『ファインマン物理学Ⅱ(光 熱 波動)』には温度についてのかなり詳しい考察があるのだが、翻訳がおかしいのでわかりづらいかもしれない。
気体分子運動論に基づいて温度を定義することについて、以下のような一節がある(p188)。
14-4 温度と運動エネルギー
これまでのところ温度はでてこなかった. われわれはわざと温度を避けていたのである. 気体を圧縮するとき, 分子のエネルギーが増加することを知っている. そしてこのとき気体が熱くなったといういい方をする. われわれはこれが温度とどういう関係にあるのか, それを知りたいのである. 実験をやる場合, 断熱的ではなく, 一定の温度と称せられる状態でやるとすれば, どうすればよいのか? 気体の入った二つの箱を接触して, 十分長い時間放っておくと, 両者が異なる温度と称せられる状態から出発したとしても, 結局は同じ温度になる. さてこれはなにを意味するのか. それは十分長い時間放置すれば, 行きつくべき状態に落ちつくということを意味する. 同じ温度ということの意味はまさにこれで, 長時間ほかのものと相互作用をしながらぶらぶらしているものが, 最終的に落ちつく状態の特性である.
この部分の原文は以下の通り。
39-4 Temperature and kinetic energy
So far we have not dealt with temperature ; we have purposely been avoiding the temperature. As we compress a gas, we know that the energy of the molecules increases, and we are used to saying that the gas gets hotter ; we would like to understand what this has to do with the temperature. If we try to do the experiment, not adiabatically but at what we call constant temperature, what are we doing? We know that if we take two boxes of gas and let them sit next to each other long enough, even if at the start they were at what we call different temperatures, they will in the end come to the same temperature. Now what does that mean ? That means that they get to a condition that they would get to if we left them alone long enoughl What we mean by equal temperature is just that-the final condition when things have been sitting around(ほったらかしておいた)interacting with each other long enough.
訳文の最後に『特性』という言葉がある。ところが原文にはこれに当たる言葉がない。訳者がこれを補ったわけだ。しかし、これを補ったために、熱平衡(と書くことにする。=the final condition・・・)を温度で定義するような印象を与えることになってしまった。著者が言いたいことはもちろんその逆で、「同じ温度になる」という言い方を手がかりにして、熱平衡から(気体分子運動論的に)温度を定義したいのだ。
考察の結果、次のような結論に至る。
かくして、
二つの気体か同じ温度の場合,質量中心の運動エネルギーの平均は等しくなる.
分子の運動エネルギーの平均値は, “温度”だけできまる性質である。それは温度の特性であって, 気体の特性ではない. したがってそれを温度の定義として利用する二とができる. それ故, 分子の平均の運動エネルギーは, 温度のある関数である. しかしいったい温度にどんな目盛を使えばよいのか, きまっていないのである. それでわれわれは, 平均のエネルギーが温度に比例するように勝手に決めればよい. それをやる最もよい方法は, 平均のエネルギー自身を, 温度とよぶことであろう. 不幸なことに,温度の目盛はこれまで別な選び方がされていた. それで平均のエネルギーを直接温度とよぶ代りに, 分子の平均エネルギーとケルヴィン温度とよばれる絶対温度の目盛との間に, 定数の換算項をおく. (以下略)
原文は、
Thus when we have two gases at the same temperature, the mean kinetic energy
of the CM motions are equal.
The mean molecular kinetic energy is a property only of the "temperature." Being a property of the "temperature," and not of the gas, we can use it as a definition of the temperature. The mean kinetic energy of a molecule is thus some function of the temperature. But who is to tell us what scale to use for the temperature ? We may arbitrarily define the scale of temperature so that the mean energy is linearly proportional to the temperature. The best way to do it would be to call the mean energy itself "the temperature." That would be the simplest possible function. Unfortunately, the scale of temperature has been chosen differently, so instead of calling it temperature directly we use a constant conversion factor between the energy of a molecule and a degree of absolute temperature called a degree Kelvin.
訳文は「それは温度の特性であって・・・」の温度にかけるべき” ”を省略してしまった。しかしこれはまずい。原文にあるイタリックのthe same temperatureと次のふたつの”temperture”は熱平衡のことだからだ。それ以下のtemperatureは熱平衡の『特性』である「平均分子運動エネルギーが等しい」というこから新たに定義された温度。だから” ”が付いてない。
後のほうで熱力学的温度が導入され、両者が一致することまで丁寧に説明されている。