音と美と文と武と食の愉しみ

自己参照用。今まで紙に書いていたものをデジタル化。
13歳でふれたアートが一生を支配するようです。

20240901 幸田露伴「雲のいろいろ」

2024-09-01 04:46:05 | 日記

雨後の雲

雨後の雲の美しさは山にて見るべけれ。低き山に居たらんには猶甲斐なかるべし。名ある山々をも眼の前脚の下に見るほどの山に在りて、夏の日の夕など、風少しある時、谿(けい)望みて遠近(おちこち)の雲の往来(ゆきき)を観る、いと興あり。前山の色の翠ひとしほ増して裾野の風情も見どころ多く、一郭(ひとくるわ)なせる山村の寺などそれかとも見ゆるに、濃く白き雲の、足疾く風に乗りて空に翔くるが、自己(おのれ)の形をも且つ龍の如く、翻りたる布の如く、張りたる傘の如くさまざまに変へつつ、山を蝕み、裾野を被(おほ)ひ、山村を呑みつ吐きつして、前なるは這ふやうに去るかと見れば、後なるは飛ぶ如くに来りなんどする状(さま)、観て飽くといふことを覚えず。小山の峰通り立てる松の並木の遠見には馬の鬣(たてがみ)のやうなるが現れつ隠れつする、金字形したる山の嶺の、心あてに見しあたりならぬところに突として面出す、ことにおもしろし。