辻雅之の政治経済・日本史世界史、自由自在。

All About「よくわかる政治」ガイドの辻雅之による政治経済、日本史世界史コラム。

ソロスが教えた「市場原理」

2006-01-13 23:24:23 | Weblog
明日、といいつつすごく開いてしまいました。

さて、1992年、ソロスというヘッジファンドのカリスマがイギリスの中央銀行であるイングランド銀行に戦いを挑みました。つまりイギリスの通貨であるポンドを売りまくったのです。

当時、イギリスは他の西欧諸国とともにERMというシステムに加入していました。これは、EC諸国内ではゆるやかな変動幅の固定相場制にし、域内通貨の安定を図る、というものでした。

そのため、売りまくられて(2兆円くらい一気にポンドが売られた)値が下がっていくポンドに対し、イングランド銀行は値下がりをやめるために外貨を投入してポンドを買い支えました。

しかし、ソロスの怒涛の売りは収まりません。

翌日、イングランド銀行はいきなり公定歩合を10%から12%に急上昇させました。ソロスはポンドを空売りしてその多くでマルクを買っていたので(つまり、ポンドを借りて売ってマルクなど外貨を買い、ポンドの値を下げる。自動的にマルクなど外貨は高くなるので、ポンドにして返しても、あるいはマルクなどで返しても利益が出る)、ポンドを借りにくくするよう金利を上げたのです。

それでも、まだポンドは売られます。午後、イングランド銀行は公定歩合を15%にしました。しかし、今度は市場そのものがポンド安に動いてしまいました。

これ以上、イングランド銀行は公定歩合を上げることもできませんでした。このころのイギリスは不況。不況ならば低金利政策が普通。しかし、イギリスはERM維持のためもあって10%の高金利。

ただでさえ高い公定歩合を、これ以上、上げていくことはイギリス経済を大きく混乱させることになります。そして、イングランド銀行のポンドを買い支える資金も尽きていました。

結局、公定歩合は10%にもどされ、イギリスはERMから脱退しましたのです。ソロスのファンドは国家に戦いを挑み、1500億円くらいの利益を出したといいます。その分、いやそれ以上(最後には他の投資家たちのポンド売りにも対抗したため)イングランド銀行は損害を出してしまいました。

固定為替というのはこのような危険を持っています。1960年代まで保たれていたアメリカ・ドルを中心とした固定相場が崩壊したのも、変わり行く市場に為替制度がついていけなかったことが原因です。

中国も早く、完全変動相場制に移すほうが、中国にとっては賢明でしょう。中国の国土や人口が広くとも、経済規模はGDPで1兆ドル程度、イギリスの約半分です。何か「仕掛けられても」おかしくはありません。

中国はイギリスと違い、おそらく為替制度も閉鎖的ですし、人民元を高くしようと考えても安くしようとする人はあまりいないでしょうから、ソロスがやったときのように市場の投資家が同調するかどうかもわかりません。

しかし、ソロスは常識的ながら非常識な手段でイングランド銀行に挑みました。そんな風にして、頭をひねりながらいろんな策を考えている人は、どこかにいるかもしれません。