが、起きてて灯して 落葉の家 伊丹三樹彦
縫う妻見上げる これが盛夏の楽な姿勢 守田椰子夫
釣竿など出してる 自称短気のぼくと教授 橋本昭一
終電の網棚 臥て待つ母のものが 跳ね 江上壱弥
それぞれの作家がいろんな用い方を得て、このワカチガキは、だんだん想像も出来ない分野に向かって前進している。僕達の生活が毎日変化してゆくことと似ていて、これらは固定したものではない。それが現代語のもつ魅力であり、また意味性にもつながる、これは僕だけの感想ではなかった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます