きんえんSwitter

医者の心の目で日々を綴ります

イリュージョン

2020年07月11日 | 禁煙治療
たまには、禁煙関連のお話をしましょう。


食事がのどを通らなくなったので病院を受診して、食道がんと診断された患者さんが、禁煙外来に通ってきていました。
 
水も飲めないということで、入院して点滴をしながら、放射線治療開始。
「そんな状況では、もう、タバコ吸ってるどころじゃないでしょう?」と、タバコを吸わない方は思うかもしれませんね。

でも、「こんな状況でも」、吸いたい気持ちがないわけではありません。
依存症という病気の恐ろしいところです。
 
ですから、きちんと依存症について説明して、ニコチンパッチを使っていただきます。
タバコのことなんかにとらわれずに、少しでも気持ちを楽にして、自分をケアし、がん治療に専念していただきたいという思いがあるからです。
 
自己流でがんばってタバコをやめようとすると、やめられないことが多く、リバウンドがきたりもします。
まずは、「喫煙=ニコチン依存症という病気」と認識することが大切です。

それでもわかりにくい場合は、たとえば、「がん」という病気に置き換えてタバコのことを考えると、どうすべきかが理解しやすいかもしれません。
 
もしも「がん」などの病気であると診断されたら、みな「いい医者」を求めて、専門医にかかりますね。
そうすれば、医者はしっかりとエビデンスのある標準的治療を紹介し、個人の状況に合わせて、治療について相談にのってくれるはずです。
必要であれば、つらい症状を緩和する治療も施してくれます。
 
けれど、自己流でどうにか治そうとすると、長い間つらい思いをしなくてはならないし、一時的には良くなったような気がしても、結局よけいに悪化させてしまったり、完治せずに再発したりという状況になりかねません。
 
タバコも同じなんです。

禁煙を病気の治療として、シンプル、素直に受け入れてもらうには、どうしたらいいか?
長年取り組んできた課題です。


 
さて、ニコチンパッチも使い、放射線治療も順調に進んで、一時は胸焼けの症状に悩まされていたようですが、どうにかお粥などの食事がとれるようになった前述の患者さん。
顔色もよく、少しふっくらと健康そうな表情になりました。
ニコチンパッチも予定どおり終了。
 
「胸焼けはなくなったんですけど、でも、まだ少しづつじゃないと食べられないんです」
 
カルテで胃カメラの写真を確認してみると、がんや放射線による炎症はおさまっていて、食道の粘膜はきれいですが、胃の入り口の上あたりが狭いままになっています。
 
「タバコ吸ったら、ご飯をごっくんと食べても、スーッと胃の中に入っていくんじゃないかなと思うんです」
 
依存症の怖さを本当に思い知るのは、こういうときです。
そして、医師がきちんと説明、指導すべきは、まさに今である、とも思うのです。
 

タバコを吸えば、ニコチンのせいで血流が悪くなり、ますます内臓の働きは悪くなります。
そして、せっかくよくなりかけてきた食道の粘膜は、タバコ煙のさまざまな化学物質によって、再び火傷を負ったようにただれてしまうでしょう。
 
日本人のヘルスリテラシーはまだまだ低いなあと実感する日々です。
いいえ、嘆いてばかりではいけません。
 
患者さんは、とにかくつらいのです。
バクバク、ゴックンと、ご飯を食べたいのです。
病気になる前の自分、タバコを気持ちよく吸っていた頃の自分に戻りたいのです。
 
だから、ひょっとしたら、タバコを吸えば・・・といった、誤ったイリュージョン(幻想)を抱いてしまっているのです。



タバコがやめられる魔法の言葉を教えてくださいと、医療者の研修会などで言われることがあります。

でも、長年、禁煙治療に携わってきたいま、思うのです。
魔法はかけることより、解くことのほうが難しいと。



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