道東を発見する旅 第3の人生

祟り(たたり)を怖れる日本人、死者に鞭打つ隣国の人

韓国大統領の発言

先日来、韓国大統領のあきれた行動と発言で日本国内の世論は大きく揺れ動いている。2,3日前、仕事帰りに梅田のヨドバシカメラに行ったら、右翼の街宣車がすごくやかましかった。

なぜ、こんな事になったのか、色々説明はあるが、もう一つ納得できないままだったが、今日、紹介するサイトの記事で腑に落ちる点があった。その背景に宗教的な側面があると書いている。

義父の葬式

話は飛ぶが、前回、義父の容態が悪化していると書いた。水曜、木曜と職場から病院にお見舞いに行き、明日は夏休みをとって準備していたところ、昨日の夜7時、あっさりと天に召された(自分の勤務する病院ではこう言っています)。昨夜は仏様(ご遺体)を祭典場に搬送してもらい、仏式のお祀りにより、今日はお通夜、明日は葬式の予定だ。葬式は身内だけでひっそりと済ませる予定である。

死者を弔う方法の基本は、きちんと葬らなければ死者から祟り(たたり)を受けるという前提で行われるようだ。どうやら、これが今回の韓国大統領の発言にも関連しているというのである。

祟り神(たたりがみ)は、荒御霊であり畏怖され忌避されるものであるが、手厚く祀りあげることで強力な守護神となると信仰される神々である。また、恩恵をうけるも災厄がふりかかるも信仰次第とされる(Wikipedia祟り神より引用)。

祟りを怖れる日本人、それに対して死者に鞭を打ち続ける韓国人や中国人、という対比が面白い。長いのでじっくり読んで下さい。

韓国大統領の発言にみる日韓の宗教(文化)の違い(引用サイト:http://blogos.com/article/44943/?axis=p:0)

靖国問題については、私見を簡単に言えば、文化(宗教)の違いですから、はっきり言って、韓国も中国も、内政干渉です。日本のもっとも分かりにくいところがこの宗教の部分だと思います。

日本は表面上は仏教ですが、日本人は、古来から、山本七平の言う「日本教」だと思います。これは、芥川龍之介(こちらが先です)も言っています。日本人は死者に対して鞭打つことはしません。

基本的には、善人も悪人も、怨霊にならにように丁寧に葬ります。その時、葬るのに、上手く葬る手法として、仏教を取り入れたのだと思います。

だから、成仏するようにというわけです。ここに、悪人も善人も区別はありません。「和」を重んじる国ですから、死後の世界では、さらに、死者が安らかになるようにと願うわけです。殉職の2階級特進なんてのも、その一種です。

一方、儒教の文化は、犯罪者は、死後も犯罪者です。大昔は、犯罪者の家族はもちろん、9親等の者まで処罰(皆殺しです)されたとか…

ですから、戦争を引き起こした犯罪者を祭る靖国神社は彼らにとってはありえないわけです。

しかし、日本では、彼らも、丁寧に祭っておく必要があります。仕事で、よく大手町に行っていましたが、高層ビルと高層ビルの間に、平将門の首塚があるのです。

今でも、祟りが信じられ、お線香が耐えません。日本は、そういう国なのです。

ですから、多くの政治家が参拝するのは、日本人として当然であり、日本の首長である総理大臣が参拝するのは、霊をなだめるためには、最も力(効果)があると考えるのが日本の宗教なのです。

逆に、参拝せず、不吉なことが起きれば、「祟り」が起きたと考えるのも日本人です。ちゃんと、霊をなだめないから…なんて言われちゃいますね。

身近でも、仏前にご飯やお水を欠かさずに供えたりしますよね。もし、お供えを忘れると、「死んだおじいちゃんがおなかがすいた」っていう夢を見たとか言う者が家族の中に出てきたりします。同じことだと思います。

きっと、私が書いた「非科学的」なことでも(宗教なので非科学的なのは当たり前ですが)、日本人なら、納得できるはずです。しかし、中国人や韓国人は、これを理解することは、まず、出来ませんね。

だから、靖国問題が起こるのであって、李大統領も、全く日本を理解していない侮辱的な発言になるのでしょう。彼らは、日本のことを勉強しているか、いないのかよくわかりませんが、彼らの宗教の根本は儒教なのです。

その中でも朱子学です。特に韓国は、朱子学が唯一の国学(国教)でしたから、本場の中国よりも、朱子学の影響を強く受けています。

司馬遼太郎さんもおっしゃっているのですが、朱子学は理屈っぽく、現実より名分を重んじます。井沢元彦さんは、南宋時代に出来た学問で、基本、負け犬の学問ということを言っていたように思います。

それが、朝鮮半島(当時高麗)に伝わり、常に、中国の支配下にあった朝鮮で、この学問が開花したのは、ある意味、自然な流れかと思います。

大事なことは、現実よりも名分を重んじるわけですから、現実(歴史)を曲げても、「こうあるべきだ」論を主張してくるわけです。

南宋なんて、弱い国が現実なのですが、理屈をつけて、「いやいや、北方騎馬民族がおかしいぞ、漢民族はつよいそ」と言っているわけです。

「日本が朝鮮併合なんて間違いであり、あってはならないことだと、彼らは野蛮なだけだ」と永遠に言っているわけです。

話が長くなりましたが、日本と韓国の文化は、隣国にして、全く異なります。お互いがこれを理解せずして、関係が上手くいく分けないのです。

が、この朱子学は、本当に、厄介なわけで、韓国と上手く付き合うには、ここを理解しないといけないのだと再認識するのでした。もちろん、韓国は、朱子学の枠を飛び出し、現実を重視しないと、国際社会から、ますます、遠ざけられると思います。

天国のおじいさんへ

祟り神は手厚く葬られると守り神になるそうです。お通夜も葬式も守り神になってもらうために手厚い葬り方を実現する場であると考えれば、長くて退屈なお経も我慢できるのではないでしょうか。

いかがだったでしょうか。面白い話です。さて、義父は実にタイミング良く天に召されたというのが家族4人の感想です。亡くなったのが夜7時で病院の夜勤帯の人も元気な時間帯です。自分もN子さんも休みをとって準備していたところでした。週末に葬式が終わってしまえば、自分もN子さんも忌引きを取る必要はありません。

息子達ですが、絵描きの息子は制作が終わって出展が終わったところ、映画撮影の専門学校の息子は、卒業制作の撮影が終了したところで絶妙のタイミングでした。

来週末の飛騨高山の旅行も無事行けそうだし、映画撮影の息子とは日曜日、映画を見に行くことも出来そうです。天国のおじいさん、ありがとう。
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