ロンドンのオリンピックの開会式にも 閉会式にも とても感動してひきつけられました。
高齢者の施設での ボランティアの資料として 新聞の切り抜きファイルしながら 一つ一つの競技で活躍された方たちの 姿を思い出して感動を新たにしています。
とにかく 艱難辛苦の 何年にもわたる挑戦には驚嘆し 感動などという言葉などでは とうていあらわしきれません。メダルを 取れなくても そこに至るまでの 肉体的精神的な たぶん経済的にも 想像を絶する挑戦があったんだと 報道を見て読んで 思いを新たにしました。
政局というか 政治がぐちゃぐちゃです。前代未聞のコントロールを失った政治が迷走し 未来の日本への絶望と怒りを日々感じている中で 日本人の活躍に 勇気を 未来の信頼を 夢を 得た気持ちです。
東京電力の 原発事故後の録画が マスコミの一部だけで公開されました。150時間にわたる録画のうち 音声があるのが50時間といわれていますが 音声があろうか無かろうが・・・ 無いというのは「ウソ」だと 普通のおばちゃんである私でさえ 思っていますが・・・ 放映して欲しいです。プライバシーといいますが 東京電力の職員に関しては プライバシーなどとういう言葉を云々してほしくありません。福島をはじめ 日本中を震撼とさせた 放射能を撒き散らした東京電力の関係者に 権利を・・・プライバシーという権利・・・をいう資格はありません。その地を追われ いつ帰れるかもしれない境遇に落としいれられた人々や 子供が風邪を引いただけで ”あの時の 放射能の影響かも”と 一生重荷を背負っていかなければならない親たちの恐怖を思えば 平気で”プライバシー保護”という言葉で逃げる 東京電力のいいぶんなど通るわけが無いのに 通るのは なぜだろう?
政治家たちが 大声で公開を主張しないのはなぜだろう?・・・
しょせん利権が 絡み合っているのだろうか?
マスコミだって 声は小さいのはなぜだろう?・・・
しょせん スポンサーだからではないのだろうか?・・・
どんなに長い放映であっても 国民の大多数は見るに違いない。もちろん 映像や音声を修正しないで。
私は見たいし 録画して 孫が理解できる歳になって 一緒に検証したい。
私は あす終戦の日を迎えますが・・・ 広島 長崎の原爆投下の悲惨さを残酷さを 直接体験しなくても知っています。もちろん 直接体験された方たちとは違いますが。
私は 小学生の頃から 反戦の作文ばかり書く子供でした。今のように 情報を得ることなど手段など限られていました。ラジオから流れる「たずねびと」という番組で 生き別れた家族を探す情報が流されていたことを鮮明に覚えています。子供心に 戦争によって生き別れた人たちがたくさんいるのだということを 毎日実感していたのです。両親からも 戦争の悲惨さを 絶えず教えられていました。特に 教師らは直接 戦闘に参加した人も多くいましたし 広島で被爆し 背中一面に負ったやけどを見せながら 無残な状況を語ってくれました。戦争の残酷さを知る状況は 身近にありました。
今 生きている人は 子供に孫に 未来に・・・ この原発事故を語り続けなくてはならないと思います。かつて 戦争を語り継いでもらったように・・・
だけど この情報過多の時代に 語りつくべき”検証”が 曖昧にされています。やりきれません。それも あきらかに「利権」という魔物に取り付かれて。
私が 原子爆弾というものに 恐怖を始めておぼえたのは 「原爆の子」という映画を見てからです。ずっと なぜ子供たちに この映画を見せて 語り続けないのかと思っていました。いつのまにか 子供の目から そうしたものから 目をそらすようになってきたと思います。
違う面で 残酷なシーンのある映画が 台頭してきました。戦争の 本当の残酷さから目をそらさせて。
今の政治家の無能は 戦争を知らない 知ろうとしないことが 原因だと思っています。きれいごとの政治家の 日和見主義は しょせん 「自分さえ 当選すればいい」という自己中心の身勝手からのバカ者たちの 集団です。一部を除いては・・・
つづく