なんたることだ! 網戸に鍵がかかっていた! これは、計画どおりになっていなかった、たった一つの事故だった。ぼくは、狂ったようになってポケットへ手をつっこんだ。ナイフの刃を立てようとして、爪を一枚剥がしたーーーそして、鍵穴につき刺し、要約のことで鍵をはずした、その瞬間ーーー曲乗りオートバイが柵にぶつかろうとするときのような勢いで、網戸めがけて突進してきたピートの身体を、ぼくは間一髪でよけることができた。
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「そうだよ。行かなくちゃならないんだ。それはどうしようもないんだが、ぼくのいうことを聞けば、ちゃんと会えるようになるんだよ。リッキイは、お祖母さんのところへ行って、しばらく、いい子で学校に行ってお勉強するんだ。そのあいだに、このお金が、どんどんたまる。そしてきみが二十一になったとき、もしきみがまだぼくたちに会いたいと思ったらーーーそのときは、きみも冷凍睡眠(コールド・スリープ)に来ればいいんだよ。そのためのお金は、もう充分たまっている。そして、きみが目を覚ましたら、ぼくがちゃんとそこに待っていてあげる。ピートとぼくと、二人で待ってるよ。約束するよ、げんまんしてもいい」
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ハインラインの長篇、数あるなかに、総合点のいちばん高くつけられる作品はといわれたら、ぼくは、今のところ、ためらうことなしにこの作品を推すだろう。けだし、SFの傑作とは、虚構の世界に読者を引き摺り込んで虚構の世界の空気に馴れ親しませ、牢固としてぬきがたいこの世の常識主義に、一撃をくわえるものだろうからである。
(訳者あとがき)
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自分がこの小説を愛するのは、まともな人(主人公のダンとリッキイ、そして猫のピート)が色々苦労するけど一生懸命に動いて、最後に報われるというストーリーだからだと思う。
ダンの発明したヒット商品を会社ごと詐欺的に奪い取ろうとするマイルズとベル。世の中にはこの手の人間が溢れているし、だいたい羽振りがいいのはこういう連中だ。
でもダンもリッキイも、そしてピートも負けない。お互いが信頼できる人間(猫)であることをお互いがわかっていることがよーく伝わってくる。そこがいい。特にリッキイだなあ。こんな女性、本当にいるだろうか。